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    kouketsu0122

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    勇尾も尾勇も書きます。投げます。

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    kouketsu0122

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    当初書く予定だった🔞部分はまた後日書けたらアップします!

    #勇尾
    Yusaku/Ogata

    手鎖の部屋で 花沢勇作少尉が目を開けると、真っ白な天井が目に入った。いや、天井と呼ぶには境界線が曖昧で、目を動かす範囲すべてが白い。
     「気が付きましたか」
     ふいに聞き覚えのある低い声が隣からして身体を起こすと、そこには尾形百之助上等兵、つまり勇作の兄がいた。いつも通りの軍装だが胸元は寛げている。
     「兄様……ここはいったい」
     周りを見渡せば一面真っ白の空間だった。一人でこの状況におかれていたら我を失ってしまったかもしれない。兄が居てくれて良かったと思うと同時に何故このようなところに二人で居るのか分からなかった。
     「兄様、私たちは蕎麦屋で昼食をとっていたと思うのですが」
     「はい。俺もさっき気がついたところですが、知らぬ間にこんなところへ来てしまったようです」
     兄は如何なるときでも冷静なのだな、と場違いな感想を勇作は持った。それにしてもまったくもって不可思議な空間だった。
     「取り敢えず二人で出口を探しましょう」
     立ち上がろうとした瞬間、手首にかかる抵抗に妨げられて勇作はやっとそれに気がついた。兄と自分は、一つの手鎖で繋がれていた。
     「急に動かんでください。俺も外そうとはしてみたんですがさっぱりでした。勇作殿は俺より力があるでしょうから試してみますか」
     「やってみましょう」
     兄の左手と自分の右手に嵌められた手鎖は、太い鎖と鉄の輪で出来ていて簡単には外せそうになかったが物は試しである。勇作は兄の手首を傷つけないよう気をつけながら思い切り鎖を引っ張ってみたが、果たしてびくともしなかった。よくよく観察すると鍵穴や輪の繋ぎも見当たらず、どのように装着されたものかも分からない代物だった。
     「勇作殿の馬鹿力でも無理なようですね」
     「お役に立てず情けない限りです」
     「いや、きっとこれはそういう代物なのでしょう」
     胡座をかいて座る兄に向き合う形で、勇作は正座で居住まいを正した。
     「まずは現状把握から致しましょう」
     「はい」
     「我々は蕎麦屋から知らぬ間にこの場所に連れて来られた。気を失っては居たが身体に異常は見受けられない。兄様も問題ありませんか?よろしいですね。そしてこの手鎖は自力で外すことができない。この空間には電灯がないにも関わらず昼間のように明るいが、外部からの光や風などは一切感じられず特段暑くも寒くもない」
     「俺の目をもってしても視認でき得る限り扉や窓のようなものは一切見受けられません」
     現状何も出来ることがないと事実確認が出来ただけである。精々、この空間に果てがあるのか歩き回ることも出来るが体力は温存しておきたい。勇作が考えあぐねていると、尾形も頭を撫でながら何か考えているようだった。はだけられた胸元が妙に艶めかしく見えて勇作は両手で頬を叩いた。
     「わっ、勇作殿、動くときはひと声掛けてください」
     突然腕を引っ張られて体勢を崩した尾形は咄嗟のことでそのまま勇作の胸に倒れ込み、兄を抱き込む形になった勇作は動揺しながら受け止めた。密着した兄からは土埃と微かな硝煙の匂いがして、思わず勇作の心臓が跳ねる。
     「申し訳ありません兄様」
     「いえ、こちらも不用心でした」
     兄の体温が離れるのを惜しいと感じて戸惑いを覚える。間近で見てしまった胸元に手を差し入れたくなったのもどうかしている。勇作は心の中で己を叱咤した。こんな時に本人を前にして不埒なことを考えてはいけない。先日兄に誘われて出掛けた日から、遊郭で見た兄の白い肌が脳裏に焼きついているのを勇作は自覚していた。夢に見たこともある。敬愛する兄に対して自分は邪な気持ちを抱いてしまったのだろうか。
     「勇作殿」
     気がつけば兄がこちらを見上げていた。大きな黒い瞳に自分は映っているのだろうかと覗き込みたくなる。
     「しっかりして下さい勇作殿」
     「ここには私たちしかおりません。どうか勇作とお呼び下さい」
     「それは出来かねます」
     いつもこれだ。勇作が兄との距離を詰めようとするたび、やんわりと拒絶される。ほかの下士官や兵卒も勇作殿と呼んでくれるが兄にはもっと兄弟らしい呼び方をして欲しかった。
     「兄様、せめて殿をつけるのをやめていただけませんか」
     そう譲歩すると、尾形は逡巡してから「勇作、さん」と弟を呼んだ。
     勇作は兄からの初めての呼ばれ方に舞い上がって「嬉しいです」と目尻をさげた。尾形はそんな弟の視線からそっと顔を背ける。そして対面ではなく横に並んで座ることを提案した。
     
     *
     
     奇っ怪な現象に巻き込まれていることだけは理解しているが、尾形は内心勇作と二人きりの空間から早く逃げ出したかった。だが無駄に動いて元の場所へ戻れなくなるのも得策ではない。ある程度時間が過ぎたら行動を起こそうとぼんやり考えていた。
     勇作は日頃から自分に対してだけ距離感がおかしい。それ以外は品行方正で軍人の鑑のような模範行動を示しているし、まさしく軍神の子としては申し分ないだろう。何故自分にだけ——。以前宇佐美にそれとなく話したところ「お前にだけっていうのは勇作殿にとって特別ってことでしょ」と素気無く返された。
     特別。半分血が繋がっているだけの兄弟がそれほど特別なのだろうか。自分には知り得ない考え方だった。
     「兄様は、私を疎んじておいでですか」
     ふいに隣から勇作の強張った声が聞こえてきた。反射的に顔を向けると痛みを堪えるようにこちらを見つめる弟の顔があった。
     「疎んじる……?」
     「兄様はやはり、私を避けておられるのでしょう」
     急にどうしたと言うのだろう。先ほどまで穏やかな笑みを浮かべていたというのに。
     「そんなことはありませんが」
     そもそもこの弟を疎ましいとか嫌うとか思うことはない。避けている、というのも少し違う。どう接するのが正しいのか分からないというのが一番近い。誑し込もうとしている相手にこのように思われていたとは、やはり自分の対応に問題があったのだろう。
     (上手く行かんもんだな)
     心の中では自嘲しつつも、表面上は平静を装って否定だけしてみたが勇作の表情は相変わらずだった。
     
    *
     
     兄に「勇作さん」と呼ばれたことが嬉しかった。この特殊な状況下で距離を縮められたような気がしたのだ。隣に並んで座っていると、意味もなく兄弟らしい感じがして気分が高揚した。だが、こっそり盗み見た兄の顔は自分とは真逆の方向に視線を落とし、身体もなるべく勇作と離れるような角度に向いていた。口では言わずとも、兄の身体が自分を拒絶しているように思えて勇作は一気に気分が沈むのを感じた。先日の誘いもそうだった。最初の店では兄と距離を縮められたような気がしたのに、その後の遊郭ではまた心の距離を感じて戸惑った。
     自分の気持ちが独り善がりであることから目を背けていた。軍の中ではどうしても階級がものを言うし、それは染みついたものであって容易に覆せるものではない。兄がしばしば自分に対して言う「規律が緩みますから」というのは、階級では如何ともし難い事に対するささやかな反抗だったのだろう。だが今は他人の目を気にすることもない。だから今の兄の態度は正直な気持ちなのだ。
     「兄様は私にご興味がないのですね」
     どうしようもなく悲しい気持ちに襲われて、つい口走ってしまった。自分で言葉にした癖に勝手に傷ついている。はっきり疎んじているのだと言われた方がどんなに良かっただろう。何の関心も持たれないのは嫌われることよりも辛い。兄にとって自分は居ても居なくても大差ない存在なのだと思った途端、勇作は自分の目に涙の膜が張るのを見た。きっと兄は呆れるだろう。いや、どうでもいいと思うかもしれない。勇作は自分でも分からないほど意気消沈していた。
     「勇作さん?泣いているんですか。俺は何か間違えましたか」
     歯を食いしばり、溢れる涙を何とか堪えながら顔を上げると澄んだ兄の瞳が目の前にあった。兄の表情は無垢そのもので、よく磨かれた黒曜石のように美しい瞳には自分の情けない顔が映っている。
     堪らず兄に抱き着いた。兄は自身に否があると思っているのだろうか。そうなのだ、いつも兄は優しい。不出来な弟の甘えを黙って受け止めてくれるのだ。急に恥ずかしくなって、勇作は嗚咽を怺えて兄の背にしがみついた。兄の身体は強張っていたが、徐々に力が抜けていくのが分かった。ふと自分の背をトントンと一定の拍子で叩く兄の手の温もりを感じ、勇作の涙腺は更に刺激された。
     自分から兄を諦めようとした時に限って、どうして優しくするのだろう。また的はずれな期待をしてしまうではないか。兄の逞しい背中をぐっと抱き寄せると、抵抗がないことを確認して暫くその体温を噛み締めた。
     
    *
     勇作が急に泣き出したので、尾形はぎょっとして目を見開いた。今のやり取りのどこに泣く必要が生じたのだろうか。元々理解の及ばぬ弟だが、今回はとびきりだった。あまりにも自分とは違う生き物なので察することもできない。やはり俺では駄目か——。諦めにも似た気持ちが湧き上がる。泣きながら自分に縋って来る勇作が不可解ではあったがそれを不快に思うこともなかった。自分が子どもの頃、母親に寝かしつけられるときにされていたように空いている右手で何となく弟の背中をゆっくり叩いてみた。馬を宥めるにも身体を叩くと伝わり易いので同じことをしたまでだった。勇作の匂いが鼻孔をつく。汗とも違う、石鹸のような清潔感溢れる香りだった。この男は体臭までも花沢勇作らしかった。
     ようやく落ち着いたのか、ゆっくりと身体を離した勇作が大きく息を吐いて目元を拭う。泣いたあとでも綺麗な顔立ちは何ら崩れていなかった。
     「私は兄様のことが好きです。兄様を、愛しているのです」
     二人の間で鎖が音を立てる。
     手鎖で繋がれている尾形の手を、勇作が握りしめていた。
     尾形はぼんやりと勇作の顔を見上げた。握られた手が熱い。
     勇作は俺のことが好きで、俺のことを愛している。勇作が言うのなら真実その通りなのだろう。この男は詐術を知らない訳ではないが常に正直に生きることを自分に課しているようだった。軍人家系の跡継ぎとして生まれ育ち、自分と出会うよりずっと前から常に死を覚悟している男だった。元より自分がどうこうしようとしても無理なのだ。
     「勇作さんはどうしたいのですか」
     「どう、とは」
     「俺のことが好きなのでは」
     「も、勿論です。ですが私のこの気持ちを兄様に知って貰えれば今はそれで十分です」
     「そうですか」
     やはり勇作のことがよく分からなかった。
     
     *
     
     兄は自分などとは違って純粋で無垢な魂の持ち主だ。上等兵として部下の指導は厳しく規律を持って接するし、射撃の腕に関しては並ぶ者がいないほど精度が高い。きっと兄弟でなくとも自分はこの人に惹かれただろう。この二人きりの世界で勇作は自分の気持ちに向き合うことを決めた。先程までうじうじと落ち込んでいたのが嘘のように心が澄み切っている。それもこれも兄の優しさのお陰だった。迷っていてはこの人を逃してしまう。それならばどれだけみっともなくとも兄を追い掛けたかった。
     兄に伝えた気持ちが自分の思うままに届いたとは思っていない。これから先、時間の許す限り兄に伝え続けたいと思った。いつかきっと分かってもらえる日が来るのだと自分に言い聞かせて。
     今はもう少しだけ二人だけで居られるこの場所に留まっていたいと勇作は思った。兄には迷惑極まりないだろうが、それでも自分の気持ちを押し通したいと、そう願ってしまった。
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