からっぽ鏡を布を使って撫でる。
いつも空がメイクをするときに使っていた鏡だ。
まるで最初からこうなることが分かっていたかのように、空の部屋は物が少なかった。
撫でたところで、毎日のように部屋を掃除したところで、キミは帰って来ない。
キミを出迎える準備は出来ているのに。
「おかえり」と、何度だって言ってあげられるのに。
キミの歌声が好きだと、直接言えば良かったのだろうか。
行かないで、と駄々をこねれば、キミは立ち止まってくれたのだろうか。
ボクが一番キミの傍に居たのに。
キミは別の誰かに戻ったのだろう、ボクに何も告げずに。
親父のテーブルにあったスマホを無理やり奪い、ボタンを長押しして電源を入れる。
ホーム画面が出てきて、「設定してください」との文字。
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