からっぽ鏡を布を使って撫でる。
いつも空がメイクをするときに使っていた鏡だ。
まるで最初からこうなることが分かっていたかのように、空の部屋は物が少なかった。
撫でたところで、毎日のように部屋を掃除したところで、キミは帰って来ない。
キミを出迎える準備は出来ているのに。
「おかえり」と、何度だって言ってあげられるのに。
キミの歌声が好きだと、直接言えば良かったのだろうか。
行かないで、と駄々をこねれば、キミは立ち止まってくれたのだろうか。
ボクが一番キミの傍に居たのに。
キミは別の誰かに戻ったのだろう、ボクに何も告げずに。
親父のテーブルにあったスマホを無理やり奪い、ボタンを長押しして電源を入れる。
ホーム画面が出てきて、「設定してください」との文字。
スマホは初期化されていた。
まさか、と思ってギャラリーを見た。
ゼロ。
連絡先、ゼロ。
何も残っていない。
俺たちとの思い出は完全に消えていた。
立つ鳥跡を濁さず……そういうことか。
何も告げずに、何も語らずに、アイツは消えた。簡単に抜けられるグループなのか、俺は聞いた。
あいつは即答して、「うん」と言った。
嘘つきなアイツは、こればかりは嘘をつかなかったのか。
悔しい。
同じグループでずっとやってきたのに、お前の中で俺達はその程度ってことかよ。
君が笑う姿を何度か目にしている。
いつも困った顔で笑っていた。
たまに吹き出して笑ったときもあったけど、いつも手で顔を覆い隠していた。
どこかつまらなそうにしていて、どこか(たまに)遠くを見ていて……その目に俺たちは映っていたのだろうか。
映っていなかったのかもしれない。
イヤホンをしている君は自分の世界に入り込んでいて、誰も寄せ付けやしなかった。
同じグループの俺たちですら、君の世界には入れなかった。
君のことを友達だと思っていたのは俺だけ、俺達だけだったのか?
嫌だったのか?
俺は友達だと思っている。
君の声が聞きたい。
聞かせて欲しい。
嘘で固めた声じゃ無くて、君の本当の声を。
「君とは、普通の友達として付き合っていきたかったな」なんて、言わないで。