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    Satsuki

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    Satsuki

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    イベントでエアスケブリクエストいただいたレトユリです。支援Aでお互いの気持ちが分かっているくらいのお茶会の話。MAMIさんリクエストありがとうございました!221110

    やっと見つけたユーリスは、珍しく軽装だった。彼らしい薄鼠色のシャツを着て、腰に短剣を下げている。片手には小さな花束を下げて、ベレトを見かけると、少し早足に近づいて来た。
    「よお先生。あんたも買い物か?」
    「ユーリス、偶然だな。きみは今戻ったところ?」
     ガルグ=マクの市場は今日もほどほどに賑わっている。ベレトは脇に紙袋を抱えて、ユーリスをまじまじと見た。長い髪は今日もつやつやと両肩に遊んでおり、化粧の施された両目は悪戯っぽく微笑んでベレトを見ている。もしかしたら、誰かと会って来た帰りなのかもしれない。およそ彼の持ち物らしくない花束と、どこかうきうきとした様子がそう思わせた。誰かと楽しい時を過ごし、花を受け取って帰って来たところなのだとしたら、相手は誰だろう。そう考えるより先に、鼻を利かせたユーリスが、ベレトの持つ紙袋から漂う甘い匂いを嗅ぎつけた。
    「もしかしてそれ、最近この辺りで売ってるって噂の焼き菓子か?」
    「ああ、そうだ」
    「すっげえ。数が少ないし、売りに来る時間も日もバラバラだけど、めちゃくちゃ旨いって話だろ。よく手に入れたな、一体どんな菓子なんだ?」
    「……よければ、このあと一緒にお茶でもどうだろうか。この菓子をご馳走するよ」
     ベレトの言葉に、ユーリスは嬉しそうに笑った。その言葉を待っていた、とでも言いたげに。
    「いいのか? それなら、あんたの部屋に行きたいな」
    「もちろんそうしよう。この前、いい茶葉を仕入れたんだ」
     ユーリスは待ちきれないと言った様子で、ベレトの隣に並んで歩き出した。抱えなおした小さな花束が、手元でカサリと小さな音を立てている。一体、誰から貰ったものなのだろう。ベレトはどうしてかそのことばかり考えながら、自室への道を歩いて行った。


    「お茶、ありがとな」
    「菓子も遠慮せずに食べてくれ」
     寮室の周辺は静かだった。皆、思い思いの場所で体を休めたり、次の戦いに備えたりしているのだろう。この戦争は、きっともうすぐ終わる。いや、終わらせなくてはならない。ベレトはカップに息を吹きかけると、ひと口熱い紅茶を啜った。
    「いいところで会えて得したよ。……それともあんた、俺を探してたのか?」
    「……」
     ベレトは薄く微笑んで、答えない。
    「それじゃ、いただくとするか……ん! 旨いなこの菓子!」
    「木の実が入っているな。甘くておいしい」
     しっかりとした生地なのに、口当たりはふわっとして、木の実が良いアクセントになっている。どうやったらこんな風に焼くことができるのだろう、と、ベレトは思わずしげしげと菓子を観察した。その様子がおかしいのか、ユーリスは二つ目に手を伸ばしながらにやにやしている。三段になっている菓子皿は、ベレトが買ったものや、自分で作っておいた菓子でいっぱいだった。もちろん、常にこんなに茶菓子を用意しているわけではない。ユーリスを誘って茶会をしようと、準備していたのだ。それが分かっているから、ユーリスも内心で喜んでいる。ベレトとこんな風にゆったりとお茶を飲む時間が、彼も存外気に入っているのだ。
    「これも旨いな……こっちはあんたが焼いたんだろ?」
    「そうだ。よく分かったな」
    「当然。俺が好きな奴、また作ってくれたんだな」
     ユーリスはベレトのカップにお茶のお代わりを注いでやると、ちょっと首を傾げて、上目遣いに担任教師の顔を覗き込む。蜂蜜漬けの果実茶は、ほんのり甘くて優しい味がする。ベレトは感情が浮かびづらい己の顔に感謝した。最近の自分は、ユーリスがそんな風に可愛らしい仕草をして見せると、心が騒いで冷静でいられなくなりそうなときがあるのだ。入れて貰ったお茶は、自分で注いだときよりずっと甘い気がした。
     しかし、茶を飲むときに目に入った花が、再びベレトの心を少しばかり重たくする。先ほど、ユーリスが持っていた花束だ。ベレトがお茶を用意している間にユーリスがテーブルに飾ってしまったその花束は、瑞々しく美しかった。それに、何故だか悔しくなるくらいにユーリスらしい色が選ばれている。青や紫の小さな花たちに囲まれた、大きな赤い花。それに彩を添える白い花は、見ているとなんだか気分が落ち着くようだった。綺麗だ、と思うのに、それが誰かからユーリスへの贈り物なのだと思うと、不思議と目に入れたくないと感じてしまうのは、何故なのだろう。
    「……今日は、街へ出かけていたのか?」
    「うん、ちょっと用事があってさ」
    「ひとりで?」
    「おう」
    「用事とは?」
    「大したことねえけど……まあ、あんた相手に誤魔化しは通用しないか。部下と会って来たんだよ」
    「きみの組織は……危ないことに、巻き込まれてはいないか?」
    「危ないことなんてしょっちゅうだよ。俺が出て行くまでもないことばっかりだけどさ。……なんにせよ、早いところ戦争なんて終わりにしてもらわねえと。なあ、先生?」
     意味ありげな視線。自分の一存で終わるわけではない、と言いたいが、自分の率いる軍が戦争を続けている以上、言葉が難しい。
    「戦いが終わったら、……きみは、どうする。故郷へ帰るのか?」
    「なんだよ、突然……そんなの、まだ分からねえよ」
     ユーリスは少し拗ねたように言って、瓶に活けた花を触っている。白い花をなぞる、指先。
    「その花束、」
     気づくと、ベレトは同じ花に手を伸ばしていた。見ていると心が鎮まるような、可憐な花だ。ユーリスの真似をして花弁をなぞり、口が勝手に喋る。
    「この花束は、誰から?」
    「ん? まあ、その辺の花売り娘からさ」
    「貰ったのか? ……最近は、きみを慕う者も多いようだ」
    「んなわけあるかよ。勘弁してくれ、買ったに決まってるだろ」
    「きみが、この花を?」
     ベレトの質問攻めに、ユーリスは今度こそムッとした口調で言い返した。
    「そうだよ。俺が買ったんだよ、あんたに、花をな。……おかしいか? こんな花、好きじゃなかったか?」
     問い返され、ベレトは驚いて言葉に詰まった。何か言おうとして口を開くのだが、息を吸えども声にならない。
    貰った花ではなかった。ユーリスが、自分に買った花束だった。だとしたら、もしかして自分を探していたのは彼の方だったのではないだろうか。偶然にも、お互いを誘おうと思って二人とも市場にいたのだとしたら、……それは少し、滑稽なことに思えた。
    「いつも良くしてくれてるからさ、そのお返しだよ。……あんたは俺に色んな事をしてくれる。教師だから、って範疇を越えてると思うのは、俺だけか?」
     先ほどは遠く思えたユーリスの指先が、テーブルの上に置かれたままだったベレトの手を掴んだ。はっとして彼の顔を見る。機嫌を損ねてしまったかと思ったが、ユーリスの表情また色を変えて、今度は少し寂し気に見えた。
    「あんたは、……金も物資も、すぐみんなに分配しちまってさ。自分はスズメの涙くらいしか受け取ってないだろ。なのに、俺にはこんな……」
    「……皆にも、兵士や傭兵にも、きちんと報酬を与えたい。それに、きみの部下にも」
    「そりゃあ、ありがたいけどよ」
    「きみにだってそうだ。お母さんに仕送りをしなくてはならないだろう。他にも守るべきものがある。俺は、……」
    「ッ……家族のことは、関係ないだろ。あんた、俺を憐れんで茶会に誘ってるってのか?」
    「それは違う」
    ユーリスを誘うのも、花束に嫉妬してしまうのも、そんな感情からではない。ベレトは慌ててユーリスの手を握り返した。温かくて、愛おしかった。このままいつまでも握っていたいと思うくらいに。
    「バカなことを言わないでくれ、そんなことは思ってもいないよ。……俺は一人だから、金なんか無くてもなんとかなるんだ。ただ、それだけだ」
     ユーリスは一度、ゆっくりと瞬きをした。彼とて、ベレトにそんなことを言わせたかったわけではない。少々言い過ぎた、と思うのに、いつの間にか握り合う形になった手と手が心地よくて、謝ることもできない。ドク、ドク、心臓が鳴っている。なのに、ベレトの鼓動が高まっている様子などはない。それがまた、悔しかった。伝えたい気持ちがあるのに、こんなにうまく行かないなんて、自分らしくもない。ベレト相手だと調子が狂う。ほんの少しだけ頬を染め、ユーリスはそれでも、ベレトの手を握ったままで呟いた。
    「……それなら、新しい家族をつくればいいだろ。あんたは、一人じゃない。今だって、……」
    「そうだな、その通りだ。……ありがとうユーリス、きみは優しいな」
     ベレトの言葉に、ユーリスはまた眉を顰めた。この『元担任教師』は、一体いつまで自分を生徒扱いする気なのだろう。そろそろ、強引にコトを進めてしまっても良い気がしてきた。
    「だから、いつもきみを部屋に誘いたくなるんだ。……この花、とてもいい匂いがする。嬉しいよ」
     ユーリスがちょっと不穏な思惑を巡らせかけた時、ベレトはまた花に触れてにこりと笑った。自分の手を離れてしまった指先が花を引き寄せ、香りを楽しんでいるのを見て、ユーリスはすっかり毒気を抜かれてしまう。
    「……ま、今日はここらで手打ちにしてやるか」
    「……茶菓子、いらないのか?」
    「いーや、全部食うぜ。だって、俺のために用意してくれてたんだろ?」
    「もちろん、全部きみのものだ」
     お気に入りの焼き菓子に大口でかぶりついて、ユーリスは嬉しそうに笑った。
    「ったく、素直が一番だぜ、先生。俺に会いたかったなら、素直にそう言やあいいのに」
    「それはお互い様だろう」
     冷めてしまったお茶を淹れ直してやりながら、ベレトは旨そうに菓子を頬張るユーリスの顔を見る。花は美しい。しかし、ユーリスのことを眺めている方が、ずっと心が穏やかになれる。
    (新しい、家族か……)
     戦争が終わった時、自分は何を思い、次はどこを目指すのだろう。
    (どんな道を行くことになったとしても、きっときみが隣にいてくれたなら……)
     ベレトはティーカップを傾けて目を閉じる。甘い香りを胸いっぱいに吸い込んで、お茶をひと口。二人が長い道のりを共に歩くことになるまでには、まだ時間がかかりそうである。
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