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    Satsuki

    短い話を書きます。
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    Satsuki

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    士官学校時代のレトユリ。くっついてない。230125

    「ユーリス。きみは今日、自分と個人指導だ」
    「おう」
    「飛行訓練場に来なさい」
    「げっ」
     最悪だ、と呟いたユーリスだったが、その足は思いのほか素直にベレトに付き従った。いい加減、上空警備の当番を級友に代わってもらうのも限界だ。というか、もしかしたらそれもバレていて怒られるのかもしれない。
    (まあ、怒られたところで俺様の体質がどうにかなるわけでもなし……)
     青獅子学級にスカウトされ、最初の飛行訓練を行った時のことを思い出す。女子は天馬、男子はドラゴンに騎乗する方法を教わったが、シルヴァンが天馬を横を通りすがっただけで抗議の鳴き声が上がっていた。
    『あ~あ、俺、昔っから天馬には嫌われるんですよねえ』
    『ふん。色情魔め、天馬には分かるのだろうさ』
     もちろん、それを見ていたユーリスも、なるべく距離をとってドラゴンの方へと歩いて行ったつもりだった。もとより毛のある生き物は苦手だ。十分に離れておこう……そう思ったのに、天馬たちは目ざとくこちらの存在を見つけてしまったらしい。
    『うわっ! 天馬が暴れてるぞ!』
    『何かに驚いたのか? どう、どう!』
     女子の悲鳴を背中で聞きながら、心の中で盛大に舌打ちをする。なにが汚れ無き乙女を好む生き物、だ。スケベな貴族と同じようなこと言いやがって。こちとら場数が違うんだよ、悪かったな。一年前、アビスに堕ちる前に所属していた学級でも、飛行訓練ではこんな有様だった。だから、飛行術は大の苦手なのだ。大体、普通の馬にだって、長く騎乗しているとくしゃみや鼻水が止まらなくなる。涙も出て、前が見えなくなったら危険だ。だから、馬術と同じくらい、飛行訓練の授業は嫌いだった。
    「でもまあ、乗れれば便利なこともあるしなあ」
    「ああ、そうだ。ドラゴンに騎乗できれば、戦闘の幅もぐっと広がるし、反対に、弱点を知ることもできる」
     ベレトはドラゴンの黒っぽくて硬い皮膚を撫でてやると、目を細める。もとよりこの教師は動物が好きなのだろう。犬や猫に餌をやっているところをよく見かけるし、父親は騎乗して戦うことを好んでいた。だから、ドラゴンに騎乗してもなんとなく様になっている。
    「乗り方はほとんど馬と同じだ。鐙に足をかけて、一気に上がる。ここで怖じ気づくと落ちるぞ。あとは、しっかり足をかけて落ちないように……」
     一通り教師らしい顔をして基本を述べると、ベレトはユーリスをじっと見た。腕を組み、真面目に聞いている風を装って考え事をしていたことが知られてしまっただろうか。
    「ユーリス、ほら乗って」
    「はあ?」
     手を伸ばされて、ユーリスはきょとんと眼を瞬かせた。ドラゴンの背で、担任教師はいつもの顔で――つまり無表情だ――ユーリスに向かって手を伸ばしている。
    「自分の前に乗って。一緒に飛ぼう」
    「はあ!? 子どもじゃあるまいし、一人で乗れるぜ」
    「大丈夫だ。このドラゴンは大きいから、二人でも乗れるし慣れている。さあ」
     まさか個人指導でそんなことを言われるとは思わなかった。ベレトの顔は至って真面目だ。教室で兵法を説く時とも、戦場で賊を斬り伏せる時とも同じ顔。ユーリスの部下たちを助けてくれた時も、自分のちょっとした昔話を聞かせてやった時も、同じだった。
     地面を蹴り、ユーリスはベレトの手を強く握った。鐙に足をかけ、ひらりと飛び乗る。身軽さには自信があった。ベレトの前に腰を落ち着けると、なるほど、二人乗りできるほど広い鞍だった。しかし背中が密着するのは仕方がない。馬に乗り時も、二人乗りするときはぴったりと体をくっつけておかないと馬の負担になってしまう。だからこれは不可抗力だ。
    「では、上空警備の道順を教えよう」
    「本気で飛ぶのか?」
    「ああ。きみは上空警備を一度も行っていないな。だから、自分が教えよう」
    「つったって、あんただってそこまで慣れてるわけじゃ……うわ!」
     ドラゴンが翼を動かすと、風が巻き起こり、不安定な浮遊感が訪れる。
    「しっかり捕まって、目は閉じないように」
    「分かって、るよ……!」
     後ろから喋られると、自然と耳元に声が響く。ユーリスはざわりとした背中が、思ったよりずっと逞しい肉体に当たっていることに気付いたが、どんどん上昇する景色に気を取られてそれどころではなくなった。
    「警備の道順はドラゴンの方がよく覚えている。だから、きみは地上を見て、おかしなところがないかを……ああ、ただし真下を見ると落ちるそうだ」
    「あ~、確か、ドラゴンと同じ目線で見ろ、って教わったぜ……」
     ガルグ=マク大修道院の上空を、二人は一通り見て回ることにした。警備の兵士とすれ違う時は、軽く会釈を交わす。時には情報を共有したり、他愛のない話をしたりしたって良いらしいが、今日は御免だった。教師の前に乗せられた灰狼学級の級長なんて、いい見世物だ。それに、中にはアビスの住人というだけで毛嫌いする連中もいる。
     幸いなことに、すれ違う人間は少なかった。地上から空を気にしている生徒もいないらしい。ユーリスは頬に風を感じながら、ベレトの指南をぼんやりと聞き流していた。後ろから回された、手綱を取る手が自分を抱くようにしている。混じり合って、もう境目の分からなくなった体温。誰かとこんな風にしていると、なんとなく落ち着かない。こんな美少年と密着しておいて、先生は何も感じていないのだろうか。心臓の音が高鳴る気配さえ、くっついた背からは微塵も感じられなかった。
    「道順はこんな感じだな……気分は?」
    「平気だよ、先生」
     ユーリスがそう答えると、ベレトは安心したような息を吐いた。
    「そうか……高い場所が苦手なのか、それとも動物が苦手なのか、どちらかだと思っていた」
    「……答えが出たってか?」
    「高い場所は平気なようだな」
    「まあな。動物だって、嫌いなわけじゃねえぞ」
    「では、次はサボらずに上空警備の当番をするように」
    「うっ、……はいはい」
    「よし」
     クスッと、笑う気配が背中に直に伝わった。思わず息を詰まらせる。時刻を知らせる鐘の音が鳴り、はっとした。
    「もうこんな時間か……戻ることにしよう」
     ドラゴンが、心得たとばかりに顔をもたげる。こうしてみると、なかなか憎めない顔をしているかもしれない。
    「日が沈んでしまうな。……ユーリス、左を見て」
     修道院の塔に、橙色の光が反射している。促されて左に顔を向けると、ちょうど夕日が空を燃やしているところだった。ガルグ=マク大修道院自体が、比較的高地にある。そこから見渡すフォドラの大地は、太陽に赤く照らされて、その広大な地に満ちている生命を感じさせている。緑の大地と、力強い川の流れ。その全てが夕日に包まれて、やがて夜がやって来る。その神聖さと、遠い故郷まで見渡せそうな景色に、ユーリスは圧倒されて見入った。
    「……すっげえ」
    「そうだな……ここから見ると、向こうが西なんだ」
     ベレトの言葉に、ガクリと力が抜けた。美しいから、見ろと促したのではなかったのか。さすが先生、とんだ浪漫の欠片も、色気もない話だ。ドラゴンが羽ばたき、ユーリスはゆっくりと下降する時の、何とも言えない内臓の不愉快さに耐える。
    (ちぇっ……ちょっとばかし、ドキドキしたってのに)
     そんな気分を味わっているのも、ユーリスだけということか。夕日はきっと、ユーリスの少しばかり赤らんだ頬を隠してくれているだろう。
    ドラゴン降りるときも、思いきりが大事だ。ドラゴンの背から飛び降りると、地面に足がついていることに改めて感謝する。ずっと背中にあったベレトの体温がなくなると、そこに触れる空気がいやに冷たく感じられた。
    「今日の訓練は終了だ。明日は、念のため一人で乗ってもらおう」
    「明日もやんのかよぉ」
    「初回にしてはなかなかいい出来だった。落ち着いて騎乗していられたな」
    「そうだろ? もっと褒めてくれてもいいんだぜ」
    「それに、見事な夕日も見られた。綺麗だったな」
    「……そうだな」
     なんだよ。あんたも綺麗だって思ってたんなら、そういう台詞はその場で言えよな!
    そう文句の一つも言いたくなったが、黄昏の中で穏やかにこちらを見ているベレトに、ユーリスは何も言えなくなる。最近、こんなことばかりだ。憎まれ口も、この人の前ではいまいち決まらない。調子を崩されて、ユーリスは早々に退散することにした。
    「じゃあな、先生」
    「ああ、また明日」
    「……また明日」
     ひらり、手を振って踵を返し、歩き出す。もうすぐ夕食の時間だ。今夜の献立は何だろう。きっと、灰狼学級の連中に見つかったら、飛行訓練の個人指導がどうだったかと揶揄われるに違いない。奴らを見返すためにも、明日の授業も真面目に受ける必要があった。
     ユーリスはベレトと一緒に見た夕日を思い出しながら、早足に食堂の方へと歩いて行った。その背を見送り、ベレトは薄く微笑む。早く厩舎へ戻してくれと、ドラゴンが低く鳴いた。労うようにその顔を撫でてやり、ベレトは暮れていく空を見上げる。もうすぐ、月が昇って来るだろう。

    終わり
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