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    藤(ふじ)

    @talesofwisteria

    語彙力皆無な素人同然の人間が勇気出して字書きアカウントを作ってみた!合言葉は「自分の作品の読者は自分」!ジャンルは刀剣乱舞。刀+主、刀+刀、刀さにをなるべく偏りなく書きたい気持ち。目指せ全男士制覇!成人済み。

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    藤(ふじ)

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    #夏という言葉を使わずに夏を一人一個表現する物書きは見たらやるタグ をお借りして書いた夏、秋、冬、春のSS桑さに4作品をひとつにまとめた短編集。

    #さにイベ紅葉
    scarletTingedWithRed
    #桑さに
    mulberrySeedlings
    #刀さに
    swordBlade

    Kaleidoscope濡れて、見つめて、それからこっちのほうが、おいしそう月夜を食むCherry blossom濡れて、見つめて、それから「うわぁ! 綺麗だねぇ!」
     桑名江に誘われて畑を見てみれば、青々とした胡瓜が畑一面に実を付けていた。厳しい陽射しを一身に受けてキラキラと輝く様は、とても美しい。
    「新しくした肥料が合ってたみたいだねぇ」
     隣でしゃがむ桑名は、自身が丹精込めて育てたそれに指先でそっと触れながら言う。前髪と帽子で隠れているはずの彼の目は、きっとこの野菜たちと同じように爛々としているのだろう。
    「主に一番に見せたくてね」
     こちらを向いてにこりと笑う彼は本当に嬉しそうで、桑名のこういう顔を見るのが私は大好きだった。そして見る度に『ああ、好きだなぁ』と思ってしまう。
    「ふふっ、桑名お世話頑張ってたもんね」
    「うん、けど豊前たちとか他のみんなも一生懸命手伝ってくれたしね。特に同田貫たちには助けられたよ」
     そうだ。同田貫正国はじめ筋肉自慢の刀たちが率先して手伝ってくれていた。本人たちは「トレーニングのついでだ」と笑っていたけれど、その功績は大きい。
    「主も。水やりとか手伝ってくれて、ありがとうね」
    「ううん、いいよ。楽しかったし」
     土いじりが自分には合ってる、というのももちろんあるのだが。本当はただ〝桑名と、出来るだけ長く一緒にいたかったから〟という下心だった。
     絶対に、彼には内緒。
    「ん? 雨……?」
     ふと、鼻先に一粒の雫が触れる。空はこんなにも晴れ渡っているというのに。ところが、次の瞬間にはバケツをひっくり返したような大粒の雨が降ってきてしまった。
    「主っ! こっち!」
    「!」
     桑名にぐいっと手を引かれ、ふたり無我夢中で庭を走る。地面はすでに泥濘み始めていて、何度か足を取られそうになるのをなんとか堪える。所々に出来た水溜まりを走り抜けると、跳ね返った泥水がスニーカーの中に染み込んでいくのが分かった。
     自分のスピードに合わせてはくれていても、やはり人間の、しかも女性である自分では桑名に置いて行かれないように走るのはとてもしんどい。降りつける雨のせいで、必死に繋いでいる自分たちの手が滑って離れそうになり、何度も何度も強く握り返した。
     広過ぎる畑を通り過ぎ、ようやく建物のある場所へとやって来た私たちは、近くの用具倉庫に避難する。
    「っ、ハァ、ハッ、もう、さいあくッ、」
     こんなに走ったのはいつぶりだろうか。脚はガクガクと震えているし、心臓もはち切れそうなほどに脈打っている。はあはあと息を吸い込むたびに膨らむ肺が痛い。ぐっしょりと濡れた髪からはぼたぼたと水が滴り、服は何処もかしこもぴったりと肌に張り付いていて非常に気持ち悪い。
     視線を上げさっきまで立っていた畑を見渡すと、滝のように降る雨の激しい水飛沫で白く霞んでいた。
    「っはぁ、びっくりしたねぇ。主、大丈――」
     言いかけて、桑名は突然私を抱きしめてきた。それは決して優しいものではなく、正直少し痛かった。
    「く、桑名!? なに、どうしたのっ!」
     驚く私の耳元で、桑名はとても言いづらそうに答える。
    「……服、透けてる、」
    「ッ!?」
     思わず声にならない悲鳴を上げてしまった。どうやら桑名は自分が見ないようにと、咄嗟に私を隠そうとしてくれたらしい。
     それにしても恥ずかしい。何とも恥ずかし過ぎる。ああ、何故こういう日に限って白のTシャツを着てきてしまったのか。
     っていうかどうしよう。今日の下着って、何着てたっけ……。
    「ご、ごめん……ありがとう」
    「いや僕こそ、ごめんね急に……」
     気まずい。とても気まずい空気が流れている。お互いがお互いを意識しまくっているのが手に取るように分かるから。恥ずかしくて、ドキドキが止まらなくて、何か言わなきゃと思うのに喉から先に言葉が出てこない。
     びっしょりと雨に濡れた身体は時間と共に冷えていくのに対し、触れ合っている場所はどんどん熱を持っていく。鼓動がうるさい。顔が熱い。これはもう、きっと耳まで真っ赤になっているに違いない。けれど、それはきっと彼も同じだろう。自分の鼓動とはまた違ったリズムが、触れ合っている胸元からどくどくと流れ込んでくる。桑名も同じ気持ちなのかな、と思うと余計に恥ずかしいような嬉しいような、複雑な気持ちになった。
     今、目の前にあるのは彼の厚く逞しい胸板だけ。雨に混ざって感じるのは、彼の汗の匂い。徐に視線を上げれば、彼の濡れた前髪の奥にある金色の瞳とぶつかる。そこに普段の穏やかさはなく、獲物を見るようにギラついているのに気付いてしまい余計に心臓が跳ねる。思わず腰を引きそうになったのを、必死で下着を隠そうと抱いてくれている彼の腕が許してはくれなかった。
     しばし無言で見つめ合い、次第に顔の距離が近付いていく。瞳の強さとは逆に、桑名は私を抱く手にゆっくりと力を入れて優しく腰を引き寄せる。
     他に誰もいない、二人だけの世界。少しだけ和らいだ雨のカーテンに包まれながら、私たちはそっと口付けを交わした。




    こっちのほうが、おいしそう「ふぅ、こんなもんかな」
     ある日の昼下がり。私は玄関前に溜まった落ち葉を箒で掃いていた。一通り掃き終わり、額に薄らと滲んでいた汗を手の甲で拭う。
     空を仰ぎ見れば、夏の容赦ない日差しはもう何処にもない。貼り付けた様だった厚い入道雲も、今では薄く伸びて風の流れを教えてくれる。水色の空と、見事に紅葉した木々の赤や黄色がとても色鮮やかで、優しく頬を撫でる風は少し涼しいくらいでちょうど良い。
    「いい天気だなぁ」
     こんな日は日向ぼっこがしたくなる。きっと今なら、日の当たる縁側に南泉一文字が寝転がっているだろう。
     あとで縁側に座っておやつでも食べようかな、などと考えていると後ろから小さく「主」と呼ぶ声がする。きょろきょろと声のする方を探して振り向くと、桑名江が建物の陰からひょっこりと顔を出して手招きしていた。
    (何の用だろう?)
     疑問に思いながらも駆け寄って後をついて行くと、誰もいない中庭の一角で落ち葉がこんもりと集められていた。
    「ちょうど出来上がったところだから、味見してってよ」
     よく見れば、高く盛られた落ち葉の山から少し煙が上がっている。「待っててね」と優しく声をかけながら桑名がその山にトングを差し込むと、中からアルミの塊が現れた。
    「私だけ、いいの?」
    「うん。これでちゃんと焼けてれば、みんなに配るんだ」
     なるほど、そのための味見役か。むしろこちらからお願いしたいくらいの大役に快く引き受けると、
    「なんて、本当は主に一番に食べてもらいたいだけ」
     などと言われ、思わず心臓が跳ねてしまった。ちょっとだけ照れくさそうな桑名の頬は、いつもより少しだけ桃色に染まっているように見えたのは気のせいだろうか。
    (〝一番〟……)
     どんな理由であれ、恋人からのその言葉に喜ばない人などいないと思う。嬉しくて、心がぽかぽかと温かくなる気がして、とても幸せに気分になった。大好きの気持ちを込めて、「ありがとう」とお礼を告げた。
    「さて、どうかなぁ?」
     軍手を嵌めた桑名の大きな手が丁寧にアルミを剥がしていく。銀色の包みから出てきたのは丸々とした大きなサツマイモ。出来立てにも関わらず、桑名は何の躊躇もなしに手際良くお芋を半分に割った。ふわりと立ち上る湯気が、何とも言えない甘い香りを放っていて食欲を唆る。
    「うわぁ、美味しそう!」
    「はい、どうぞ。召し上がれ」
     手渡された焼き芋は見るからに蜜がたっぷりで、堪らず唾を飲み込んだ。
    「いただきますっ!」
     あちちち、と指先を火傷しそうになりながら、ふぅふぅと冷まして一口頬張る。
    「っ! ん〜、おいひいっ」
     その甘さに、思わず目を瞑ってしまった。ねっとりと蜜を含んだ滑らかさの中に、ホクホクとした食感も相まって本当に美味しい。桑名を筆頭に、本丸のみんなが丹精込めて作ったサツマイモだ。美味しくないわけがない。それに自分だって手伝ったのだ。いつも水やりばかりでは申し訳ないからと、今回は収穫も頑張ったことを思い出して感激も一入だ。
    「そう、良かった。今年も豊作だねぇ」
     やはり一番嬉しいのは桑名だろう。前髪に隠れていても、その表情は手に取る様に分かる。
    「桑名。いつもいつも、ありがとうね。桑名が毎日頑張ってくれてるおかげで、こうして美味しいもの食べられてるよ」
    「えへへ、どういたしまして。――ん? 主、口元におべんとう付いてるよ」
    「えッ、うそ、どこっ!?」
     何と恥ずかしいところを見られてしまったのか。慌てて取ろうとしたのだが、気付けば目の前には桑名の顔があって――。
     あっ、と気づいた時にはもう遅く、桑名はそのまま私の口元をぺろりと舐めてしまった。
    「なッ、く、くわなっ!?」
    「うん、美味しい。上出来、上出来」
    (も、もぉーっ! なんて事をするのだこの刀はッ!)
     あまりの恥ずかしさに、桑名の胸を軽くぽかぽかと叩いてやる。それに、照れているのが自分だけというのも、何だかとっても悔しい。いかにも『してやったり』な顔でニヤニヤとしている桑名を見てるのも、余計に悔しさが込み上げてくる。もう一言くらい文句でも言ってやろうかと思ったのに、気が付けば桑名が私の手首をそっと両手で掴んでいた。
    「ごめんごめん。〝こっち〟の方が良かった?」
     一瞬、前髪の奥にある瞳が見えた気がしたかと思うと、そのまま優しく口付けされてしまった。
     サーッと吹く乾いた風に乗って舞い上がる紅葉が、まるで桜吹雪の様に宙を舞っていた。




    月夜を食む 皆が寝静まった深夜。畑の側にある用具倉庫に、一振りの刀の姿があった。
    「よし、これで明日の準備は完璧だ」
     桑名江は明日植える苗の準備を終えて、ふぅ、と額の汗をタオルで拭った。ただでさえ大所帯の本丸なのだ。作業の範囲も量も人数も、日々着々と増えていく。籠手切江の言葉を借りるわけではないが、最小限の作業数で出来るだけ最速に効率良く、と思うならばこうした事前の準備は欠かせない。
     倉庫内の明かりを消し、しっかりと戸締まりしたことを確認して、桑名は自室へと続く廊下を目指してひとり歩きだす。作業に夢中で少し汗ばんでいた体が、冷たい夜風に触れて一気に肌寒くなる。今年も雪は積もるのだろうか。またみんなで雪合戦やりたいな、と去年の出来事を思い返して思わず笑みが溢れた。
    「遅くなっちゃったし、今日はもう寝てるかな」
     畑から自身の部屋へ戻る途中にあるのは、離れにある審神者の私室。そこに毎日必ず立ち寄っては、起きていれば「おやすみ」と声をかけ眠っていればそっと頭を撫でていくのが桑名の日課となっていた。
     そして今日はというと――。
    「起きてたんだ」
    「あら、桑名」
     私室の前の廊下でひとり晩酌をしている審神者と出会った。何をしているのか尋ねると「月が綺麗だったから」と、月見酒を楽しんでいたのだと言う。今日は満月だ。
    「寒くないの」
     輝く月――空気は澄んでいるものの、今夜は一段と冷える。けれど審神者はアルコールのおかげで温かいそうだ。
    「桑名も一緒にどう?」
     そばに置かれた盆に空のお猪口がある。という事は、彼女は最初からそのつもりだったのかも知れない。自分の手には少々小さ過ぎるそれを受け取り隣に腰掛けると、審神者手ずから注いでくれた。
     くいっと一口で飲み干し、目の前の望月を見上げる。濃紺の空にぽっかりと浮かぶ月は、灯りが要らないほどに煌々と輝いている。
    「なるほど、これは絶景だねぇ」
     でしょ? とほろ酔いで頬を桃色に染めた審神者は自慢気に笑う。
    「っくしゅん、」
     やはり少し寒いのではないか? と言いかけた言葉を桑名は咄嗟に飲み込んだ。彼女の事だから、必ず強がって「大丈夫」と言うに決まっているから。ならば、と徐に立ち上がって審神者を後ろからすっぽりと抱き締める。
    「うふふ、桑名あったかい」
     お日様の匂いがする、と審神者は自身の横にあるその逞しい腕に顔を擦り寄せる。まるで猫が甘えているみたいだ、と桑名は心の中で思う。
    「主は冷たいねぇ」
     すっかり冷えてしまっている審神者の頬に自分の頬をぴたりと寄せる。そのままこめかみや耳、顎のラインに軽く口付けていく。
    「ふふ、くすぐったい」
     顔を離そうとする彼女の頬に手を添えて至近距離でその目を見つめると、自身が映る円な瞳は期待に揺れている。そのままどちらからともなく口付けを交わせば、ほんのりとアルコールの味がした。
     触れ合うだけのキスを、角度を変えて何度も何度も重ねる。控えめに下唇をちろりと舐めると、珍しく彼女から舌を絡ませて応えてくれた。酔うと少し大胆になるらしい。酸素を求めて名残惜し気に唇を離せば、互いを銀の糸が繋いだ。
    「……くわな、わたしっ、」
     自分を見上げる彼女の目はとろんとしていて、先ほどよりも頬に赤みが増したのは、きっと酔いが回ったせいじゃないだろう。もう一度軽く口付けて、ぎゅう、と抱き締める。
    「……主、いい?」
     小さな耳に口を付けながら吐息混じりに問いかける。一瞬の間をおいて、審神者は桑名の首に回した腕に力を込めて小さくこくりと頷いた。
     相変わらず軽い身体を横抱きにして私室の布団にそっと降ろし、また深く口付けながら、ゆっくりとふたりで布団に沈んでいく。
     ふと、視界の端に何かがちらついた。手が塞がっていて閉められなかった戸の向こうには、真っ白な粉雪が舞っていた。どうりで寒いわけだ。
    「ねぇ、主。今日は、開けたまましようか?」
     舞い散る雪を見ながらなんて、風流ではないか?
     未だ外を見ながら言う桑名を見て、審神者は一瞬にしてその意味を理解したようで、彼女の華奢な姿が月明かりに照らされて、もう全身真っ赤だ。
    「えっ、で、でも、誰かに聞かれたらっ、」
     離れにあるこの部屋でそんな心配は不要なのに――と心の中で思いつつも、その恥じらう可愛らしい姿に身体がより熱を上げるのを感じた。
    「じゃあ、塞いでてあげるね」
     自分の下で乱れていく彼女の甘い甘い嬌声を、桑名はひとつ残さず食べてあげた。




    Cherry blossom どこへ行ったのだろうか、と桑名江は不在だった審神者の私室の戸を閉める。
     先ほど、遠征から帰った篭手切江と稲葉江がお土産を持ってきてくれたので二人で一緒に食べようと誘いに来たのだが。厨も大広間も、ここへ来る途中で見かけた。それらに姿がなかったので、てっきり私室に居るものだと思っていたが。
    「うーん、どこ行っちゃったんだろう」
     目星い場所を思い浮かべながら廊下を数歩進む。生憎と周りに他の刀剣男士の姿がないので、誰かに審神者を見かけたか聞くことも出来ない。まさか、もう執務に戻ってしまったのだろうか。良く言えば真面目だが、悪く言えば根を詰めやすい彼女のことを考えると、それもあり得る気がしてきた。
     念のため執務室も見てくるかと思いふと顔を上げると、視界の端で一片の花弁がはらりと舞った。庭の向こうに視線をやると、そこにあるのは本丸から少し離れた所にある一本の桜の木。
    「あ、」
     桑名は、まるで吸い寄せられるようにその桜の元へと向かう。次第に歩調が早くなり、たどり着く頃には軽く駆け出しているほどだった。長い長い月日を重ねてきたのであろうその幹に触れ、はぁはぁと小さく息を整える。何度見ても、強く逞しい立派な樹だ。頭上から降り注ぐ桜吹雪は、晴れ渡る空と相まって非常に美しい。そうして、そっと上の方を見上げれば――。
    「あら、桑名」
     優しい風。流れる髪。ちらちらと舞う花弁と、目を伏せて乱れた髪を耳にかける仕草。その情景がとても綺麗で、時が止まってしまったのかと錯覚しそうだった。自身を見つけ嬉しそうに目を細めた彼女は、少し上の太めの枝に腰掛けていた。
    「あんまり綺麗で〝桜の精〟かと思ったよ」
    「うふふ、何それ」
     恋刀の真っ直ぐな賛辞に、審神者は満開の桜と同じ桃色に頬を染める。
    「隣、いい?」
    「どうぞ」
     少し体の位置をずらし、桑名が座れる場所を空ける。愛おしげに柔らかく微笑む審神者の元を目指し、桑名は軽々と幹を登っていく。その身のこなしは、さすが刀剣男士といったところだ。
     すとん、と腰を下ろせば重みで少しだけ枝が揺れる。万一を考えて、桑名はそっと彼女の腰に手を回した。彼がそうして触れるのには慣れているのか審神者は特に気にするような素振りは見せずに、桑名の肩に軽く寄りかかって頬を擦り寄せた。
    「満開だねぇ」
    「うん。だからつい近くで見たくなって」
     今年も綺麗に咲いたね、と笑う審神者の表情は眩しいくらいだった。
    「そういえば、恋仲になってからこうして桜を見るのは初めてだねぇ」
    「そっか、そうだったね」
     審神者へ想いを告げたのが、もう随分と前のことのように思える。あれから、もう4つの季節を過ごしたのだなぁと、桑名はこれまでの日々に思いを馳せる。
    「この一年、色々あったねぇ」
    「そうねぇ。付き合ってすぐの頃に畑でゲリラ豪雨に降られたりね」
     結局、あのあとふたり仲良く風邪をひいて散々だったことを思い出し、審神者はくすりと笑う。
    「去年の収穫祭は大盛況だったしね」
     全振り参加のサツマイモ掘り、そして桑名が焼いた焼き芋に歌仙兼定と燭台切光忠が中心となって振る舞われた炊き込みご飯や天ぷらに煮物、さらには小豆長光率いる「本丸スイーツ部」の面々によるスイートポテトや蒸しパンにタルト。どれもこれもとても美味しくて、みんなが笑顔になっていた。
    (けど、やっぱり〝あれ〟が一番美味しかったかな)
     桑名が先に味見をさせてくれた、あの焼き芋。今でもあの優しい甘さが口の中に蘇るくらい、審神者にとって大切な思い出となっていた。
    「主と恋人になってから、何気なく見てた季節がすごくキラキラして見えてさ。主の色んなところを知って、それがすごく嬉しいって思うんだ」
     刀の時には分からなかった。感じることも出来なかった。こんなにも何かを「愛おしい」と思える気持ちを。
    「あと、主が〝色んな意味で〟こんなに可愛いなんて思わなかったし」
    「っ、それ、どういう意味……?」
    「ん〜? 〝色んな意味〟」
     軽く眉間に皺を寄せる審神者とは対照的に、桑名は少し悪戯っ子のような表情で笑った。
    「桑名は、たまに少しだけ意地悪よね……」
    「えぇ〜? そうかなぁ?」
     わざとらしく顎に手を当てる仕草がとてもあざとい気がする。
    「そうよ、この前の雪の日だって――」
     言いかけて、突然言葉に詰まった。
    「ん〜? 雪の日が、なに?」
     分かっているくせにっ、と審神者は心の中で悪態をつく。
     あの日は、あの夜は――結局窓を開け放ったまま情事を重ねてしまったのだ。何度も途中で「やはり閉めないか」と言ったのに、桑名が聞き入れてくれることはなかったのだった。
    「ッ、ほら、そういうところよっ」
     あの時の恥ずかしさが今さら蘇ってきてどんどん顔が熱を持っていく。今の桑名はあの時と同じ目をしている、と審神者はこちらを覗き込んでくる桑名の視線から逃れるように顔を逸らす。
    「あっはは、そういうところが可愛いよね」
    「もういいってばっ、」
     さすがに少し揶揄いすぎてしまったな、と桑名は改めて審神者を見つめる。自分の言動ひとつで、こんなにも表情が変わって。本当に、可愛くて愛しくてたまらない。
    「でも今の主は、桜よりずっと綺麗だよ」
    「またそんな事言って……」
     桑名の声音でもう揶揄われていないことが分かるから、審神者は口元に手をやりながら小さく笑い、ぽんぽんと桑名の腕を叩く。
     この態度は、冗談を言った時によくやる仕草。どうやら本気と捉えていないようだ。
    「嘘じゃないよ。とっても綺麗で、すごく可愛い。食べちゃいたいくらい」
     彼女の頬に両手を添えてこちらを向かせる。目を見て、真っ直ぐに伝えた言葉はようやく彼女にも届いたようで、大きく見開かれた瞳の中には自分が映っていた。
    「いいよ、桑名になら。食べられちゃっても」
     ふわりと笑みを浮かべて、桑名の手にそっと手を重ねて言う。
    「好きだよ、主。これからも、ずっとずっと――」
     咲き誇る桜とは別の花弁が舞い散る中、二人はそっと口付けを交わした。
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