本編③ ここにいたい目を覚ますと部屋の中がずいぶん明るく、しばらく目が慣れなかった。
カーテンを開けてみると朝日ではない、すでに高い位置に太陽が。
かなり寝てしまったようだ。
床でそのまま寝てしまったような気がするのに、ちゃんとベッドに寝ている。
枕元に耳飾りがきちんとあるのを確認して、慌てて部屋を出る。
階段を降りると、お昼でにぎわった店内を見下ろすことができた。
焚火のそばに座って休む者、窓際で陽を浴びながら談笑する者、各々がなごやかに楽しんでいる。
ぱたぱたと、軽やかに小鳥のように席のあいだを行きかうのは昨日の雀さんたち。
カウンターで客と話していた紺碧が俺に気づいて手を振る。
「おはよう」
今日はきちんと髪を結び、白いシャツ姿、ケープはつけていない。
「遅くまで寝てしまって、すみません」
「いいよ。よく寝てたから昨日は起こさなかったよ」
カウンターの客が座りなよ、と隣をあけてくれる。
座ると、紺碧がスープを運んでくれた。
ふわりと独特の香りがただよう。
ここのお味噌汁、美味しいんだよね、と隣の星の子が教えてくれた。
「おみそしる? スープじゃないのか?」
初めて聞く名前の料理だ。どこか遠くのエリアの料理だろうか。
とにかく食べてみなよと、アフロヘアーのその人は両手でなにか白い塊を持って、幸せそうに口を動かしている。
ふわふわ、髪の毛も一緒に動いている。白い塊はなんだろう。なにか黒い薄いものが巻いてある。
お味噌汁の具はキノコのようだ。
旨味が溶け出して、沁みわたるような深い味。
「おいしい」
思わずつぶやく。
ね、美味しいでしょ? 微笑むアフロさん。
ここは初めて? ポニーテールの子が話しかけてくる。
「初めてです」
そっか。わたしは飛ぶのに疲れたら、ここに休憩しに来るんだよね。
お店の雀さんの気分次第でいろんな料理が出るんだよ。
今日は「和食の日」なんだって。
お昼はご飯食べれて、夜はお酒も飲めるよ。
ふらっときて、焚火にあたって休むだけのときもあるけど。
寝ちゃうときもある。
お互い楽器の演奏が始まるときもある!
雀さんたちがいつでも大歓迎してくれて嬉しいんだよね。
背の高い店主のお兄さんもとっても穏やかだし。
アフロさんとポニーテールさんの会話がはずむ。
思い思いの服装に髪型、いろんな身長。
それぞれお気に入りの大切なケープを身に着け、時には頭に相棒の動物を乗せて。
日差しと焚火で店内は暖かい、でも何気なく始まる会話や、話さなくても何となくお互いを思いやるような気配があって、俺は胸が少し苦しいような、懐かしいような切ない気持ちになった。
1人で過ごしていた時間、師匠が帰らない不安を、感情を殺すことで感じないようにしていた。
そうしたら本当に心が乾いていって、どんどん孤独になっていったんだ。
誰かが作ってくれた料理を口にするのも久しぶりで、その温かさは深いところまで沁み入ってくる。
あれ?泣いてる?大丈夫?
アフロさんが顔を覗き込んできたので、慌てて手の甲で目元をぬぐう。
「熱かっただけなので」
うふふ、せっかちなのかな?
ポニーテールさんがお手拭きを差し出してくれる。
お礼を言いながら受け取って、初めて口にした「おみそしる」を味わいながら、なごやかに続く2人の会話を聞いていた。
店内が落ち着き、お客も休む人、話し込むだけの人になった。
大きめのテーブルに、紺碧と3人の雀さん、俺で座る。
ちなみに今日は3人とも「うろたえる狩人」の二つ結びの髪型だ。
俺はさきほどアフロさんが食べていた白い塊をもらって、食べていた。
おにぎり、というらしい。
白い粒々を塊にして握ってあり、周りに黒いもの(のりというらしい)、中に塩気のきいた具が入っている。
つやつやの白い粒々が食欲をそそり、いくらでも食べられそうだ。
「昨日はゆっくり紹介できなかったけど」
紺碧が俺を手のひらで示し言った。
「紅藤(べにふじ)のお弟子さん」
「お紅(べに)さんの?!」
思わず体を乗り出す雀さんたち、この雀さんも師匠を知っているのか。
「わたくしたちのお店には、雪白さんは連れてこなかったですわね」
「しばらく師匠と各地を転々としていたんです」
決めた住処(すみか)を持たず、洞窟や木の下で野宿、師匠のテントやハンモックで休んだ。
おかげで森や草原で生活する術(すべ)を身に着けることができ、師匠がいなくなってからもなんとか生きてこられた。
「一緒に原罪に行って、師匠は帰ってこなかった。だから探しているんだ・・・どこかにいるんじゃないかと思って」
「そうだったんですの・・・」
「お店には全く来ないし、お紅さんの行方が分からないとは聞いていましたわ」
3人は一様にうつむいて、しばし沈黙が訪れる。
「僕も紅を探したいんだ」
真っすぐ前を見据えて、紺碧が言った。
「そして、雪白くんの手助けもしたい。だから、ここに住まない?」
思ってもいない申し出に、俺は驚いて彼の顔を見た。
「ありがたいです・・・でも迷惑かけちゃうんじゃ・・・」
「一人より二人で探したほうがいいでしょ。それにお店手伝ってもらうよ」
雪白くん、覚え早そうだから楽しみだなーと笑う彼。
「ちょうどホール係が欲しかったところですわ!」
「若い子、大歓迎ですわよ!」
「・・・一つ屋根の下、良い、さらに良いぞ・・・」
「若いって、こはくとうさんたちは・・・? 俺より若い・・・?」
でも昨日「ご婦人」って紹介されていたっけ?
ちま、ちま、と席に座っている3人は、ニマーっと笑った。
そんな笑い方、感情表現にあっただろうか。
「女性に年齢を聞くのはタブーですが、なかなか嬉しいことを言ってくださるのでノーカンですわ」
「あはは、雪白くん、見る目がないねー。こう見えてご婦人がたは・・・」
「おだまり」
あ、口におにぎり突っ込まれてる。
昨日の雑巾よりだいぶマシか。
「・・・ボソ・・・口は災いのもと・・・」
「暴風域でフェニックス スペシャル、フルコースですわよ」
ふぇ?
「フルコース=8連続エビ避けからの、エビ坂ホールインワンだよ」
おにぎりを飲み下し、紺碧が明後日の方向へ目を逸らしながら言う。
「僕、初めてくらわされたとき吐いたから」
「・・・なにやらかしたんですか」
「覚えていない」
さらに明後日のほうへ目を逸らす。あ、覚えているな。
「ま、僕は雪白くんにここに来てほしいな!」
話題を戻して、彼は明るく微笑んだ。
表情豊かで、よく笑う人だな。
ここに居ていいのかな。
迷ったときは、本当はどうしたいのか自分の心の声を聴け、と師匠が言っていた。
一人より二人。そのほうが心強い。
それにこの場所、とても居心地がいい。
「・・・お世話になります・・・ここに居たいです」
深々と頭を下げる俺の手を、雀さんたちが握ってくれた。
「大歓迎ですわ!」
「いつも紺碧はしょうもないものばかり頭につけてきますけど、今回は違いますわー!」
「カモ(鴨)がネギを背負ってきましたわーーー!!」
「ウェルカモネギ トゥ アワー ホーム!!」
「・・・良きかな・・・」
かもねぎ?
ちょっと良く分からない単語が混じっているけれど、歓迎してもらってとても嬉しい。
「よろしくね」
「こちらこそ」
大きな手と握手。あたたかい。
「あ、そだ」
急に思い出したように紺碧が俺の頭を指差す。
「寝ぐせいっぱいついてるよ」
!!
「は、早く教えてくださいよ!!!!」
「だって可愛いんだもん」
爆笑するご婦人雀たちと、面白そうにニヤリとする紺碧。
店内のお客にまでクスクス笑われて、俺は首まで真っ赤になったのだった。