礎(いしずえ)「すみません・・・誰かいませんか・・・?」
店の入り口からかぼそい小さな声が聞こえた。
見れば心細げな表情で、小柄な星の子が佇(たたず)んでいる。
初期の髪型、初期のケープ、一目で生まれたばかりだと分かった。
「どうしたの?」
「あの、仲間とはぐれちゃって・・・迷っちゃって・・・」
俺がしゃがんで目線を合わせると、その子はおどおどと視線をさまよわせ、少し怖がっているようにも見えた。
「ああ、このあたりは入り組んでいて分かりにくいよな」
ケープのエナジーもだいぶ消費しているようで、俺からその子へゆっくりと光が伝わっていく。
「どこへ行きたいんだ?」
「草原の入り口が分からないんです」
ここからはそんなに離れていない。けれど慣れていないと迷いやすい道のりだ。
「紺碧さん、俺行ってきていいですか?」
厨房に声をかけると、紺碧が顔を出した。
「うん、行ってあげて」
可愛い、と言いながら彼も俺の横にしゃがむ。
俺もこんなに小さい時があったのかな。
そういえば、紺碧さんが小さい時って、どんな子だったんだろう。想像できないな。
「俺と一緒に行ってみる?」
そう問うと、その子は一生懸命首を縦に振った。
「お願いします」
「今日はこのケープでどうかな?」
飛行用の衣服に着替え終わった俺に、紺碧さんがケープを差し出してきた。
「そっと覗く郵便屋」のケープ。
布地には一段暗い赤で模様が入り、金の縁取りに、裾には赤い飾り。
相変わらず俺の「記憶の語り部」のケープは修繕中で、未だ手元に戻ってこない。
行方不明になった師匠を探すのに必死で、ぜんぜん傷みに気づかなかったんだ。
大切にしてやらなくてごめん。
ケープが手元に戻ってくるまで、俺は紺碧さんのケープを借りていた。
ふわりとケープを羽織るとエナジーが流れ込んで光が波紋のように広がり、背にケープレベルを示す星型が浮き上がった。
「綺麗ですね・・・!」
迷子のその子は、美しいケープを見て目を輝かせている。
「綺麗だよな」
俺も微笑んで同意する。
「じゃあ手つなぎで、光も集めながらいこう」
手を差し出すと、おずおずと小さな手が握り返してきた。
手の中にすっぽり納まるほど小さくて柔らかい。
「いってきます!」
紺碧さんに見送られ、俺とその子は一緒に柔らかな日差しのなかへ飛び立った。
速度を落とし、ゆっくり飛びながら光を集める。
「あの、ケイです、名前」
一生懸命キャンドルに火を灯しながら、緊張した声音でケイが言った。
「俺は雪白。よろしくね」
緊張する必要はない、肩の力を抜いて欲しくて、俺は優しく言った。
この世界に生まれて飛びはじめた当初は、周りの星の子がみんな上級者に見えて萎縮(いしゅく)したものだ。
「誰かと飛ぶのは初めて?」
「生まれたばっかりの子たちで仲間になって、その子たちと飛んでいました」
そうか、そうしたらエナジーの話しなどしたら参考になるかもしれない。
他の星の子と一緒にいるとエナジーが補充されること、手つなぎなど接触があるとお互いのエナジーが行き来すること。
それには相性があること。
「飛ぶときに、エナジーの流れを意識するんだ。少なくなってきたら無理せず光を補充するんだよ」
慣れてくると自分の容量が分かってくる。
真剣に話しを聞いて、覚えようとしている様子のケイ。
たくさん羽ばたくので、つないだ手にも汗もかいている。
俺はふと、師匠と飛んでいた時のことを思い出した。
今もはっきりと思い出せる、硬く温かい手のひらの分厚い感触と、一見冷酷とも見える険しい目元。
まだ飛行技術も拙(つたな)く、基本中の基本から教わっていたときのことだ。
師匠の紅藤(べにふじ)は厳しい人だったが、短い言葉で分かりやすく話してくれた。
いま俺がケイに話したことは、すべて師匠がひとつひとつ教えてくれたこと。
・・・俺が教えてもらったことがケイに伝わって、ケイも誰かに教えることがあるのだろうか。
師匠が残してくれたものは間違いなく俺のなかに根付いている。
もしも俺の弟子になりたいなんていう人がいたら、俺もいろんなことを伝えたいし、それがその人の礎(いしづえ)になったら嬉しいな。
まだまだ、俺も修行中の身なんだけれども。
「わたしも、綺麗なケープを手に入れられるでしょうか」
ぽつりと言うケイ。
俺は迷うことなく、もちろんと答えた。
「それにこの世界には綺麗な景色がたくさんあるんだ。たくさん飛んで、いろんな人と会って、たくさんの景色を見てね」
そして俺のいる店には、美味しいものもたくさんあるよ。
笑って見せると、ケイの顔もほころんだ。
「またお店行きますね!今度はみんなで行きます!」
雲がきれ、景色が開けてきた、草原の入り口はすぐそこだ。
草原の入り口では何人かの雀がケイを待っていた。
仲間と思われる彼らに出迎えられるのを見届け、手を振って別れる。
「今度は新しいケープでお店行きますね!みんなで行きます!ありがとう!」
ケイは大きな声で言って、俺の姿が見えなくなるまで手を振ってくれた。