紺碧と紅藤②紺碧と紅藤②
(これが本物の死相紋か...グロ...)
じわじわと核(コア)周辺に浮かび上がる黒い紋様を見ながら、紺碧は冷たい地面の上に横たわっていた。
泥水と苔、森の香りが鼻腔を満たし、周囲は静かで、小鳥も蝶も見当たらない。
細い糸のように落ちてくる雨水が全身を打ち、あっという間に体温を奪っていく。
詰んだ、という言葉が脳裏に浮かんだ。
終わるんだと思うと笑いがこみ上げてきたが、乾いてかすれた呼吸音が喉から聞こえるだけだ。
過去にトラブルのあった3人組から暴行を受けた。
散々、殴られ、蹴られ、無理にエナジーを流されて、回路が使い物にならなくなった。
そして雨林に捨てられたのだ。
3人組の顔も覚えていない。
興味がない。
自分自身にも、生きていくことにも。
怪我はともかく、回路が痛むことはエナジーを循環させて生きている星の子にとっては致命的だ。
核(コア)から広がった紋様が上腕まで到達したのが見えて、紺碧は目を閉じた。
空っぽの器みたいな身体に、ぴったりの最期だと思った。
何の未練もなく、思い出は捨てたいものばかり。
生きていく、ただそれだけなのに、喜びより苦しみが多いのはどうして。
こんなに、何もない....
何も掴めず、残せず。
早く、終わりたい。
眠くなるように意識が遠のきかけたとき、近づいてくる足音を聞いた。
乱暴に襟首を掴まれ、持ち上げられて、激痛で目が覚める。
苛立ちを含んだ険しい深紅の瞳と目があった。
よりにもよって、最期に見たのがこいつの顔...
最悪だ。
どこまで僕の人生を汚すんですか、神様。
知り合いの中でも特に見たくない顔がそこにあり、紺碧は再び目を閉じた。
「おい。クソ野郎。あんな雑魚に殺されて悔しくないのかよ」
襟首を掴んだまま紅藤が紺碧を揺すると、力の入らない腕が人形のように揺れた。
そのまま地面を引きずって雨の当たらない場所まで移動し、木の根元に放るように手を離す。
重傷者に対する扱いとは到底思えない乱暴さだ。
忌々しそうに舌打ちして紺碧の腕を掴むと、そこからじんわりと光がさざなみのように広がった。
しかし回路が働かず、核まで光が届かない。
「なんとか言えボロ雑巾」
「...うるさいな、黙れ童貞...」
ようやく口をひらき、紺碧は前髪の間から紅藤を睨め付けた。
「もう、終わりたい」
だから邪魔するな。
長引かせるな。
さっさと終わらせて...
「てめぇの人生そんなに安いもんなのか?あ?プライドってもんがねえのかよ?」
薄暗い中で紅い目が爛々と光り、肌に触れた雨粒が音を立てて蒸発した。
「てめぇの終わりくらい、てめぇで終わらせろよ!誰かに任せるんじゃねぇ。ほんと気にいらねぇ!...これで終わったら、負け犬のまま、本当に終わっちまうぞ」
「...」
「...レースの勝敗」
「...!」
「一度くらいは俺に勝て」
「...」
「...言いたかねぇが、まだ速くなる...」
「...!!」
もう、話せない。
泥に汚れた顔の中で、切れて血まみれの唇が微かに動いたが声が出ない。
紅藤は最大級の舌打ちをすると、紺碧を抱きかかえた。
ケープの加護がなく、しかも雨水をたっぷり含んだ身体は重い。
幾度か抱え直し、助走をつけ思い切り地面を蹴って、曇天へ力強く羽ばたく。
向かったのは...楽園だった。