ゆきしろ 2「ちちょー、おままえつけれくれさい」
まん丸な黄色い目をした星の子が、俺のケープの端を引っ張る。
頼りなく細い身体に、初期のケープ。
俺の弟子だが、名前は、ない。
星の子は地上に降る時、自分の名前を抱いて生まれてくる。
しかし彼は生まれたてのところを闇に襲われ、そのショックで名前を忘れてしまっていた。
「名前なぁ...」
他の子に名前がある事に気づいてから、たびたび名前をつけてくれとせがまれているが、良い名前が浮かばずそのままになっていた。
雪に覆われた狭谷の尖塔の上からは、見事な夕日が雲海を朱色と金色に染めている。
身を切るような寒風、生命を寄せ付けない厚い氷と雪。厳しい環境のなかで頼りになるのはどこまでも己のみ。
この過酷な、しかし雄大な景色が紅藤は好きだった。
強い風によろけそうになる身体を、足を踏ん張って支えている弟子を見下ろし、紅藤はぽつりと言った。
「雪白(ゆきしろ)」
「ゆき?」
「雪白。お前の名前だ」
「ゆきしろ!俺のおままえ」
意味も、どういう字を書くのかも分からないはずだが、それでも名前が決まったことが嬉しいようで、雪白はにこにこと頷いた。
「雪は白くて冷たい、空から降ってくるやつだな。白は、色の白」
紅藤は座り込んで、雪白と目線を合わせた。
遊んでもらえるのかと思ったのか、嬉々としてその膝に乗り、雪白は紅藤の首にしがみつく。
ちっせぇな。
「...てめぇは弱っちそうだからなぁ。いいか、簡単に染まるんじゃねぇぞ。雪みたいに白く、清く、周りを覆うくらいの気持ちでいろ。冷たいが...解ければ、雪解け水は周りを潤す恵みになる」
今は難しくて分かんねぇかな。
そのうち意味も分かる様になるだろう。
「俺、弱っちくない。ちちょーがくんれんするって言ってた」
弱くないと言いながらも、しがみつきながらケープの下で暖をとる雪白に、紅藤は思わず吹き出した。
「は!甘えながらなに言ってやがんだよ。まぁ、鍛えてやるから、逃げ出すんじゃねえぞ」
「俺にげない」
「その言葉忘れんなよ。よし、行くぞ」
長旅で必要な大きな荷物と愛用の花火杖を背に、雪白を胸に抱いて、紅藤は軽々と立ち上がった。
助走をつける。
硬いブーツの底が、城壁の石を強く蹴りつける。
風をつかまえて、舞い上がる。
羽ばたくケープから火花が舞い踊る。
雪白が歓声をあげた。
こいつにはまだまだ教えないといけない事がたくさんある。
雨のなかの飛び方、汚染された水、蝕む闇、捕食者からの逃げ方、原罪...。
耳元で轟音を上げる風が、全身を包む。
いい風だ。
風はそのまま、明日へ向かう。
向かい風がないと飛べないんだぞ。
雪白、お前は、この厳しくも美しい世界を、生き抜いていけ。
(完)