ゆきしろ 1なんて綺麗な場所だろう。
島も、金色に輝く塔も、ぜんぶ、ぜんぶ雲の上にある!
恐る恐る雲に飛び乗る。
落ちない!
飛べる!
ケープからエナジーが鱗粉のようにキラキラと舞い散る。
弾んで、パタパタ羽ばたいて、近くの島に着地した。
強い風に乗って、真っ白な小鳥が群れを成して飛んでいく方角には、悠々とそびえ立つ巨大な神殿。
これからあそこへ向かうんだ。
何があるんだろう、楽しみだなぁ。
真新しい茶色のケープを身につけた小さな雀たちは、輝く黄色の瞳をまん丸にして辺りを見渡し、そして扉を見つけた。
石の扉の左右にはキャンドルで火をつけるようになっている。
ええと、キャンドルはどうやって出すんだっけ?
みんなでモタモタとロウソクを出し、我先にと火をつけると、重たそうな音を立てながら扉がゆっくりと開いた。
中は真っ暗だ。
外が明るいから尚更真っ暗に見えて、お互い手を取り合いながら怖々と足を踏み入れる。
そこには膝を折り、祈るような姿勢をした精霊様と、まばゆく輝く光の子。
「わぁ」
光の子にみとれて、他の子が精霊を追って部屋から出ていったことに気づかなかった。
石の扉がひとりでに閉じ始めて、慌てて踵(きびす)を返すと、何かに足を取られて転んだ。
その拍子に外れたお面は、大きな音を立てながら遠くまで転がっていく。
強かに打った膝と手のひらをさすりながら足を見やると、黒いものが巻きついていた。
草だろうか。
扉は閉まってしまい、完全な闇が訪れる。
息が詰まりそうな圧迫感と静寂、湿ったにおい。
転んだ星の子は自分の持つキャンドルの灯りを頼りに、巻きついたものを外そうと試みた。
しかし、何か変ではないか。
草は見た目のわりにひどく頼りない触り心地で...
草ではない。
その黒いものは真っ暗になるのを待っていたかのように、どんどん大きくなると蔓のように全身に絡みついてきた。
何だか分からないが、これは良くないものだと思った。
星の子は初めて「怖い」という感情を覚える。
助けて、と叫びたいのに出てくるのは、あ、とか、やめて、とかそんな言葉ばかり。
その間にも蔓はどんどん這い上がってきて、首に巻きついた。
星の子は、蔓の中に目があることに気づく。
真っ赤な目が、こちらをのぞいていた。
何の感情も感じさせない深い穴のような目と視線が合って、全身が恐怖で総毛立つ。
そうだ。
お面を外してはいけないんだった。
親切な星の子が...ひと目見て長く旅をしていると分かる星の子が、道すがら教えてくれたではないか。
ーーお面を外してはいけないよ。
ーー闇に魅入られてしまうからね。
うねりながら絶えず動き回る蔓の先端が鋭く形を変え、ぴたりと狙いを定めるように胸の前で動きが止まった。
まさか。
やめて。
星の子の眼前で、鋭い先が無慈悲に胸に突き刺さる。
「っあ?!」
何が、起きているの。
生まれて初めて感じる強烈な痛みが電撃のように全身に走り、生命にかかわる事態だと本能が警鐘を鳴らす。
吹き出す冷や汗と、震えて冷えていく手足。
体温がそのまま流れ出たような熱い血液がエナジーを含んで微かに光りながら、地面に水溜りを作った。
鉤爪のように形を変えた黒い蔓が、掻きむしるように胸の肉をえぐっていく。
核を狙っているようだ。
助けて、助けてください。
先ほどまで膝を折り座っていた精霊は黒い球に姿を変えて、空中に浮かんでいる。
光の子は微かに光る輪郭のみを残して消えてしまっていた。
誰か。
誰か。
地面の下に作られた部屋の壁は厚く、声は外へ届かない。
薄い胸の柔らかい肉など簡単にむしられて、核が剥き出しになった。
そこへさしたのは、一筋の光。
微かに石の扉が開いたかと思うと、次の瞬間、大きな音を立てものすごい勢いで全開になった。
外の明かりと共に、扉を蹴破ったらしい誰かの足が突き出ているのが見える。
あれほど強固に、執拗に星の子を蝕んでいた黒い蔓は、光を恐れるように後退りすると、部屋の奥の暗がりへと消えていった。
(手遅れかもしれない)
部屋に立ち込める血の臭いと、濃い闇の気配。
飛び込んできた人物は構えていた花火杖を背負い直し、お面を拾うと小さな星の子に駆け寄った。
服が汚れるのも構わずそっと抱き上げると、その身体はほとんど体重を感じないほど軽い。
その軽い身体からの、大量の出血、負傷した位置。
(幸い楽園が近い、間に合うか)
一刻の猶予もない。
全速力で楽園へ向かいつつ、視線を星の子に落とすと、顔色は蒼白を通り越して土気色にかわり、荒々しく食い荒らされた胸の傷跡は深く、剥き出しになった核にひびが入っているのが見てとれた。
彼は普段、祈ることなどほとんどないが、今回ばかりは祈るような気持ちで、楽園の医師のもとを訪ねたのだった。
その後、生きるのは難しいと医師に言われながらも一命を取り止めた小さな星の子は「生きたい」という強い願いを抱いて、紅藤と共に旅に出ることになる。