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    ossam_nagihara

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    #19歳サンド
    19YearsOldSand

    19歳サンド①

    「はい、わかりました。気をつけて帰って来てくださいね」

     聞き慣れた優しい低音が途切れ、無機質な機械音になったことを確認してから切電ボタンを押す。恋人である嵐山准の名前が消え、代わりに表示された時刻は朝に聞いていた帰宅予定時間を大幅に超えており、耳に残る少し疲れを滲ませた声色を思い出して小さく息を吐き出す。
     広報部隊の隊長として忙しくしているのは出会う前から知っていたが、クリスマスや年末年始などのイベントが多いこの時期は特にメディアへの露出が多くなり、彼の活躍を雑誌やテレビなどで知ることも少なくない。それが彼と彼の世界が選んだ道とはいえ、真面目な性格が故に忙しくなりすぎると換装してまで仕事を続けるから心配だ。
     せめて帰ってきたらたくさん労ってあげようと決意を胸にしつつ、今夜は口にしないことが確定した晩御飯のハンバーグにラップをかける為、リビングとカウンター続きになっているキッチンへと足を向けた。
    「嵐山から?」
    「わっ、迅さん」
     手にしていた携帯電話をダイニングテーブルへ置いたのと同時に、湯で温められた大人の身体がのっしりとぼくの背中へのし掛かる。右肩に顎を乗せて携帯の画面を覗き込むのは、もうひとりの恋人である、迅悠一。彼もまたとても忙しいひとなので、逆にこの時間に居ることのほうが珍しい。
     揃いも揃ってワーカーホリックな彼らと少しでも共に在りたいと始めた同棲のはずなのに、現実はなかなか上手くいかないものである。



     ぼくが迅さんと嵐山さんと同棲を始めたのは、去年の春。
     前述したように、紛れもなく二人ともぼくの恋人である。なぜ三人で交際しているのだとか、男同士なのに問題はないのかだとか、よりにもよってボーダー内で一位二位を争う人気者の彼らとどのようにして恋人関係になったのか等の話は長くなるので割愛するが、三人ともこの関係に納得したうえで交際及び同棲をしている。
     普通ではない関係性であることは重々承知しているけど、そもそも二人との出会いやここまでに至る経緯が世間一般的な普通には当て嵌まらないので今更特別驚くようなことではない。長い人生の中で何度か訪れるであろう恋に落ちる瞬間が前倒しにまとめて押し寄せただけなので、二人を同時に愛してしまったとしてもそこに偽りや後ろめたさは全くないのである。欲張りであるとは思うけれど。
     話は戻るが、ぼくらはボーダー本部と玉狛支部の中間くらいに建つマンションにて生活をしている。交際を始めた当初、恋人たちと同棲するのは高校を卒業してからだろうとぼんやり未来を描いていたぼくに対し、この生活を手に入れる為の彼らの行動は驚くほどに迅速で的確で計画的であった。
     今年の誕生日で18歳になるとはいえ、高校も卒業していない子供との交際や同棲など大人たちが黙っているはずない。しかし、この二人にかかれば厳格なボーダー本部長や気難しいメディア対策室長だけでなく、あの圧の強い母でさえ懐柔されてしまうのだから恐ろしい。母に至っては「籍を入れるときは旦那さまたちが不公平にならないように三雲姓にしなさいね」と何故か入籍に前向きな姿勢である。一体どんな説得をしたのか気になって一度訪ねてみたことはあるが「本当に知りたい?」と微笑んだふたつの笑顔に、ぼくは「あ、結構です」としか答えることしかできなかった。



    「今仕事が終わったみたいなので、あと一時間くらいで帰って来れるそうです」
    「こんな時間まで仕事とはボーダーの顔も大変だな。飯はどうするって?」
    「ご飯はあちらで食べたそうなので、今夜のおかずは明日の朝に食べると言ってました」
    「了解、冷蔵庫に入れてくるわ。ついでアイスも取ってこよ」
     誰に教えるでもないこれまでの摩訶不思議な経緯を脳裏で再生しつつ、肩と背にかかる愛しい重さへ先程電話の内容を掻い摘んで伝える。特に不満を漏らすでもなく淡々と受け入れているのを見る限り、今の状況を未来視のサイドエフェクトで知っていたのかもしれない。それでもちゃんと三人分の晩御飯を用意する彼の優しさに、ぼくはまたひっそりと胸をときめかせるのだった。
    「あ、ラップはここに……って、迅さん」
    「ん?」
    「髪、まだ濡れてますよ」
     用意していたラップの場所を教えようとしたところで、迅さんの胡桃色の癖毛がしっとりと濡れていることに気づく。いや、びっしょりと云っても過言ではないほどの濡れ具合だ。肩に掛けてるタオルはただの飾りなのかと指摘すれば、彼は悪戯が見つかった子供のみたいにバツが悪そうに視線を宙に彷徨わせた。
    「あー……アイス食べても寒くないくらいにリビングの暖房も効いてるし、このままでも大丈夫だっておれのサイドエフェクトが……」
    「またそんなこと言って……たとえ風邪は引かなくても髪の毛が傷んじゃうので自然乾燥はダメです。癖だって付きやすい髪質なんですから」
    「えー」
     大事なサイドエフェクトを無駄遣いする実力派エリートを論破し、役割を放棄していたタオルで柔らかな髪をわしわしとかき混ぜる。なすがままの恋人は「もっと優しくして」と文句を垂れつつ約一〇センチ差のある身長をこちらへ傾げさせる姿から察するに、どうやら最初からぼくにやらせるつもりだったらしい。
     まったく年上なのに世話が焼けると呆れはするが、いつもは隙を見せないヒーローがにこにこと手放しに甘えてくる姿を可愛いと思わないはずもなく、嬉々と顔を出した内なる面倒見の鬼に導かれるまま諦めの息をこっそり吐き出しながらずるい恋人の思惑へと手を伸ばした。
    「……仕方ないですね。嵐山さんのおかずを片付けたら髪を乾かしてあげますから、迅さんは先にソファで待っててください」
    「やったー」
    「アイスは一個だけですよ」
    「はーい」
     まだ火照り残る頬を撫でつつ降参の意を告げると、空色の瞳をふわりと細めた幼い笑顔がぼくの掌にすり寄せられる。なんでも許してしまいそうな甘やかさに『惚れた方が負け』という先人の言葉を痛感しながらも、この顔が見れるのは後にも先にもぼくだけであれと密やかに願った。

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