本物「……マジで美味ぇ」
「でしょ?」
鉄のデカブツに乗らされて、何も食ってなかったからか甘いパンの味が染み入るな。驚く程鮮やかに食材庫を暴けば上等な酒瓶まで探し当て、適当なコップに注ぎ始める。
「ルークには、内緒ね」
口元に指を掲げ、戯けて笑う。あいつはこういうのも、許さねぇ奴だからな。口角が上がるのは美味い飯にありつけたからか、それとも。
「……嬉しそうだね、アーロン」
『変わらない』、奴だったからか。見透かした様に頬を緩め、喉を鳴らしながら酔い痴れる男を改めて見つめた。
銀に染まった髪からして、四十は超えているだろうか。ただショーだのテロリストだのに年齢すら感じさせない筋力と身こなしは、只者じゃねぇ。詐欺師野郎に目を付けられるのは正直、納得いかなくは無い。此処に連れてきたのも俺を気遣っただけじゃなく、まだ他の奴よりは居心地が良いからだ。
「降りたら、俺と戦え」
「あはは、やっぱり?」
「勝ったら俺に、おっさんのことを教えろよ」
聞く気なんか、本当は無ぇことも知っているからだ。飄々と掴み辛く、早々引っ剥がせない面で覆い隠している。注いだ水面に揺らぐ目線は、何処までも仄暗い。必要以上に踏み込む気は無い、それが何の為にもならないことは理解した。
俺があいつに、『名前』で確信を得たことを今言うべきでは無い様に。
「うーん、そっか……負けられないなぁ」
髪を掻き、肌蹴たシャツから覗く引き締まった胸元を紅く染め酒を愉しむ。幾つもの宝石を盗むうち、嫌でも審美眼は身に付いた。見てくれだけ輝かせて繕おうが、偽物でしかない。此処で面と向かって話しているが、一瞬確かに艶めく黒曜の眼差し。
胸倉を鷲掴みにされたと錯覚する程、惹き込まれる。
「ん、どうしたの?おじさんお勧めの機内食に感激してくれたかな」
「……ん」
直ぐに腑抜けた表情に戻り、意識は返る。何者だろうが過去が何だろうが、構いはしねぇ。ただ何故か、放っておく気にもなれない。強靭な癖して、何に怯えているのか。拳を交えてでも、見えてくるものがあるなら知りたくなる。苛つく程に求め、鼓動が猛る。この感情、何だかはよく解んねぇけど。
「ま、お前さんと美味しいもの食べられるのは嬉しいよ……これからも、そうしたいね」
「……ああ」
温もりも含む、飾り気無い言葉だったので一応頷いた。どれで塗り固めようが、見えるんだよ。
隠しきれても無ぇ、失わず残る奥底の鈍い煌めき。
あんたは紛れも無く、『本物』だ。