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    yttrium

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    藤花と桃花のとある事件

    ##悪当番

    破滅の始まりは青い髪をしている 朝のニュースでは運勢は最高で、運命の出会いがあると言っていた。
     春霖の雨が煩わしい夜だった。サークルの新入生歓迎会の帰り道、いつもの道をほろ酔い気分で車を走らせていた。一年以上通った道だ、少し酔っていても雨が降っていても問題なく走れると思っていた。それにここはほとんど人も車も来ない。鼻歌でも歌い出しそうなほど気分が良くて、スピードもいつもより出ていた。
     ここまできてからいうのもなんだが、いつもは飲酒運転はもっての外、スピード違反だってしたことがなかった。
     LINEの通知が聞こえた。誰かだろうと、視線を正面からずらした。その一瞬で目の前に男が現れた。ブレーキを踏んだが当たり前に間に合わず、重量のあるものにぶつかった衝撃が走った。
     がくがくと体が震えた。取り返しのつかないことをした。急いで救急車を呼ばなければ、携帯を手にして気がついた今の俺はアルコールの匂いがする。警察が来たら捕まるしかない、だが、今呼ばなければ死んでしまうかもしれない。狂いそうな緊張をぶち壊したのは窓を叩く小さな音だった。
    「ヒッ…!!」
     窓の外を見ると雨具の一つも使わない男が、こちらを見ていた。慌てて窓を開けると額に冷たく硬いものが押し付けられた。
    「免許証とスマホを渡すんだ」
     映画でした見たことないような銃が眉間に突きつけられている。声も出せないままに、手に持っていたスマホを渡す。それから手探りでカバンを引き寄せ、中から財布を出そうとして全てをぶちまけた。それでもなんとか免許証を取り出して、青年に手渡した。
    「桃青 仁。警察や救急に連絡した?」
     ブンブンと首を横に振る。
    「だろうね。酒気帯び運転並びに過失致死でつかまるしか道がない」
     がくがくとまだ止まらない震えを、紫陽花色の男は冷ややかに見下ろした。なまじ綺麗な顔をしてるものだから、真顔が恐ろしくてたまらない。
     冷淡とはこの男のことを言うのだろう。
    「降りるんだ」
     もたつきながら扉を開けて、転がり落ちるように車から降りた。
    「死体をみて」
     腕を掴まれ引きづられるように濡れた車道を歩く。車とぶつかり吹き飛んだ死体の前に立つと、匂い立つ鉄の香りに吐き気を覚え胃の中身をぶちまけた。
    「…汚いな」
    「すいませ、っ…!」
    「いいよ仕方ない。見てくれ、ほらここ」
     靴の先で汚物のように死体を蹴った。ごろりと角度を変えたそれ、腹に開いたいくつかの不自然な穴。
    「…これ、まさか」
    「そう、僕が撃った」
    「なんで、そんな、」
    「仕事だからだよ。そして君に教えたのは、選択させるためだ」
    「せん、たく…?」
     雨がアスファルトから血を洗い流していく。
    「そう。今ここで選ぶんだ。僕の共犯になるか、殺されるかを」
     淡い色の美しい髪が、雨で濡れているのがやけに艶っぽく見えて、状況も忘れて心拍が上がった。
    「…俺は」
     銃口は向けられない。彼は俺がなんと答えるのかもうわかっている。
     確かに俺は運命に出会った。
    「俺は、もう、初めから、共犯だ…。だってトドメを刺したのは俺だ」
    「そう。それが君の答えだね。じゃあ今から君は僕の犬だ。さぁまず初めにあの車にお別れしておいで。知り合いに処分を頼むから」
     ひりついた空気は一気に霧散し、柔らかな声は命令を下した。言葉のままに荷物をまとめて彼のもとに戻った。どこかに連絡しているらしい彼に傘をさして雨から守った。
    「……。仁、死体をこの袋に入れて、あの車のトランクに運んでね」
     あの車、指差したのは遥か遠くだ。どこにあるか全く見えないその車に、60kg以上ある肉の塊を運べとのことだ。俺に拒否権はない、ため息をついて袋を受け取った。
     本当に1ミリたりとも手伝ってくれなかった。何が面白いのか、傍で俺がヒィヒィ言いながら死体を運ぶのを眺めているだけだった。
    「お疲れ様、よくがんばったね」
     雨と汗で濡れた髪をためらいなく撫でていった、その手を見つめる。意外にも温かな手のひらだった。冷たい色をしているから、そう思ったのだろうか。
    「助手席に座って、山まで行くからしばらく降りれないよ」
    「山?」
    「死体を埋めるんだよ、いつまでも一緒にドライブするわけにいかないだろう。死んだ瞬間から劣化が始まるからね」
     わき見運転、スピード違反、飲酒運転過失致死、死体遺棄。この短時間に重ねた罪の重さにすでに押し潰されそうだ。目の前に立つ人はもっと重い罪を背負っているのだろうけど。それを感じさせない爽やかさだった。
     濡れた体で彼の車に乗るのかとためらったが、同じぐらいに湿った彼は気にせず運転席に座ってエンジンをかけた。慌てて隣に座ると、俺がシートベルトをかけるより前に滑らかな加速を始めた。
     街の明かりが後ろに伸びていくのが流星のようだった。見惚れる余裕がないのが悲しい。
    「…なぁ」
    「うん?」
    「あんたは、なんなんだ?」
     何も知らない。ただ美しい人であることしかわからない。
    「まだないしょ」
     悪戯めいた微笑みを浮かべる。
    「まだ、ってことは後で教えてくれんの?」
    「…君が知りたいならね」
     それだけ言ってあとは口を閉ざした。きっと「まだ」が「今」になるまでは教えてくれないのだろう。俺もまた口を閉ざし、過ぎ去る窓の向こうを眺めた。
     それから暫く後に、加速と同じように滑らかにブレーキをかけ目的地についたことを知らせる。街灯もほとんどない山の中に彼が降り立った。トランクから死体と、シャベルが2本取り出された。
    「埋めるのか」
    「そうだよ」
     押し付けられたシャベルを持って彼の背を追う。
    「掘ってあるんだけどね」
     そこの見えない穴がある。
    「死体を落として」
     死体を袋から引っ張り出した。やはり死体は恐ろしくて、えづいたが吐くものはもうなかった。言われた通りに死体を穴に落とした。奈落まで続いてそうだと思った穴は、そこそこ深いが底はあった。
     穴に土を落として塞ぐ。踏み固めて、ようやく仕事が終わった。
    「…まだ僕のこと知りたい?」
     長い長い夜が終わった。朝日が登り始めている。今更気がついたが、雨も止んでいたらしい。
    「知りたい、あんたのこと」
    「じゃあ、教えてあげよう」
     朝日に照らされたその笑みは、一層美しく見えた。さながら破滅に導くファム・ファタールだ。この人と落ちるなら、地獄であっても構わない気がした。
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