姫はじめ 仲冬の終わりの寒い晩。台所にて、たすき掛けをした美丈夫が釜の前に立っている。白い湯気の立つ鍋の中には赤い食材たちがじゅわじゅわ炒められていた。わきの調理台には同じ色した皿がいくつか置いてある。
間も無く酒を買いに行った彼も帰ってくる頃だろう。そう思ったとき戸口から寒い風と共にその人が入ってきた。
「うー寒い!ただでさえ俺は冬が得意じゃないってのになんで藍氏はこんな山ん中で生活してるんだ」
「おかえり魏嬰」
「藍湛!ただいま、早くあっためてくれ!」
鼻を啜りぶつぶつ恨み事を言いながら戸を開けた魏無羨は出迎えの声に目を輝かせて、中にいた藍忘機に飛び付く。抱きとめた背中がひんやりと冷たい。暖めるように撫でられてほっと落ち着いた魏無羨はゆっくりと呼吸をすると、それだけで温まりそうな香りにぱっと顔を上げた。
「食事を作ってくれたのか?お前はなんて気の利く夫なんだ」
「うん。もう少しでできるから静室で待っていて」
魏無羨はうれしそうに頷こうとしたが、あっ、と思い出したように申し出る。
「あのさ、ここに来る途中に子供たちに会ったんだんだけど、藍先生にこってりしぼられたみたいで元気なかったから一緒に夕餉を摂らないかって誘ったんだ。だから俺もちょっと台所借りてもいいかな」
「もちろん。それなら私も手伝う」
「ありがとう。お前が手伝ってくれるなら早く食べさせてやれるな」
残っている食材を確認して暫く考えると「よし」と気合いを入れて早速藍忘機に指示を出す。聞くところによると以前、解毒の粥を作って弟子たちに食べさせたらしい。昔は山奥でいろいろな発明もしていたようだ。器用な彼にとっては料理は造作もないことだろう。魏無羨は小気味の良い音を立てて野菜などを切っていく。そんな姿に胸のうちがあたたかくなり藍忘機は笑みを浮かべた。
「そういえば二人で台所に立つのは初めてだな。藍湛知ってるか?どこかの国では新年を迎えてから最初に夫婦で炊いた米を食べることを『姫はじめ』っていうらしいぞ」
彼はいつもどこからそういった知識を得ているのだろう。自分が膨大な量の書物を読んでいても知らないことを惜しげもなく教えてくれる。素直に知らなかったと答えると、楽しそうに鼻歌をうたいながら鍋の中身に味付けしていった。
出来たての料理たちを弟子たちの待つ部屋へ運んで行くと腹を空かせた子供たちが、わあっと喜びの声を上げた。
「俺と含光君が腕を振るってやったぞ。さ、冷めないうちに腹いっぱい食え」
いつもの色味のない藍家の食事とは違った彩りの大皿が並べられた卓上に待ってましたとばかりに少年たちが箸をつけていく。
「おい、この料理肉が入ってないけど食べ応えあるぞ」
「こっちのはしっかりした味でおいしい」
「さすが含光君!料理にも精通していらっしゃるんですね」
「あれ魏先輩が作ったものはどれですか?」
わいわいと賑やかな食事をしていたが藍忘機はいつものように注意はせず、魏無羨は酒瓶を傾けてにこにこと相手をしている。
あれだけあった料理をペロリと平らげた彼らはすっかり元気になったようで二人にお礼を言い各々の寝所に帰って行った。
「若いとよく食うなー。でもお前の作ったものはうまいもんな、酒もすすむよ」
「君はきちんと食べたのか?足りないようなら作ってくる」
「もう腹いっぱいだよ!気持ちよく眠れそうだ」
外まで見送りに行った魏無羨が、くあっと欠伸をして返す。間も無く亥の刻になる。そろそろ床の仕度をしようと部屋の中へ呼ぶ。
冬の寒い寒い雲深不知処。静室からはあたたかな灯りがともっていた。