ねこ弟子たちが集まっていた。
「なにをしている!」
「宗主!」
その声に少年たちは顔色を変えこちらを振り返る。その中で一番幼い弟子がなにかを隠すように抱え込んでいた。が、うごうごと小さな腕から這い出てくる。
「あっ、だめだよ!」
地面に降りたのは黒い猫だった。
なるほど、彼らはこいつと遊んでいたのか。
子供たちは怒れることを怖れてびくびくとしているのに対して、猫はじっとまん丸の瞳でこちらを見つめたまま逃げない。
「たっぷりとさぼったんだ、さっさと戻って鍛練を続けろ」
そう叱られた弟子たちは一目散に修練場に行った。その様子にため息をつき黒猫を一瞥すると俺も執務を片付けるべくそこから離れた。
それから黒猫は蓮花塢で姿を見るようになった。度々弟子たちに撫で回されたりたまに埠頭で商人たちから餌を貰ったりして過ごしているようだ。
俺が追い払わないのを不思議に思っている者もいるようだが、いまのところ害にはなっていないので放っておいている。むしろ懐かれたようで、たまに部屋に忍び込んでは土産を置いていくのだ。さすがにねずみや虫を持ってこられるのは参ったが、得意げな顔をするので撫でてほめてやるとゴロゴロと喉を鳴らした。……案外猫も素直でかわいいものだな。
そんな調子で主が如く、蓮花塢周辺に住み着いていた黒猫だがある時ぱたりと姿を見せなくなった。
年少の弟子たちは心配そうにしたりこっそり探したりしていたが、大人たちは気付いていた。
猫は死に際を見せないという。
きっと彼らがいくら探しても黒猫を見つけることはできないだろう。自然の摂理というものはこうして学んでいくのだ。
夜、床につく支度をしていると部屋の入口から激しい羽音が聞こえた。
蝉でも入ってきたか、と追い出そうと戸をあけると床板の上には虫の死骸がいくつか置いてあった。
翌日は今朝からしとしとと雨が降っていた。
何気なしに自室の前庭に出て蓮池を覗くと向かい側に生えた草むらの影が気になった。そちらに向かうと一部草が倒れそこにはあの黒猫が横たわっていた。
「ここで死んでも俺に見つかるに決まってるだろう」
そう濡れてさらに細くなった躯に呟くもあのまん丸の瞳が俺をとらえることはない。
狩りが得意な奴だった。黒い細身で、ふらふらとあそび回りあちらこちらで愛嬌を振りまき、たまに俺の息抜きに付き合い、蓮のそばでねむる。俺はなにを見ていたんだろう。もうどこにもいないのに、だれをさがしているんだろう。
やまない雨の中ひとり黒猫を抱え、かつて共にあった彼のひとをおもいながら、水面に映る自分の姿をぼんやりとみていた。けれど細かい雨粒に、弾ける小さな波に、輪郭は朧気でなんともはっきりとしない様子であった。