ボスと手下ちゃん(タクミボス)。ボスと手下ちゃん(出会い)
始まりは、そこからだった。
「まるで汚い雑巾のようだな」
「············アンタ······誰だよ······」
路地裏に蹲る俺を見下ろして、酷く血色の悪そうな、けれど一度見れば忘れられなくなるような······そんな男が開口一番にそう言った。
「ほぅ?お前は、私が誰か気になるのか?」
「······別に、そんなんじゃ無い」
まるで下らない質問だとばかりに、その男は小汚くて醜い小さなガキの俺を見てニヤリと笑う。
そして、こんな俺に向かって言うのだ。
「お前は、此処で死ぬつもりか?」
「············アンタには、関係無いだろ」
「滑稽だな。生きるにしろ死ぬにしろ、お前はゴミ溜めのようなこの場所で過ごして死ぬつもりか?」
ふん、と酷く冷めたような顔で見下ろしながら男は鼻で笑う。
この男は一体何が言いたい?
俺が此処で生きているのがそんなに惨めなことか?
滑稽、なんて言葉をこんな男に、全てを持って生まれたようなこんな男に言われる程、俺は落ちぶれて見えるのか?
いや······違う······。
落ちぶれて見える、じゃ無くて落ちぶれてるんだ。
「だったら、何だよっ!!アンタがっ······犬猫みてぇに小汚い俺を拾って面倒でも見てくれるってのか!!??餌与えて、気紛れに可愛がってくれるって!!??冗談じゃねぇ!!!!」
俺は確かに落ちぶれてる。
生きるのに精一杯で、盗みや犯罪紛いのことだって平気でやって来た。
金や食い物をくれるならそれこそ人殺しだって実際したことは無いが、やろうと思えば出来る。
でも、だからこそ······犬に成り下がることだけは、したくない。
だと言うのに、この男は叫ぶ俺に近寄って来てその手を伸ばす。
「私がペット如きで満足するとでも?」
「っ!!?」
男が俺の顎を掴み上げ、目線を無理矢理合わせられる。
そこで漸く男の顔を“ちゃんと”見た。
目の周りに色濃く残る酷い隈。
けれどその瞳と唇は血のように赤く、男が話す度ちらりと見える、鋭い二本の牙。
「っ·······吸血鬼(ヴァンパイア)······!!」
男は再びニヤリと笑い、俺に顔を近付けて言った。
「こんな腐った世界を捨て、私と共に来い。そして······私の眷属になれ」
この一言が、俺とボス······タクミボスとの始まりであり······俺が人間を辞めた日の出来事だ。
「ボス、今日の分の仕事です」
「あぁ、そこにでも適当に置いておけ」
軽く頷いて部屋を去ろうとすれば、俺を呼び止めるボスの声。
一体何だと振り返れば、人差し指をクイクイと寄せて俺に「来い」と告げる。
「(何か失敗したか?)」
ボスの眷属になりボスの屋敷に来てから、俺なりにボスの助けになろうと必死こいて頑張って来たが、もしかして何か不味かったか?
あの日、ボスに助けられた時から俺は身も心もボスに捧げると決めた。
もしボスが俺の血を望むなら喜んで捧げる程に。
「······ボス?何か、不味かったですか?」
ボスの傍に寄って、口元に耳を近付ける。
ボスは何か大事な話をする時は、こうして俺や他の眷属達を呼ぶからだ。
何か不味かったか、と身構えていた俺だが次のボスの行動に目を見開いた。
「少し位は休め。お前は仕事をし過ぎる」
「!!」
するり、と俺の頬を撫でるボスの手。
もう用は無い、と告げたボスは既に目の前の書類に目を向けている。
俺は一体、ボスに何をされた?
考え込む俺だったが、ボスが退室しろと言った手前聞かないわけもない。
「······YES······BOSS······」
混乱する頭を余所に、俺はそれだけをどうにか告げて部屋を後にしたのだった······。