*** 成人して間もなく実家が引っ越すことになり、大学の下宿先から荷造りに駆り出された。
今は使われていない子供部屋の荷物を整理するために押し入れを開くと、そこにはケースに入れたまま放置された古いベースがあった。中からベースを取り出し、チューニングがされていないゆるんだ弦を指で弾いて歪んだ音を鳴らす。
当時中学生だった自分がベースと共にしまい込んだ、稚拙な熱の記憶。
誰もが彼の特別になりたいと願った。
「唯一の男」
僕の祖母は今時珍しい古びたアパートの大家をしている。祖母の管理が行き届いているのか築年数の割にアパートは小綺麗で、立地もいいので長く居住している人たちが多いようだった。
住人には単身者が多く、その中には不釣り合いにも元バンドマンで今はアイドルをしているという不思議な経歴を持つ男性が住んでいた。
4175