淹れたばかりの紅茶に口をつけていた種ヶ島が、隣に座る越知の様子におや、と目を見張る。先ほどまで真横に引かれた口元が通知で震えたスマホを確認した途端、緩やかに上を向いたのだ。
傍目から見ればほんの些細な機微であっても、何事にも動じない姿を近くで見ている身としては大きな変化だ。反応を見逃さなかった種ヶ島は、顔をのぞき込むようにして尋ねる。
「なんや嬉しそうやん?」
「……家族から写真が送られてきた」
声をかけられた越知がハッと顔を引き締め、持っていたスマホを差し出す。
いつもの佇まいに戻ったのを少し残念に思いながら、向けられた画面に目を向けると、毛並みの美しい猫が縁側で優雅に寝そべる姿が写っている。過去に合宿所でも見せてもらった越知の実家で飼われている猫だ。
「お、ツッキーの家の子やん。元気そうやな」
「今日は22日だからといつもより多く撮っていたようだ」
「ああ。にゃんにゃんの日な」
「……ひとつ足りない」
「あはは、こだわるなあ」
細かい指摘を入れられて、種ヶ島は肩をすくめる。以前に好きな日だと話していたし、自分の髪を揃いの色に変えてしまうほどの執心ぶりを聞けば、彼の猫に対する愛情は察するに余りある。写真にうつる毛並みの美しさを見ても、家族からも大切にされているのは明白だ。
「なあなあ。猫ってどこ撫でられたら一番喜ぶん?」
「なぜそんなことを聞く?」
「なんとなく。俺の家は猫おらんし気になって」
「相手にもよると思うが……」
考え込むように腕を組んだ越知が、顔をこちらに向ける。
「この辺りか」
そう言って手を伸ばすと、種ヶ島の耳の裏を指先でそっと撫でた。
「――っ!?」
冷えた指先が触れ、思わず肩が強張る。
「すまない。大丈夫か」
「あ、ああ……どうもないけど」
種ヶ島の返答に「そうか」を頷く越知。
「あとは、顎の近くや喉の辺りも喜ばれることが多い」
そのまま指先がゆっくりと下りてきて、今言った場所を丁寧に撫でていく。
あ、続くんやこれ……。
言いかけた言葉をそっと心の中に留めておく。愛猫との思い出話が聞けるきっかけにと尋ねてみたが、まさか実践形式で説明されるとは思わなかった。
(せやけどこれは……確かにええなあ)
指の滑らかな感触に自然と目を細める。
ちらと様子を窺うと、越知は表情一つ変えず集中している。こちらに説明するために真剣に取り組んでいるのだろう。そんな真面目な姿に、愛しい気持ちがじわりと込み上げる。
撫でられる感覚が心地よかったし、何より越知の方から自分に触れてくることなんて滅多にない。想定外ではあるが、しばらくはこの貴重な触れ合いを堪能しようと種ヶ島は黙って享受することにした。
「…………」
しばらくして、頬に触れていた越知の手が、されるがままとなった種ヶ島の背中に回る。
「ツッキー? ……っ!?」
どないしたん? と言いかけた声を呑み込む。指先で背筋をなぞられる感触に驚いたからだ。
「……ちょ、何して……」
慌てた様子の種ヶ島をよそに、越知の五指が鍵盤を弾くように背中を軽やかに刺激する。
「なぁっ、ぁ、あかん……て、」
か細く漏れた声にも構わず、手の位置がどんどん下がってくる。するりと這うような手つきで腰まで辿り着くと、思わず身体がぞくりと震えた。
「——ストップ!」
動き回る手をようやく捉え、相手の方に押し戻す。
「……ちょっとおイタが過ぎるんとちゃう? ツッキー」
「? だがお前はあの場所に触れられるのが好きだろう」
「ほんまにようご存じでっ……!」
首を傾げて問いかける越知に反論出来なかった。実際当たっているのだ。
いつ知ったのかはさておき、これほど的確に弱い部分を抑えられているとは思わなかった。あと少し触られていたらどうなっていたことか……。
「珍しく焦っているお前をもう少し見ていたかった気もするが……」
そう言うと越知は唇に指を添え、ふっと小さく微笑んだ。
楽しそうな様子に脱力した種ヶ島は、「ほんまにもう……」とため息混じりの声をあげソファに彼を押し倒す。
「ほんなら今度はこっちの番な」
「……いいだろう」
受けて立つ。そう呟いて越知が小さく頷く。当ててみろと言わんばかりに口の端が上がるのを見て思わず苦笑がこぼれた。
合宿所で出会ってから彼の事はよく見知っていたつもりだったが、毎度毎度知らない一面に驚かされるばかりだ。
共に過ごす時間が増えても、新たな発見があって目が離せない。つくづく越知月光という男の奥深さを思い知らされる。
やっぱり敵わんな、と内心で白旗を上げた種ヶ島は愛しい人に触れるため、ゆっくりと腕を伸ばした。