「ちょっと痛むでツッキー☆」
普段と変わらない軽妙な種ヶ島の声と、自分の肩からゴキッと骨の鈍く鳴る音がしたのはほとんど同時だった。やってくれと頼んでからわずか数秒にも満たない間に外れた肩が元の位置に戻る。
「は、速いな……!」
的確な応急処置が出来ることは知っていたし、限られた時間の中でも判断を鈍らせることはない。そう思い側にいたこの男に任せたのだが、予想以上の思い切りの良さについ心の声が漏れてしまった。
呼吸を数回整え立ちあがる。
慎重に肩を回し右腕を限界まで後ろに引いてみても痛みはもう感じなかった。先ほどと比べれば多少の違和はあるものの、試合を再開する上で支障はない。
「……手間を取らせた」
振り返って一言告げると、相手は目を細めて微笑んだ。
「お礼は勝ってからでええで」
言いながら種ヶ島が背中に触れる。
明るい声音に反してひどく熱い手のひらから、ここまで試合を見届けていた彼の想いが直に伝わってくる。
「無論だ。……必ず掴み取ってみせる」
「……ははっ! かっこええなぁ」
熱にあてられたせいか、いつになく語気が強まるのを自覚していると種ヶ島が軽快な笑い声を上げる。
「気ぃつけて行きや」
背中を軽く押され足が自然と前に進む。
合宿で過ごしていた頃、散歩や自主練へ向かう自分に種ヶ島はいつもそう言って声をかけていた。あの時と変わらない凪のような響きにふとそれを思い返し、試合で失いかけていた静謐な心を取り戻せた気がした。
そのまま振り返ることなく歩みを進める。次に顔を見るのはこの試合を終えてからだ。
「月光さん!」
処置を見守っていた毛利がこちらに駆け寄る。
おそらく昨夜の話をコーチから聞いたのだろう。もう試合中みたく不安を抱えながら強張る身体を無理に動かしたりする心配はなさそうだ。
きっとこれで本来の毛利らしいテニスが出来る。自分の口元が緩やかに上がるのを自覚した。
「行こう」
短く返すと頷いた毛利の顔も綻ぶ。
メディカルタイムアウトが終わり、試合再開のアナウンスが会場全体に告げられる。
背に残る熱を感じながら毛利と二人、コートに再び足を踏み入れた。