合コンで知り合う白赤の話「頼む!合コン来てくれ!」
「……………は?」
電話口でも謙也が頭を下げる姿が目に浮かぶ。
謙也の話はこうだった。
先日、中学時代の同級生の女子と街で偶然出会って、俺も上京してる事を話したら合コンしたいという話になり、強引に押し切られて断れなかったとの事。
なんでやねん。
なんで合コンになんねや。全く分からん。
その女子は結構押しの強い子やったし、そして多分、俺の事が好きだったっぽい……。謙也が押し切られたんだろうなと容易に想像ついた。
謙也も無理に誘われたんだろうし、今回だけという事で渋々了承した。
今回の合コンは、男4人女4人で集まるらしい。
男の方は謙也と俺、あとは謙也が財前を誘うと言っていた。そんで財前が友達を連れてきてくれるらしい。財前、ほんまに来るんか……?
+++
当日。
イタリアンの店の前で俺と謙也は財前を待っていた。女子は15分後に来る事になっている。謙也が言うには、合コンとは男が先に入っておくものらしい……。なんでやねん。
謙也は馴れていない合コンというものに少し緊張しているようだった。
お前、いつもよりちょいええ服着てんな?まあ女子の前やし、多少は気遣うよな。
俺はあまり着た事のない自分のジャケットを見下ろしてこっそりため息を吐いた。俺も男友達と会うような気軽な格好は出来ひんかった。
「ども」
「お前遅いねん!」
「はあ?人数合わせで来てやったんスから、感謝して欲しいくらいっすわ」
少しして財前がやって来て、早速謙也が絡んだ。
そして謙也が財前の隣に居る子に気付き、挨拶した。
「おお、財前の友達やな?今日はおおきに」
「ちわっす。合コンって一度来てみたかったんスよね〜!」
明るい高めの声が可愛らしい。
「謙也さん、白石さん、こいつは切原」
「切原赤也ッス!よろしくお願いしますっ」
そう言って切原クンは謙也と俺に交互に目を向けた。
俺は目があった瞬間、心臓が跳ねた。
切原クンは黒髪のパーマが似合ってて大きい釣り目で、かっこええし、めっちゃ可愛かった……。
え?こんなテレビでも見られへんような可愛い子が来てしもたら、合コンって成立するんか?
俺の視界から切原クン以外の色が消えて、切原クンだけがキラキラと色づいて見えた。
「おい、白石!」
「ん?あ?」
「お前なにボーッとしてんねん!」
謙也に小突かれて店に入った。
店員に席を案内されながら、謙也に耳打ちする。
「財前が連れてきたあの切原クンって子、めっちゃ可愛くない?なに?アイドルかなんか?ジャニーズ?」
「……は?」
「あんなかわええ子おって合コンって成立するもんなん?」
「……………それ自分が言うか?」
店の奥の席に案内され、俺達は席順を決めるまで座れなかった。
「俺動き易い方がええから通路側がええわ」
と、謙也。一応男側の主催?は謙也だから、俺もそれには賛成だった。
「俺も通路側の方がええっすけど、謙也さん踏みつけて行くんで、謙也さんに通路側譲りますわ」
「何やねん!お前は可愛くない奴っちゃな!」
財前は謙也によう懐いとるからな。謙也の隣にしといた方がええな。2人揃った方がおもろいし。
残るは壁際と、その隣やけど……俺は壁際だけは正直避けたかった。隣が壁だと、女子に押し切られた時に逃げ場が無い……。
でも切原クンは初めて会った俺より財前の隣の方がええよな。
「白石さん、どっち座りますか?」
「えっ」
切原クンが隣から俺を見上げてきた。やっぱり、めっ……………ちゃかわええ顔してんな……………。俺はドキドキしながら答える。
「えっと……切原クンはどっちがええ?」
「んー……俺はどっちでも!白石さん先輩なんで!」
「あはは、気遣わなくてええねんで?せやけど、壁際苦手やから、切原クンが良ければ俺が財前の隣でもええか?」
切原クンは笑顔で頷いた。
……かわええし、めっちゃええ子やない?
通路側から、謙也、財前、俺、切原クンと横並びで座った俺達は女子が来るのを緊張しながら待った。
謙也は明らかに緊張していて、財前はそんな謙也をおもろそうに見ていて、俺はこれから始まる合コンよりも切原クンが隣に居るという事に緊張していた。こんなかわええ顔が近くにあって平常心で居るなんて無理やろ……。
謙也と財前はいつものように話し始め、俺も切原クンに何か話し掛けなければと思って更に緊張する。
「腹減ったな〜」
俺が声を掛ける前に切原クンがそう呟いた。
「ご飯食べてへんの?」
「寝坊しちまって……」
「あはは」
「白石さんって、何度も合コンした事あるんスか?」
切原クンが大きな目で俺を見上げる。
「え……ないよ、今日が初めて」
「あーっ……モテるから合コンなんか来なくて良いんスね!」
「いや、それ言うたら切原クンこそモテるやろ?」
「いやいや全然っすよ!出会いも無ぇし。だから来た!」
「えー?ほんま?カノジョいてへんの?」
「居るわけないじゃないっすかぁ!」
カノジョなし、フリーか……。俺は何故か気分が良くなった。
いや、なんでやねん、俺…………。
切原クンは人見知りしないのか沢山話してくれて、俺はいつの間にか緊張が和らいでいた。
そうこうしてる内に時間になり、女子達がやって来た。
「お待たせしましたー」
女子達は明らかに気合の入った綺麗めな格好で、一応ちょっと良い服を着てきた俺は安堵した。切原クンはパーカーやけど……そこがええよな……っちゅーか気取らなくてもカッコよくてかわええって最強やん。
俺は女子を前にしながら切原クンを横目で見てまたちょっとキュンとした。
「ほな、まず何か飲もか!」
謙也が気を遣ってメニューを回してくれた。
女子が前に来て、ギラギラと見詰められて俺は少し萎縮していた。切原クンも大人しくて、肉食獣を前にしたうさぎみたいやった。切原クンはうさぎより猫って感じやけどな。かわええな……。
「白石さん何飲む?」
隣から切原クンが俺のメニューを覗いてきた。ふわっとシャンプーの匂いがして、俺の心臓がバクン!と高鳴った。
「え……んー、ああビールにしよかな?切原クンは?」
「俺も同じのにする……」
「ん、分かった」
待って……シャンプーの匂いは反則やん?合コンって凄いなあ、こんなかわええ子と知り合えるなんて……。
飲み物が来て乾杯して、まずは自己紹介をする事になった。
謙也が必死に「合コン 進め方」「合コン 幹事」で検索しとった甲斐もあり、謙也はスムーズに進行していた。偉いなお前。
自己紹介は席順で進み、謙也、財前、俺、そして切原クンの番になった。
「切原赤也です……えと、立海大2年っす」
「えー?立海ってスポーツめっちゃ強いとこやんな?」
「へへ……テニスで入って……」
「えー!?立海って、テニスが一番有名やん!」
「へへっ、中2からずっとレギュラー!」
「えー!附属中の!?切原クンめっちゃ凄いやん!!」
俺は切原クンの事をもっと知りたくて前のめりに聞いていた。
「いや……白石の食いつきは何やねん!」
謙也のツッコミで場は笑いに包まれた。
「え?いや、だって凄ない?立海のテニス部レギュラーって……」
俺がそう言うと女子が笑った。
なんでやねん。笑うとこちゃうで。凄いやろ。
「白石君って天然?」
「薬学部で頭良いのに、可愛い〜」
切原クンの話をもっと聞きたかったけど、そのままフェードアウトしてしまい、次に女子の自己紹介が始まったが、正直何も心に残らなかった。似たような髪型と似たような服を着た彼女達の名前を忘れて失礼が無いように、試験勉強のように何度も心の中で反芻した。
早く切原クンと話したいな……。
料理が来て、女子達がせっせと取り分けてくれる。
ずっとやらせているのが申し訳なくて「俺がやるよ」と手を差し出したら、サラダを取り分けていた女子が顔を赤くして俯いて「大丈夫……」と呟いた。
「白石君って優しいんだね……」
「カッコよくて頭良くて気遣いも出来て完璧って感じ!」
女子のギラギラした目が俺に向けられる。
俺は「はは……そう?普通やって…………」と愛想笑いしか出来なかった。
「お、俺も!」
突然切原クンが元気にそう言ってポテトをトングで分けてくれた。
「えっ……切原クン、優しい……」
切原クンがそういう事をするのは意外で、でも一生懸命な姿に俺はドキッとする。
明らかに不慣れな手つきでトングを扱う切原クンは、もう全てが可愛くて、天使にしか見えんかった。めっちゃかわええ……なんやこの生き物……。しかもポテトとか分かる必要あらへんやろ……。
切原クンは分けるのが下手すぎて、自分の分がかなり少なくなってしまった。
「あはは、切原君無理しないでー」
「私のあげるよ」
女子達も切原クンの健気な行動に胸を打たれてか、ポテトを分け与える。
切原クンは照れ臭そうに女子からポテトを貰っていて、俺は何故かその姿にイラッとしてしまった。
「切原クン、俺と一緒に食べよ?な?」
俺は自分のポテトの皿を切原クンの方にずらして、切原クンの顔をのぞき込んだ。
「ういっす!あっあのっ、白石さんから貰うんで、大丈夫っす!」
切原クンがはっきりと女子を断るのを見て溜飲が下がる。
女子達は「やっぱり白石君って優しいね」と言って俺を見ていた。
「白石君、何か飲む?」
俺のグラスが空になったのを見つけて、財前の前に座る女子がメニューを勧めてきた。
「おおきに」
メニューを受け取りながら切原クンのグラスを見ると、ビールが全然減ってなかった。
「切原クン、お酒あんまり得意やない?」
「えっ!あ〜……」
俺が声を掛けると切原クンは顔を赤くした。
「えっと、ビール、あんまり好きじゃない…………」
「えっ……ごめん、俺がビールって言うたから無理して合わせてくれたん?」
「いやいやいや!ビール飲んでたらカッコつくかなーって思っただけっす!」
え?
……え?
「……………なにそれ、めっちゃかわええな………………」
俺は切原クンのあまりの可愛さに絶句した。
「ほな、残ってるビールは俺が飲むから、切原クン好きなの頼んで」
「うう、すんません……」
俺達は2人でメニューをのぞき込んだ。
「ええよええよ、何好き?ハイボール?」
「んー……カシスオレンジ!」
切原クンがそう言って俺に恥ずかしそうな笑みを向けてきた。
か、かわええーーーーー!
切原クンの可愛さに耐えきれなかった俺は、前に座る女子に向かって
「切原クン、めっちゃ可愛くない!?」
と言っていた。
前に座る女子は笑いながら「切原君はたしかにカッコイイっていうより、可愛い系だよね」と言った。俺はすかさず「せやねん」と答えていた。
「あ、ねえ白石君っ。私もビール得意じゃ無いんだあ……」
切原クンの前に座っている女子が、そう言ってビールが半分残ったグラスを俺の方に差し出した。
「そうなんや」
「うん……飲みきれなくてぇ」
「せやったらなんで頼んだん?」
「え?」
「え?」
一瞬にしてその場の空気が変わったと感じた。
え……俺、なんかおかしい事言うた……?
え?なんやの、この沈黙は……。
切原クンはキョトンと俺を見上げていて、俺は反対隣の財前に向いた。財前と目が合った。
「…………白石さん、今、めっちゃおもろいっす」
「え?」
いや何この空気……。
もしかして、ちょっとキツかった……?え?普通やったよな?
念の為、俺はメニューを切原クンの前に座る女子に差し出して極力優しい声を出すよう努めた。
「えっと……次、頼んだらええやん?」
「うんっ」
女子は俺をうっとりと見詰めていた。
「白石君はぁ、お酒飲まない子の方がタイプ?」
「え?」
「白石君のタイプはどんな子?」
俺の前と切原クンの前に座る女子2人が俺にギラギラとした目を向けてくる。
「ん、んー?」
「可愛い系?美人系?」
「んー……可愛い系かな……」
女子2人はきゃあっと高い声を出した。
俺はちらっと横目で切原クンを見た。うん、かわええ。
「切原クンはどんな子が好き?」
このタイミングなら聞けると、俺は密かにドキドキしながら訊いた。
「んー……一緒に居て楽しい人っすかね〜」
「うんうん、大事だよねー」
「ねっ」
「えっと……俺、一緒に居て楽しい?」
「うん!白石君と話してるの楽しいよー!」
「あたしもー!」
いや、君らには訊いてへんわ!
俺はドキドキしながら切原クンを見ていたが、切原クンはポリポリとポテトを食べるだけだった。
合コンだからと気を張っていたが、普通の飲み会とそんなに変わらない様子で女子とも適当に話を合わせておけば何事も無く終わりそうだった。
けど、このまま切原クンともお別れというのは寂しい。
「あっそうだ。白石君、連絡先教えて?」
話の流れで女子達がスマホを取り出した。
そうか!連絡先!
俺はスマホを取り出して切原クンに向いた。
「せや!切原クンも連絡先教えて!」
「え?」
「あはは、出たー白石君の食いつきーっ」
俺は女子と連絡先を交換させられ、切原クンの連絡先もゲットした。
そしてようやく予約の時間が終わり、きっかり割り勘して、俺達は店を出た。
店の前で開放感に浸ってると、女子達に話し掛けられた。
「二次会行くー?」
「えっ!?二次会っ!?」
思わず謙也と俺は目を合わせた。
謙也が俺の首に腕を回して、くるりと女子達に背中を向ける。そしてヒソヒソと話した。
「二次会やて!何にも考えてへん!」
「もうええやろ、俺は絶対行かへんで!」
「じゃあお前が行かへんって言うて来いっ」
謙也に背中をバシッと叩かれて女子達に向き合った。
「あ、あー……俺らこの後予定あるから……」
もう21時やけど。21時から始まる予定ってなんやねん。
「……ああ、そっかあ……じゃ、また今度ね」
「連絡しまーす」
「今日はありがとー」
そうして挨拶して彼女らを見送った。
「……めっちゃ疲れた…………白石、おおきに……女子みんなお前目当てやったけどな……」
「……謙也もお疲れさん。財前もおおきに、付き合うてくれて」
「謙也さんも白石さんもめっちゃおもろかったんでええです。ブログネタゲットできたんで」
俺は切原クンに向いた。
「切原クンもおおきに……」
「ん……」
切原クンは目を擦る。
「あー……切原、酒弱いんスよね。飲むとすぐ眠くなる言うて」
財前が呆れたように言った。
切原クンはふらっとして、俺が咄嗟に支えた。
「え……大丈夫なん?歩ける?」
「うんー……」
酒でふにゃふにゃになってる切原クンもまた可愛かった。
「心配や……送ったるよ」
「うん…………」
「駅どっち?地下鉄でええ?」
「うん…………」
「謙也も財前もJRやんな?俺地下鉄やし、切原クン送ってくわ」
そう言うと、謙也と財前がじとっと俺を見詰めてきた。
「白石お前…………送り狼になるなよ……」
「なっ?なっ?何やねん、送り狼て……男同士やんか…………」
「いや、お前の切原への熱がすごいわ、ずっと」
「えー?!やって、こんなかわええ子一人でおったら危ないやん……」
「今一番危ないんはお前や」
いや俺はただ心配なだけやって……。
何て弁明しようか考えてると、カシャリとスマホのシャッター音。
「白石さんヘタレやし、大丈夫やろ。結果報告待ってますね」
「ヘタレて…………」
+++
謙也と財前と別れ、俺達は地下鉄に向かった。
切原クンは足元が覚束なくて、俺は切原クンの肩を抱いて歩いた。切原クンがコテンと頭を俺の方に倒して、あのシャンプーの良い匂いがする。
こんなかわええ子と知り合えて密着出来て、合コンってすごい。
駅に着いて改札を通るも、切原クンはむにゃむにゃ言うままだ。
「切原クン、駅どこ?」
「んにゃ……む………えき………」
「え?」
「……んむ…………」
「えーっ分からへんって……」
切原クンは俺に体を預けきっててめっちゃかわええけど、これじゃ帰られへん。かと言って切原クンを置いて帰る訳にも行かない。
ずっとドキドキしてる胸を更に緊張で痛めながら、思い浮かんだ考えを切原クンに伝える。
「…………俺ん家、来る?」
切原クンはこくんと頷いた。
こんなかわええ切原クンを俺の家に連れて行く……。
そう思って俺は唾をゴクリと飲む。
ちゃんと聞いてたか分からへんけど……いや多分聞こえてへんけど……一応了承取ったからな。合意してるから、一応……。
電車は空いていて、2人並んで座っていると、切原クンが体を丸めて俺の腕にしがみついて来た。
んんーっ……か、かわええ…………。普段抱き枕とか使ってるんかもな。
「き、切原クン……ちゃんと座って……」
「んーっ……」
声を掛けても切原クンはイヤイヤと頭を俺の肩に擦り付けるだけだ。
「もーっ……しゃーないなぁ……」
駅に着いても切原クンは俺にしがみついたままだった。殆ど寝てるようだったけど、一応立たせるとフラフラしながらも歩いてくれた。
10月でも暑いなんて思ってたけど、夜はさすがに冷える。眠くて体温が上がった切原クンがくっついてるおかげで全く寒くなかった。
腕に切原クンをぶら下げたまま家について、切原クンをベッドに寝かせる。でも切原クンは寝ぼけているのか、俺の腕を離してくれなかった。
「き、切原クンっ、離してくれんと……」
「んんー……」
「えー?えー……これ、どないしよぉ………えー……………」
手を引き抜こうとすると切原クンは眉を顰めて苦しそうな顔をする。これ離れたらあかんって事やんな?
「もー…………えー?しゃーないよなぁ…………」
俺は切原クンの隣に横たわる。
切原クンが本格的に寝て、腕を離してくれるようになったら起きて風呂入ればええよな。
隣にあの切原クンの可愛すぎる顔が間近にあって、信じられんくらい心臓がドキドキドキドキする。
「んん…………」
切原クンがしっかりと俺の方に体を向けて、ぎゅっと俺の腕を抱き締めてくる。
えー……可愛すぎひん……?
切原クンの肌は真っ白で綺麗でほっぺがもちもちで柔らかそうで睫毛が長くて……赤い唇が力なく開いている。
今まで出会った誰よりも可愛い顔をしてるし、こういう甘えん坊っぽい仕草もキュンとしてしまう。
俺はこの機に思う存分切原クンの顔を眺める事にした。
少しして規則的な寝息が聞こえてきたので、静かに体を起こす。
「ん、んぅ………」
すると切原クンがまた眉を顰めてぎゅっと俺の腕を抱き締めて、今度は俺の肩に顔を乗せてきた。
ますます身動きとれへん……。
「えー?もー……」
さっきよりも近付いた顔にドキドキする。キス、出来そうなくらい、顔が近い……。
切原クンの口はだらしなく開いていて、つーっとヨダレが垂れた。
このジャケット2万円くらいしたけど……ええわ、切原クンのこんなかわええ顔見れんなら……ええねん、ジャケットにヨダレ垂らされたって……。
切原クンの穏やかな顔を見てたら俺も眠くなってきた。
+++
「はっ」
目を覚ますとカーテンの隙間から朝日が射し込んでいた。
「さいっあくや……」
風呂入ってないし歯も磨いてない。ガバリと上体を起こすと、隣で切原クンが毛布を抱き締めて丸まっている。
「はあ……」
俺は手で顔を覆った。
「……めっちゃ、かわええ…………」
可愛すぎる……毛布抱き締めて寝るとか……。
そのかわええ顔を見てたら自然と手が伸びて、切原クンのほっぺを人差し指でツンツンとつついてしまった。
「あはは……めっちゃやらかい……」
いや、ヤバイやろ、これは……。
自分の無意識の行動に背筋を冷たくさせながら、ベッドから抜けて風呂に向かう。
無意識でほっぺツンツンの後は、無意識でハグして無意識でキスするんやないか、俺は……。
せやけど、切原クン、ほんまに俺の好みで……男でもめっちゃドキドキしてしまう。
シャワーを浴びながら歯を磨いて、自分の中の微かな煩悩を消すように雑に頭を掻いた。
風呂から上がり、いつものように体を拭いたバスタオルを肩に掛けて部屋に向かった。
「あ…………え……?」
ベッドには切原クンが座ってキョトンとこちらを見ていた。
「え…………わぁああっ!」
切原クンが寝てると思って油断していた俺は叫びながらタオルで股間を隠した。いや、叫びたいのは切原クンの方やろ……。
「ご、ごめん……」
「あ、いや…………」
切原クンは頬を染めて俺から顔を背けた。
その顔はめっちゃかわええけど……引いたよな、最悪や……。
「えっと、昨日のこと……覚えてる…………?」
「え…………?」
切原クンは怪訝そうに俺に顔を向けた。
「切原クン、酔って歩けなくて、俺が送ろうと思ったんやけど、家分からんくてうち来て……」
「そうだったんすね……全く覚えてねぇ……」
「あ、はは……」
まあたしかに、自分の家も言えへんくらいやったからな。
記憶も無くて昨日のままの格好をした切原クンもスッキリしたいやろ。
「良かったらシャワー浴びる?」
「あ……はい、借りていいっすか?」
「うん……その前にパンツ穿いてええか……?」
+++
「スンマセン……歯ブラシとかパンツまで…………」
「あはは、ええよ、元から誰か泊まった時用に念の為置いといたやつやから」
「はあ……白石さんってほんと完璧って感じッスねぇ……」
「おおきに……」
シャワーを浴びた切原クンに新しい下着と歯ブラシもあげた。下着と歯ブラシの買い置きは、謙也とかが急に来たらと思って元々用意しておいたやつだった。用意しておいて良かった。完璧や。
切原クンの準備が整うと10時になっていたので、駅まで行くついでに一緒にご飯を食べる事になった。
俺達は駅近くのカフェで向かい合って話していた。
「昨日の合コンの人から連絡来ました?」
「ん、ああ……来てたよ」
切原クンがシャワー浴びてる間にスマホを確認すると、女子4人からそれぞれまた会いたいと具体的なメッセージが来ていた。
「えー!?マジっすかぁ!」
「え?切原クンは来てへんの?」
「来てないっすよぉ……」
「え……?ほんまに……?」
切原クンはシュンと肩をすぼめてカフェオレのグラスをストローで混ぜる。
「やっぱり白石さんイケメンだからなぁ……優しいし……頭もいいし……」
「いや、顔やったら切原クンめっちゃカッコええやん」
「はあ?慰めっすか?」
「いやいやいや!ほんまに!その髪型も似合っててめっちゃかっこええし……俺は、切原クンが一番、ええと思ったよ…………」
社交辞令と思われたくなくて俺は前のめりにそう言った。切原クンに連絡せえへんなんて、ほんま見る目無いわ……。
切原クンは「へへっ」と照れたように笑った。
「……そんな事言われたの、初めて」
その顔を見て、俺は自分の顔が熱くなるのを感じた。そしてそれを誤魔化すように早口で言う。
「一緒に居て楽しいし、気取らなくてええ子やし、付き合うならそういう一緒に居て落ち着く子がええなって、俺は思うよ」
「んへへ……なんか照れる……」
切原クンが笑顔になったのを見て、俺も笑顔になった。
サンドイッチを食べ終えてコーヒーのカップが空になっても俺達は腰を上げずに居た。
切原クンと一緒にいると、ドキドキもするけど、楽しくて心が安らぐ。昨日会ったばかりなのに不思議や。切原クンが明るく、飾らずに接してくれるからやな。
「あーあ、せっかく合コン行ったのに。カノジョできねーし。でも白石さんと会えたからいっか」
「はは、俺もや」
「えー?白石さんは選び放題じゃん!気になる人居ないんすか?」
身を乗り出して俺を覗き込んでくる切原クンに目をやって、俺は手元のスマホに視線を落とした。
「気になる人は……居るけど…………」
「えーっ!誰?」
「……んー…………」
「白石さんなら絶対大丈夫っすよ!デート誘って、そのままコクればいーじゃん!」
「……せやな、まずはデートやな」
スマホを開いてメッセージアプリを起動する。
「えっえっ今送る!?」
「うん」
「なんて送るのー!?」
「………………ん、送った」
俺がテーブルにスマホを置くと同時に、同じくテーブルに置いてある切原クンのスマホが通知を知らせる。切原クンがスマホに目をやって驚いた声を上げる。
「え?え?白石さんっ……」
切原クンはスマホを取って、その画面と俺に交互に目を向けている。
「……今日、予定無ければ、このままデートしてくれませんか」
送ったメッセージをそのまま目の前の切原クンに伝える。
切原クンは「絶対大丈夫」と言うたけど、どうやろ……。
俺達は見詰め合って顔を赤くした。
(第一部完。気が向いたら続き書くかも。)