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    くずやろ

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    くずやろ

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    ワンライ

    シュウナズ かざぐるま「君に足りていないのは感受性だよ。目を閉じて、風の匂いを感じて。耳を澄まして、風の音を感じて......」
    「コーヒーの匂いがする」
    「それは向かいのカフェの挽き立てのコーヒーの香りだろう?確かに良いものだけれどね......仁兎が『表現力』を鍛えたいというから、僕が手ずから教えてやっているというのに」

    おれは斎宮の後ろでぼーっと空を眺める、文字通り上の空だ。ずっと息を吸ったり吐いたりを繰り返してるうちに、酸欠みたいになって、おれはへたりと座り込んだ。下は青々しい人工芝生になっていて、ストレッチでよく伸びた脚にちくちくと刺さる。正直、風の匂いなんて感じたことがない。烏に荒らされたゴミ捨て場のゴミ袋がツンとおれたちの嗅覚を蝕むように、風に運ばれた何かしらの匂いが、おれの鼻に届くだけだ。風の音というのは、まだ分からなくもない。おれも宮沢賢治を読んだことがあるから。でも、風の音というも空気がぶつかり合って聞こえているだけであって。耳から聞こえるのに目障りで、邪魔なもの。その認識から変わることはない。

    おれには足りないものがいくつかある。身長とか、個性だとか、自我だとか、あげて仕舞えば枚挙にいとまのないものだけれど、一番おれに必要なのは演技力だと思う。このまえ劇団ドラマティカで団員にまぎれて客演として参加した。影片はおれと一緒にやれて嬉しいと笑っていた。団長の渉ちんも「子兎さんなら安心です」と言って、淡々と演技の指導をするだけ。影片はおそらく主演の斎宮と関わりの深い人物として渉ちん辺りが是非と誘ったのだろう。だけどおれがゲストとして誘われた理由はイマイチよく分かっていない。最有力候補はおれが与えられた役をしっかりこなすことに長けているから、だけど......

    「ずっと考えごとだね。僕が隣にいながら」
    斎宮は口をハの字にして眉を顰めた。
    「斎宮はおれの前にいるし」
    「屁理屈言わないの」

    側から見たら公園にピクニックしにきた友達同士の男二人、のように思えるだろうが、斎宮とはどんな関係なのかと言われたら自信を持って答えることはできない。おれは与えられた役割しかこなせない凡人で、この男は芸術の世界における革命児ともいえる天才だった。何公演もしているうちに、こいつと一緒に演技をする自信が持てなくなった。素に似ていてやりやすい役柄というのもあるけど、それこそ憑依型の影片を見ていると、羨ましい。むしろ、「どうだ、影片はやっぱりできるやつなんだぞ」と自慢してまわりたくなる。

    さっきまで日が昇っていたはずなのに、おれがまたたいている間に少し傾きはじめた。

    「僕はね、風の匂いがわかるのだよ。季節の変わり目で匂いが変わるからね」
    「悔しい。全然わかんないよ」
    「君がそこまで鈍チンなのは昔抑制してしまっていた僕のせいかもね?いわゆる、"後遺症"なのだろう」
    「......それ、誰から聞いた?」
    「僕はね、僕のことを......将来の踏み台にしてくれて構わないのだよ。君は鳥籠の中で人の真似しかできないインコではない」
    「あー......うん」
    「君もある種の天才だからね、僕や影片のような異分子が混じって才能を潰してしまうなんて許されない」


    どんどん外は冷え込んできて、ひんやりとしてきたので、斎宮は風をひいてはいけないとおれに斎宮が着ていたジャケットを着せて、ビルへ戻ろうとした。しかし、進めていた足を止めて、目を輝かせておれの方をふりかえった。

    「ほらみて仁兎、誰かが忘れていったのかな?風車なのだよ」
    「こどものおもちゃ?」
    「侮ってはいけないよ、かざぐるまは風を視覚的に見せる。今日の話にぴったりじゃないか」
    「でもおれが分からないのは匂いで______」

    言葉を遮るように斎宮はベンチの上の風車を手に取ると、風吹く方向へかざぐるまを当てた。

    くるくる、からから......

    水玉、しましま、カラフルなのにどこか繊細な色合いをした昔ながらのかざぐるまが音を立ててまわる。

    「僕はね、この音が大好き。機織り機が動く音と似ているからね」
    「......確かに?」

    また一刻、一刻と風車が回転するのを二人で観察した。斎宮の手のひらが真っ赤になっていたから、寒いのだと思って、おれは着せられていた斎宮のジャケットごと後ろからこいつにくっついた。

    「ぎゅ」
    「っ、どうしたんだい」
    「ふふ、あったかい......前からも後ろからも、斎宮に包まれてる気がする」
    「待ちたまえ、そこに立たれたら風が遮られてかざぐるまが止まってしまうだろう」
    「そうか?おれの方が小さいんだし、斎宮の後ろから抱きしめちゃえば大丈夫だと思うけど♪」
    「それは、そうなのだけれど......」

    くっつきあっていると、風は当に止んでしまって、かざぐるまも動きをやめてしまった。「しばらく借りていてすまないね」と斎宮はベンチにまたおもちゃを置き直した。

    「感受性が足りてないとは言ったけれどね、無理に知ろうとなんてしなくていいのだよ。君には君にとっての演技がある。光るものがあるのだから」
    「......ありがとう、お師さん。でもいいんだ、もう分かったよ、"風の匂い"」

    まあ、斎宮の甘い香りで覚えちゃったけど。
    風の匂いは斎宮の香り。
    風の音は斎宮が機織り機で糸を紡いでいる光景。
    そしてかざぐるまをもって懐かしそうに目を細める斎宮。

    うん、覚えた。......これで合ってるんだよな?って、間違ってても良いや。

    おれに吹いている風は、全部お師さんの過去の風だ。
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