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    突然ステージ上でキスして炎上するサマイチとサマイチに興味ない乱数の話(映画の内容はないです)

    溶け残り 目が合った、と思った。
     だからどうだということはない。アイコンタクトなんて舞台上では幾らでもしているし、そうでなくても共演者と目が合うことなどざらだ。当たり前だが、目が合った全員にキスして回る習慣はない。
     だからそう、つまるところ。相手があいつだったから。そしてなんとなく、そうするのが正しいような気がして。歓声や声援、それに答える演者側の声、音楽、歌声。すべてが耳栓越しにかすかに聞こえるときのように輪郭を失い、周囲の景色もピントのずれた写真のようになった。どちらからだったかはわからない。引き寄せられるように近づき、互いの襟元を掴んで、それから。

     二人の唇はステージ端で重なり、スマホを掲げていた多数のフェス参加者に激写され、拡散されまくり、普通に炎上した。

     ▼

    「「悪かった!」」
     揃って頭を下げる二人の前に腰かけた乱数は、砂糖がこれでもかと入ったブレンドコーヒーをティースプーンでくるくるかき混ぜていた。カップの底からはじゃりじゃり音がする。溶けない。入れすぎた。
    「だからもうそれはいーってば」
    「よくねぇ。償えるならなんでもする。なんでも言ってくれ」
     顔を上げて一郎が言い、左馬刻も「それでも怒りが治まらねぇってなら、俺の小指ならくれてやる。だから堅気のこいつは勘弁してやってくれ」などと言い出し、乱数は露骨に顔を顰めた。いらないよ、おまえたちの指なんて。だいたい極道がそんなダサい理由で指切り落としていいもんなの?
    「そもそもボクは怒ってないって言ってんの。聞いてる?」
    「俺らが馬鹿やったせいでお前のショーを台無しにした。詫びるのは当然だ」
    「そうだ。決して許されることじゃない」
    「話聞けよ」
     ここはシブヤの隠れ家的な喫茶店、朝早くから営業していて、でも大通りからは離れているから混雑することは少なく、乱数はよく仕事で行き詰まったときなんかに使っている。平日の午前十時、昼食には早く朝食には遅い時間なので、乱数たち以外には一組の老夫婦がいるだけだった。敢えてこの時間を選んだというのもある。

     この店を指定したのは乱数だった。数日前に起こった山田一郎&碧棺左馬刻のステージ上キス事件について、二人からほとんど同時に「直接謝罪したいから時間をくれ」といった旨の連絡が来た。なぜ乱数に謝罪かといてば、例の事件は乱数のファッションブランドが主催する秋冬コレクションと同時開催のチャリティーフェスで起こったからである。乱数の知り合いとして出演した二人は、フィナーレ間際、もうステージから捌けるという頃に、なぜか突然舞台端で見つめ合い、キスをした。自分もステージ上に出ていた乱数はそのことを後から、SNSで拡散された動画や写真を見て知り、一頻り大笑いしたあとで「こいつら付き合ってたの?」と思った。少し前まで顔を合わせるたび罵り合っていて、そういえば最近は多少穏やかになっていた気もしなくはないけれど、そんなところまで?
     しかしまあ、特に怒ってはいなかった。フェスで販売されたグッズや衣服の売り上げは、見込んでいた数字を遥かに上回った。特に一郎と左馬刻が着ていた服は軒並みソールドアウト、追加生産の打診だらけ。炎上商法的なものを乱数は好かないが、起こってしまった以上は仕方がない。全部使って逞しく生きていくのが世の常である。
     ネットの反応だって、「意味のわからないものを見せるな」という内容も当然あったが、「二人は昔から仲いいから盛り上がっちゃったんだね」とか、「TDDの頃はあれくらいの距離のことよくあったよね〜」(そこまで近かったか? とは思った)とか、「二人の関係はわからないけどキスシーンが美しすぎて全部どうでもいい」(胸ぐら掴み合ってるけど美しいか?)とかも少なくなかった。決して悪い反応だけで盛り上がったわけではない。
     そういった感情であったため、「怒ってないし謝罪ならもうもらったからいいよ」とそれぞれ断ったのだが、頑固者二人は全く言うことを聞かなかった。そうして仕方なく、本日の対面謝罪会が用意されたというわけだ。
     乱数がなじみの喫茶店へ入ると、二人は既に来ていた。店の一番奥、四人掛けテーブルの入り口側の席に並んで座り、しかも二人ともかちっとスーツを着込んでいた。面接? 直接謝罪をとの連絡にしたって、スーツにしたって、示し合わせたわけではないらしく、変なところで気が合いすぎる二人だ。

     そうして、現在に至る。
     乱数はコーヒーをかき混ぜる手を止め、諦めて砂糖の溶け切っていないコーヒーを飲んだ。
    「二人ともさぁ」
     一言。すると二人は背筋を伸ばした。二人ともスーツ姿で、それこそ就職面接を受けに来たみたいだ。左馬刻はピアスを全部外していて、一郎も指輪をつけていない。それも余計に。
    「台無しにしたって言うけど、それってボクやほかの出演者に失礼じゃない?」
    「……それは」
    「そりゃー確かに? 自分が出演を頼んだ相手が? 突然舞台上でキスして? SNS大盛り上がりってのは超超超〜予想外はあるけどさ」
     二人は一言一言に後悔を募らせているらしく、どんどん視線がテーブルに落ちていった。おもしろ。
    「でも、総合的には成功だったと思ってるよ。売り上げも予測より伸びたし、二人のパフォーマンスも文句なし。誘ってよかったと思ってる。……あ、パフォーマンスにキスは含まれないからね」
     二人は当然わかっている、と言うように神妙な顔で頷いた。いや、笑いどころのつもりだったんだけど。
    「だから、とにかく! 指なんか絶対いらないし、償いもいらなーい。どうしてもって言うなら、次に誘ったときも出てよ」
    「……でも」
     一郎が呟く。乱数はうわ出た、と思った。一郎は善人だが、ちょっと頑固すぎるきらいがある。相手が不問だと言っている件を自分の納得のために掘り返すことは、筋を通すとは言わない。迷惑をかけた自覚があるなら、その苦々しさは一人で飲み込むべきなのだ。――というような説教を、寂雷なら上手くできたのかもしれないが、乱数は面倒だったしうまく伝えられる気もしないのでやめた。脳裏に浮かんだ嫌味ジジイの顔を消すためにかぶりを振る。
     今度は左馬刻の声がした。
    「わかった」
     真剣な赤の眼差しを受け、頑固者でも年上のこっちはわかってくれたか、と乱数は安堵した。
    「一郎、乱数がこう言ってんだ。俺らにできることはねぇよ」
     左馬刻が隣の一郎を言い含める。そうだそうだ。
    「…………わかった」
     溜息に続いて、ようやく了解の声が一郎から聞こえる。それから、再び「すまなかった」と二人に頭を下げられたので、乱数は「もういいって。しつこい」と笑ってから砂糖じゃりじゃりコーヒーをまた飲んだ。
    「てゆーか、カップルのあれこれにボクを巻き込まないで。そっちのが迷惑」
     乱数が言い切ると、二人は同時に顔をあげてきょとんとした。そういう顔をしていると、長身で体格のいい男二人が少し幼く見える。
    「カップル……?」
     一郎が言い、左馬刻も、ん? みたいな顔をしている。
    「付き合ってるんでしょ? イチャイチャするのもいいけど、人前ではほどほどにしなよ」
    「…………え、俺ら付き合ってんのか?」
    「は?」
     乱数は思わず可愛げのない一音を転がし、今返事をした一郎を見た。きょとん顔。続いて左馬刻を見ると、こっちは黙ったままぽかんとしている。え、何?
    「付き合っては、ねぇ」
     左馬刻の返事は、一郎に答えるようでもあり、自分に言い聞かせるようでもあり。一郎が続けて、「だよな」と呟いた。どちらの認識をとっても、付き合ってなかったらしい。はい?
    「じゃあ何、二人は付き合ってもないのにキスしたわけ?」
    「…………そういうことになんな」
     再び左馬刻が答えた。乱数は純粋に意味がわからなくて、
    「なんで?」
     と訊いた。すると今度は一郎が答える。
    「なんか……そうしたほうがいい気がして……?」
     どんな理由? キスしたほうがいい瞬間って何?? と思ったが、もう突っ込むのはやめようと思った。
    「あ、そう。へぇ~」
     お手本みたいな棒読み相槌だった。
     すると左馬刻が、急に右手で目元を押さえて俯く。本当になんなのか。
    「……」
    「……」
    「悪ィ……」
    「俺こそ……」
     左馬刻が低い声で謝り、一郎も低い声で返した。今度はこっちで謝罪合戦か。
    「それ今やる? 普通ボクへの謝罪より先じゃない?」
    「いや、まずは迷惑かけたお前に謝らねぇとって思ってたから……」
     一郎からはシングルタスクの頂上決戦を制したみたいな発言。そんなことある? 乱数は、一郎には絶対デザイナーは無理だなと思った。萬屋も無理じゃないかと思うが、これで結構繁盛しているようだから不思議だ。
    「……」
    「……」
     黙った二人が視線をちらちら送り合う。互いに何か言いたそうに口を開き、思い直したようにまた閉じる。
     乱数は悟った。これは藪蛇だと。突いてもろくなものは出てこない。なんなら、蛇どころでは済まないかも。
     コーヒーを飲み干した。溶け残りの砂糖が口の中に残って甘ったるく、少し不快な気分になる。今目の前の二人を見ているみたいに。
    「あのよ、いち」
    「ねえ!」
     左馬刻が何か言いかけたのを遮り、乱数は声を張った。二人の目がこちらに向く。
     別にこの二人がどうなろうが知ったこっちゃないけれど、ここは大事な行きつけの店だ。話し合いならまだしも、下手すると頑固者同士喧嘩が始まるかもしれない。迷惑をかけて来づらくなるなんてまっぴらごめんだ。ていうか、行きつけの店が知り合い二人のカップル成立の場にになるのだって嫌すぎる。そういうのはイケブクロかヨコハマでやってほしい。ここはFling Posseの街なのだ。
    「ボクが支払っておくから、二人とももう帰ってよ」
    「は? 何言ってんだ。払うに決まって――」
    「帰って。今すぐ出ていくのを償いにして。そうしたら許してあげる」
     じっと二人を見つめる。数秒の沈黙ののち、渋々立ち上がった一郎に続き、左馬刻は財布から取り出した五千円札を置いて出て行った。喫茶店のコーヒー三杯で五千円もするわけないが、こっちもこっちで頑固なことを知っているので乱数は何も言わなかった。
     横並びというか斜め並びみたいな微妙な位置関係で店を出て行った二人は、店の前で少し立ち止まっていたが、結局ぎこちなく手を挙げて別々の方向へ歩いて行った。あ、そこで別れるんだ。話とかしないんだ。

     互いにその調子では、関係に変化があるとしてもだいぶ先だろうな、とぼんやり考える。追い出さずともここが思い出の喫茶店なんぞになることはなかったか。代わりにずっと焦ったい会話をしていたかもしれないけれど。それも迷惑だから、やっぱり帰らせてよかった。
     カップの底で溶け残った砂糖が見える。所詮これだってただの攪拌不足で、溶解度を超えていたわけじゃない。あの二人も同じことだろう。それはもちろん、本人たちにきちんと溶かす気があればの話だけれど、乱数にはどうでもいいことだった。
     仮に収まるところに収まるとして、果たしてそれは何年後だろうか。帝統と賭けてもいいかもしれない。いや、そんなスリルのない賭けに彼は興味ないか。
     机に残された五千円札を眺める。そうだ、ケーキ食べちゃお。思い付いて店員を呼び、乱数は友人二人を思考から追い出した。


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