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    hachiwarekabe

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    白書です

    六文字の手紙/一カラ(白書)「死ねよ、クソ松。」

    松野財閥の跡取り息子は口が大変悪かった。
    口を開けば暴言ばかり、死ねだの殺すだの酷いものだ。
    しかしその悪癖は特定の人物のみに向けられていた。

    「まったく。口が悪いですよ、一松坊ちゃん。」

    クソ松と呼ばれた男が、跡取り息子である松野一松を窘める。
    彼は名前をカラ松と言い、松野財閥に複数人いる書生の一人であった。
    歳は一松と同じで、学び舎も同じである。

    「お前が鬱陶しいのが悪い。」

    仏頂面で一松が言う。そんな様子にカラ松は溜息を吐いた。

    「そんなことでは坊ちゃんを好いてくれる女性は現れてくれませんよ。」
    「五月蠅い。死ね。」

    そう吐き捨て一松は去っていった。カラ松はその場に取り残される。
    一松にとって『死ね』という言葉は最早口癖のようなものだった。
    こういう態度を取るということは一松に嫌われているのだろうとカラ松は当初思ったが、その一方で一松は自分の身の回りの世話をカラ松以外の書生には任せなかった。

    『坊ちゃんが何を考えていらっしゃるのか解りかねる。坊ちゃんは不思議な御方だ。』
    過去に書生仲間のトド松に漏らしたところ、彼は『そうだね。不思議だね。』と穏やかに笑っていた。





    季節が巡り数年後の秋、カラ松は学校を休んだ。
    咳が止まらず身体も酷く重く、数日ものあいだ寝込むこととなったのだ。
    その間、一松は幾度とカラ松の部屋へと訪れては相変わらず悪態を吐いていった。

    『荷物持ちのお前がいないから肩が凝るし腕も痛い。』
    『最近学校の近くに開店した喫茶店に行きたいが一人では恥ずかしいから何とかしろ。』

    そんなことばかりを言っていた。

    「坊ちゃんに感染するといけませんから、部屋に来ないで下さい。」

    何度もそう訴えたのだが一松は聞く耳を持たず、朝夕晩とカラ松の部屋を訪れることを辞めなかった。



    一週間程経った日の午后、学校から帰宅した一松をカラ松は玄関にて出迎えた。
    床に臥せここ数日寝巻で過ごしていたカラ松であったが、今は着物に袴姿だ。
    一瞬一松は驚いた表情を浮かべたが、すぐにいつもの不機嫌顔へと戻った。

    「良くなったの?」

    一松の質問には答えず、カラ松は「坊ちゃんにお話があるんです」と言った。
    怪訝そうな一松を連れカラ松は邸宅の庭へと向かい、ベンチに並んで腰掛けた。

    「何なの一体。」

    眉間に皺を寄せながら一松が問う。
    カラ松は「ええと」と口籠ったあと、ヘラリと笑みを浮かべてこう言った。

    「坊ちゃん、今日の学校はどうでしたか? オレは学校を休んでいるので坊ちゃんの様子が気になりまして。」

    カラ松の言葉に一松は露骨に顔を顰めた。

    「別に普通ですけど。そんなくだらないことを聞く為に呼び出したの?」

    カラ松が慌てた様子で両手を振る。

    「いえ、あの、他にもお話がありまして、ええと、お昼御飯は何を召し上がられたんですか? オレは梨をいただいたんですよ。梨はオレの大好物なんです。坊ちゃんはいつも通り学食のランチですか?」

    「何だっていいでしょ。」

    ぶっきらぼうに一松が答える。

    「話ってそんなこと? 意味分かんない。死ねよ、クソ松。」

    いつもと変わらない一松の暴言。
    それに対してカラ松は『まったく、坊ちゃんは』と苦笑いで返すのが常だった。
    しかし今日のカラ松はその言葉を口にはしなかった。若干の沈黙。
    普段と異なる空気を感じたのか一松が「なに?」と首を傾げる。

    「一松坊ちゃん。」

    穏やかな表情でカラ松は一松を見た。

    「……オレ、もう長くないみたいなんです。」



    一向に良くならないカラ松を心配し、一松の母親が町医者を邸宅に呼んだこと。
    その診療でカラ松の体調不良が簡単には治らないと知ったこと。
    治療には莫大な金がかかること。
    それらをカラ松は一松へと説明をした。
    一松は黙ってカラ松の話を聞いていた。

    「そういう訳で学校は退学することになりました。その後は実家へ帰り療養します。」

    カラ松は書生であり、つまり松野邸からも去るということだ。
    一松は膝の上で手を組み俯いたままじっとしていた。
    突然こんなことを言われ一松も困惑しているのだろうと、カラ松は申し訳無い気持ちになった。

    「……今の話だとさ、治療すれば治るってことだよね?」

    一松の言葉にカラ松はゆっくり首を振った。

    「オレの家は貧しいので、治療費の用意が出来ないんです。」

    はっとした表情で一松が顔を上げる。

    「短い間でしたがお世話になりました。坊ちゃんと一緒に学び、過ごした日々は忘れません。どうもありがとうございました。」

    カラ松が頭を下げる。すると一松は立ち上がり大きな声を上げた。

    「ふざけるな! 何だよそれ!」

    叫ぶようにそう言うと、一松は踵を返して邸宅のほうへと駆けていった。
    そんな一松の背中を見て、カラ松の胸はズキリと痛んだ。



    その日の晩のことだった。
    一松の父親であり松野財閥の当主がカラ松を呼び出した。
    そして治療費を全面的に負担する旨をカラ松に伝えたのだった。





    数日後、蒸気機関車が停車する駅のプラットホームにカラ松とトド松は立っていた。
    当主の厚意により治療が受けられることとなったため、実家近辺の大病院で療養することとなったのだ。
    今日は別れの日である。

    「見送りありがとな、トド松。」

    カラ松が笑う。

    「それにしても旦那様には頭が上がらない。元気になったら是非とも御恩返しをさせていただかないとな。お口添えいただいたであろう坊ちゃんにも御礼と言いたかったんだが、避けられていたのかあのあと顔を合わせることが出来なくて……残念だ」

    最後の会話が穏やかなもので無かったことは寂しいが仕方が無い。
    そもそも自分たちが穏やかな会話をしたことは一度だってなかったが。
    まったく坊ちゃんは、とカラ松は心の中で呟いた。

    「……そのことなんだけどね。」

    神妙な表情でトド松が口を開く。

    「カラ松には秘密にするように言われているんだけど、やっぱり知っておいたほうが良いと思うから伝えるね。」

    何を、とカラ松が聞き返す。トド松はカラ松の目を見た。

    「カラ松の治療費を払うのは一松坊ちゃんなんだ。」
    「は?」

    坊ちゃんが?
    いや、そんなことはまだ学生である坊ちゃんには無理なはずだ。
    何故なら今回受け取った治療費はとんでもない大金なのだ。
    カラ松は頭の中で否定した。しかしトド松の顔は真剣だった。

    「坊ちゃんが旦那様に土下座してお金を借りたんだよ。自分の一生をかけてでも必ず金を返すから、って言って。」

    そんな、と口から声が漏れた。仏頂面の一松の顔がカラ松の脳裏に浮かんだ。
    歩き出そうとしたカラ松の肩をトド松が押さえる。

    「どこ行くの。」

    「坊ちゃんのところだ。そんなことオレはちっとも知らなかった。坊ちゃんに御礼を伝えないと。」

    しかしトド松は首を横に振った。そしてふっと微笑んだ。

    「今逢いに行っても坊ちゃんはきっと怒るよ。さっさと病院に行けよクソ松、ってね。」

    確かにそうかもしれない、とカラ松は思った。

    「でもオレは解らない。どうして坊ちゃんはオレなんかの為に。」

    「それは……元気になった時に坊ちゃんに直接聞いたら良いよ。」

    ジリリリとベルがホームに鳴り響く。発車時刻となったようだ。
    またね、とトド松が笑う。
    そしてトド松は白い紙袋をカラ松へと手渡した。

    「お餞別。坊ちゃんからだよ。」

    「坊ちゃんから……。」

    汽車が動き出す。
    ホームではトド松が大きく手を振っており、カラ松も同様に大きく手をふり返した。
    トド松が見えなくなると座席へと腰を下ろし、しばらくぼんやりとする。
    カラ松は先程トド松に言われたことを思い返した。

    オレにだけ口の悪い坊ちゃん。
    でも身の回りの世話はオレにしか任せない坊ちゃん。
    病床のオレに何度も逢いに来てくれた坊ちゃん。
    病気を告白した時にふざけるなと怒った坊ちゃん。
    オレの為に御父上に土下座をしたという坊ちゃん。
    一生かけてでも金を返すと言った坊ちゃん。

    どうして、と思う。
    だが本当はうっすらと解っている。

    「坊ちゃんの大事な一生を、オレの為に使ってしまって良いんですか……?」

    餞別の白い紙袋を見つめながら小さく呟く。
    中を開けるとそこには梨が一つと、一枚の便箋が入っていた。
    便箋に書かれていたのはたった六文字。


    『生キテ、カラ松。』


    鉛筆で書かれた小さな文字。
    これは死ねないな、とカラ松は笑みを零した。
    生きて、元気になって一松坊ちゃんに逢いに行く。
    そして——…


    「オレの一生だって、坊ちゃんに捧げさせていただきますからね」



    <終>
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