「てる、急いで食っても出発する時間は変わらねえからゆっくり食いな。カルマはあんまり腹減ってねえの? 食えるやつだけ食っちまいな」
黒柳が思うに、三毛縞清虎という男はおそらく相当な〝お節介の世話焼き〟である。かつて学友として記憶に残る烏丸左京の姿も相当に〝お人よし〟ではあったが、この男ほど他人に首を突っ込む男ではなかった。無論だれかれ構わずではなかったが、少なくとも烏丸、黒柳ともに、この三毛縞清虎という男は懐いた相手に対して甘い。今、照也と業という子供を相手にすることでその世話焼きな性格がいかんなく発揮されていることに、黒柳は未だ驚きを覚える。確かに三毛縞は世話焼きではあったが、黒柳とともに、子供の相手などまるで向いていないような性格だったからだ。唯一、父親としてまともに機能するだろうと予想していた烏丸ならともかく、他人との関わりに致命的な欠陥を持つ黒柳と三毛縞が、今は共同で子供の面倒を見て生活をしている。かつての自分にそう伝えられてはたして信じられるだろうか、と想像することさえ黒柳には愚門である。答えは否、とても信じるとは思えないような状況は、今現在ですら時折〝これは夢か〟と錯覚さえする。人生は何が起こるかわかりませんね、かつての依頼人がそう零したことがある。これまで黒柳にとって人生とは、自分で敷いたレールの上を規則正しく、正確に走ることだった。だからこそ〝何が起こるかわからないはずがない〟と。今なら――まさにその通りだと言える。必死で敷いてきたレールの行き先が間違っていることに、たどり着いてから気づくだなんて。
「――なんだ」
じ、っと自分を見る目に気付き、黒柳は目で問いかける男に
問うた。
「や、疲れてんのかなあと。ボーっとしてたぜ」
「いや、何でもない」
特別驚くことといえば――三毛縞が業や照也に向ける目を、黒柳自身にも向けるようになったことだ。それが何より、黒柳を落ち着かなくさせる。無論、二人はもういい年の大人で、保護すべき子供もいて、共同生活をする身としていつまでも昔のようにいがみ合っているわけにもいかない。それでも、長く過ごした寮生活の間に知った三毛縞と今の三毛縞はあまりにも違って見えて。黒柳は未だ何か言いたげな視線から逃れる様に、最後のリンゴジャムが添えられたパンと並んだ、紅茶のカップを手に取った。
――パッションフルーツ。南米原産熱帯果樹であり、トケイソウ科の果物である。花が時計の文字盤を思わせることからついた和名は〝クダモノトケイソウ〟であり、現在では国内でも栽培されている。誤解されがちだがパッションフルーツの〝パッション〟とはPassion(受難)であり、由来は花の形がキリストの受難を思わせるためである。種を包むゼリー状の仮種皮を主に食し、種も食べることができるその味は南国産のフルーツらしく甘味と酸味が特徴的だ。
普段よりなお慌ただしく、しかしてどこかわくわくするような朝に、誂えられるにはぴったりだと、黒柳はまたひと口味わうと一年前には想像もできなかった騒がしい朝の景色に、再びわずかに目を細めた。
「てェる、カルマぁ。もう忘れモンしてていいから行くぞー」
はいはあい、と元気な返事とともに、大きなリュックを背負う二人の子供が風のように飛び出し車に飛び乗った。が、みんなに行ってきますしたか、と三毛縞に問われ今度は車の中からシートベルトを締めながら〝行ってきます〟と大きな声で呼びかける。最後に現れた黒柳はといえば、小さい帽子を二つ持って、普段のスーツ姿よりずっとカジュアルな格好で――三毛縞に言わせれば休日でも襟付きのシャツなんてまだ硬い、とのことだが――現れた。昨日の夜から楽しみに準備していたくせに、最後の最後で二人して帽子を忘れてきたらしい。助手席に乗り込む黒柳から帽子を二つ受け取った三毛縞は、すでに準備万端の子供二人に渡し、シートベルトを確認する。
「マフラーと手袋は? ちゃんと持ってんだろうなあ」
「もっとるよ!」「だいじょうぶ!」
早く早くと急かされるまま、じゃあ出発しますか、と三毛縞は黒柳に合図する。朝日奈家へ寄り道し、二人を拾って動物園まで向かう計画だ。隣で黒柳が、相変わらず仕事でもするみたいに真剣な顔で動物園までのナビを設定している姿に、三毛縞もつい、朗らかに笑った。
「んじゃ、出発!」
おおーっ、と子供の歓声は、元気いっぱい車内に響いた。