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    waremokou_2

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    waremokou_2

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    三毛縞が黒柳に紅茶を淹れる話。

    三毛縞が……?

    「三毛縞様!」
     投げかけられた使用人の声はもはや言葉というよりも悲鳴という方が近いだろう。三毛縞はただ、咄嗟に飛び出した自分の置かれた状況を判断するだけで精いっぱいだった。自らの手首に感じる鈍痛以上に、三毛縞を安心させたのは自分の上に倒れこんで腰を抜かす少女に、怪我がなかったということだった。
    「三毛縞様!」「大変、い、医者を呼ばないと……」
     パニックになる使用人たちも無理はなかった。三毛縞が咄嗟に飛び出したのは梯子から落ちる少女の下だ。落ちるとわかっている少女ならば、三毛縞は彼女を立ったまま抱きとめることができただろう。足を滑らせた彼女が思わず手を離した梯子から落ちていく瞬間、三毛縞はまるでスローモーションのようにさえ見えた。全身の筋肉が咄嗟に唸りを上げ、廊下を蹴って踏み出した一歩から全速力で駆け出し、腕を伸ばしとにかく、重力のまま彼女を床に叩き付けるわけにはいかないと脳よりも先に体が動いた。幸い、少女は滑り込んだ三毛縞に抱きかかえられるような形で受け止められ怪我はなかった。ただ周囲の動揺と悲鳴に漸く、自らの現状を理解し彼女は慌てて三毛縞から跳ね起きながらとうとう腰を抜かす羽目になる。
    「何事だ」「誠様、三毛縞様が……」
     屋敷中に響き渡った悲鳴に、飛んできた黒柳は倒れた梯子とへたりこむ二人に何があったのか理解した。そうこうしている間に黒柳家が世話になっている医者が到着し少女の無傷と、三毛縞の左手首捻挫という結果を残しこの事件は終息となった。

    「だめに決まっているだろう」
    「あと五日だぜ? 別に三日休めて直るってんなら今動かしたって問題ねえよ……」
    「駄目だ」
     三毛縞が医者から逃げようとする時と、同じ言葉を黒柳は自宅のキッチンで再び繰り返し三毛縞に告げた。全治三日、絶対安静を言い渡された三毛縞だったが彼が医者の言うことを素直に聞くはずがなかった。彼がまだ黒柳とこうして共に生活する前であれば三毛縞は医者の言うことなど次の瞬間には忘れていただろう。だが今は黒柳とともにある。三毛縞が手伝うはずだった大掃除も、子供たちを抱え上げることも、そして今、紅茶を淹れることも彼は〝駄目だ〟と咎める黒柳に、三毛縞はとうとう反論したというわけだ。別に骨が折れたわけじゃない。それなのに黒柳はまるで三毛縞を重病人のように扱う。その理由がわからなかった。お前は咄嗟に左腕を使うだろう、と睨みつけた黒柳は、三毛縞が両利きだと知っているようだった。ただ、彼にも譲れぬことくらいある。二十日間続けてきたのだから、残りの五日をこんな軽い怪我で台無しにしたくない。暫く駄目だ、やらせろの攻防が続いたが先に折れたのは珍しいことに黒柳だった。
    「わかった。私がやる」
    「はぁ?」
    「私が淹れる、お前はそこで待っていろ。それでお前も折れろ」
     そう言ってシャツを捲り上げると、黒柳は慣れた手つきで戸棚を開け、暫くその中を一瞥するとポットを一つ取り出した。ケトルに湯を沸かし、箱から二十日の茶葉を選び出す。
    「お前、こういうことできるんだな」
    「貴様にできて、私にできないことがあるとでも?」
    「へいへい……」
     ベルガモットだ、と茶葉に鼻を寄せる黒柳はどこか自慢げで、三毛縞は意表を突かれるとともにどこか心が満ちていくのを感じた。黒柳は丁寧に紅茶を淹れていく。ふわりと漂うハーブの心地よい香りが、二人の間には似合わないことに安心して、それからほんの少し〝惜しい〟と思った。それは三毛縞だけでなく、黒柳も。
    「あ、俺が」
    「馬鹿め、片腕で運ばせるとでも?」
    「馬鹿って言ったなこの」
     ああ、言ってやったが? 少しいたずらに笑った黒柳は、三毛縞を押し退けるようにティーセットの乗ったトレイを持ち上げる。黒柳がいつもより僅か、楽し気に微笑んでいたことは手持無沙汰に黒柳の後を追いかける三毛縞には終ぞ見えなかった。
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    waremokou_2

    DOODLE #HCOWDC 2
    お題は「おぼろ月」でした

    登場人物
    ・吉川直幸
    ・中島修一
    「月が綺麗ですね」
     そう囁く声に、思わず顔を上げた自分が馬鹿らしい。この声らしからぬ標準語じみた発音はどこかぎこち無ささえ感じられるのがゲンナリするのは、おそらくそういった言葉を普段から息をするように無駄撃ちするこの男の自業自得である。ただ――この男がぎこちなく標準語でそう囁いたことにより、かつ見上げた先に薄ぼんやりと輝く朧月に、その言葉が響きどおりの意味だけではないのだという明確な証明になってしまった。と、いうのも――正直にいってこの男に、朧月の美しさなど理解できるとは思えなかったからだ。
    「曇ってるけど」
     だから、あえてそう返事をした。この男が誤魔化すように言葉を撤回すれば、この恥ずかしい言葉は仕方ないから忘れてやろうと思ったのだ。この春休みが始まってから、気がつけばほとんどの時間をこの男と過ごしている気がする。段々と、友人らしい距離感に慣れてしまった。そのままどんどん絆されて、今、重く、熱く、むさ苦しい腕の中に収まっているこの距離感が果たして友情というラベリングを許されるのか、もうわからなくなってしまった。表面上の関係は、契約した以上この男が言うなら俺と中島は恋人だった。中島がそう思っているなら、という不安定な環境下で成り立つ関係性はこちらの感情をひどく乱す。だからなお、一層自分がはっきりと拒絶の意思を示せないことに、自分に腹が立って仕方ない。
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    waremokou_2

    DOODLE吉川のエプロンについての返歌です。
    その節は大変美味しいスイーツコンビをありがとうございました。
    今日改めて8回読み返し、ゲヘゲヘしています。
    美味しい小説をありがとうございました。

    ※これはスイーツ組のファンフィクションです。
    青空の夢を みんなが各々騒ぐ声を聞きながらする皿洗いは家事の中でも好きなものの一つだった。とはいっても、特に嫌いな家事があるわけでもなく――確かに、排水溝のゴミを捨てるのはいい気持ちではないし、虫の駆除は無理だけど――そんな風に思えるのはひとえに、みんなが分担してくれているからだ、というのが大きいだろう。今日は深津が夕飯作りを担当してくれて、俺が皿洗い。彼の料理は山内さん仕込みだと聞いているから、毎食丁寧で感動する。本人が〝そんなことない〟と謙虚なのもまた好ましいのだから、彼にファンが多いのも頷ける。さらには料理中片付けまでしてしまうのだから、こちらとしては彼の後皿洗いをするのは楽でいい。もっと散らかしていい、というのだが、癖だから、気になるから、と料理の片手間にさっさとキッチンまで整えてしまう。俺はと言えば、そのあとみんなで食べた残りの食器を呑気に洗うだけ。そりゃ、家事が嫌いじゃないなんてのうのうと言えるだろうな、と改めて自分の呑気さに呆れた。残りはグラスを濯いでしまえば終わり、という頃になっておおい、とリビングから呼ぶ声がする。
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    waremokou_2

    DOODLE #HCOWDC 2
    お題は「おぼろ月」でした

    登場人物
    ・吉川直幸
    ・中島修一
    「月が綺麗ですね」
     そう囁く声に、思わず顔を上げた自分が馬鹿らしい。この声らしからぬ標準語じみた発音はどこかぎこち無ささえ感じられるのがゲンナリするのは、おそらくそういった言葉を普段から息をするように無駄撃ちするこの男の自業自得である。ただ――この男がぎこちなく標準語でそう囁いたことにより、かつ見上げた先に薄ぼんやりと輝く朧月に、その言葉が響きどおりの意味だけではないのだという明確な証明になってしまった。と、いうのも――正直にいってこの男に、朧月の美しさなど理解できるとは思えなかったからだ。
    「曇ってるけど」
     だから、あえてそう返事をした。この男が誤魔化すように言葉を撤回すれば、この恥ずかしい言葉は仕方ないから忘れてやろうと思ったのだ。この春休みが始まってから、気がつけばほとんどの時間をこの男と過ごしている気がする。段々と、友人らしい距離感に慣れてしまった。そのままどんどん絆されて、今、重く、熱く、むさ苦しい腕の中に収まっているこの距離感が果たして友情というラベリングを許されるのか、もうわからなくなってしまった。表面上の関係は、契約した以上この男が言うなら俺と中島は恋人だった。中島がそう思っているなら、という不安定な環境下で成り立つ関係性はこちらの感情をひどく乱す。だからなお、一層自分がはっきりと拒絶の意思を示せないことに、自分に腹が立って仕方ない。
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