前回までのあらすじ
先日三毛縞が左腕を捻挫し、全治三日の絶対安静を言い渡される。それを聞いた黒柳は三毛縞に過激なまでの絶対安静を厳守させるのだった。
昨日に引き続き、三毛縞の絶対安静を守らせる黒柳の態度は変わることがなかった。何が黒柳の琴線に触れたかはわからないが、とにかく三毛縞のせんとする家事や、子供の世話を率先して奪ってしまう。使用人に代わらせるのではなく、自ら進んで三毛縞から取り上げていくものだから、三毛縞も取り上げられた以上何も言えずに任せることとなった。車の運転も、モーニングコーヒーを淹れることも、子供の送り迎えも。三毛縞が動き出すと、いつの間にか黒柳が隣にいて〝何をしているんだ貴様〟から始まり、安静にしていろ、と三毛縞の前を歩く。珍しく二人で送迎に来たことに、照也と業はおおいに驚き、同時になんだか妙に楽しそうだった。悪くない、と思う。この共同生活が始まってから二人が顔を合わせる時間は圧倒的に増えたことは確かだが、こうして同じ物事を揃って協力することはあまりない。親子というより、共同家庭経営者と表現する方がずっと近かった関係だ。それが今三毛縞の知らない、想像でしかなかった〝家族〟という形に近づいているような気がした。
昨日に引き続き、紅茶は黒柳が淹れることとなった。相変わらず黒柳の手つきは慣れていて鮮やかだ。なんでも器用にこなしてしまう黒柳を、三毛縞は伝えたことこそ少なかれいつだって尊敬していた。文武両道な黒柳が自分に執着することは光栄だったし、黒柳は烏丸とはまた違う良き朋だと今でも思う。子供が眠ってからの紅茶の時間は、ここ最近ですっかりお馴染みのものになったような気がする。この紅茶もあと四日で終わりだ。茶葉がぎっしりと詰められていた箱も、今はすっかり空いてしまって終わりの近さを物語っている。この紅茶が終わったら、この時間はどうなるんだろうか。否、今までなかったものがひと月もない間続けられただけで、無くなってしまえばまた今まで通りに戻るだろう。それは少し、惜しいと思った。それは三毛縞だけでなく――黒柳も、言葉にはしなかったがまた同じだった。ただ、そのことを切り出してしまうと何かが変わってしまいそうで。三毛縞も黒柳も、残り少ない茶葉を見て数多浮かんでは靄の中に消えていくはっきりしない言葉を、紅茶と一緒に飲み込むことしかできなかった。
「そういえば、二人へのプレゼントが明日届くらしい。頼むが、判っているな」
「おー。そういやもう直か…… 早いねえ、クリスマスおわりゃ今度は正月だぜ」
もうすぐ一年も終わりか。そう呟いた三毛縞は僅かに寂しさを滲ませながらも、どこか楽し気だった。この一年は悪くなかった。照也と二人で過ごすようになり、気が付けば嘗ての友と共同生活だ。急に始まった所帯じみた生活は、三毛縞が想像するよりはるかに暖かく、心地よかった。
「問題はアイツらがさっさと寝てくれるか、だな」
「眠らないとサンタは来ないと言ったんじゃないのか?」
「バッカだねえ、子供っつーのはサンタを騙せると思っちまうアマさがあんのよ」
お前もそうだったのか、と意外そうに尋ねた黒柳に、三毛縞はさあね、とはぐらかす様にニシシと笑う。この家の誰もが、こんなに賑やかなクリスマスは初めてで。この家の誰もが、来る日に向けて密かに心を躍らせていた。