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    こん屋

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    こん屋

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    ♦︎妖怪パロ

    送り犬の先祖返り沢村くんと、人間の御幸先輩

     何かが御幸の後ろを着いてきている。
     密かに吐き出される獣じみた呼吸音と、人ならざるモノの気配。
     先ほどまで出ていた月は厚い雲に隠れ、切れかけた蛍光灯が頼りなく通路を照らす。
     室内練習場を出て自販機に寄り、一階の寮部屋を通り過ぎ、階段を昇っても離れない足音に、御幸は小さく息を吐いた。
     ここが寮ではなくて自分がか弱い女の子だったならば、それはそれは怯えた顔を見せることが出来ただろうし、それなりに相手の畏怖欲が満たされたのかもしれない。いやまあ、これはあいつの性質としてやっているだけで、あいつ自身には特に畏怖欲がないことは知っているけれど。
     それはそれで、どうなのだろう。
     そんなことをつらつらと考えていたら、自室のドアに辿り着いてしまった。このまま気付かないふりで中に入ってしまうことも出来るが、流石の御幸もそこまで人でなしではない。これで今週何度目だ、と思いつつも、だらりと後ろを振り返る。

    「おい沢村、菓子やるからその耳しまえ」
    「好きで出してるわけじゃねえ! あとその菓子元々俺のでしょうが!」
    「お前用だけどお前のではないだろ」

     意地の悪い言い方に、犬耳と尻尾を装備した沢村が吠える。
     ピンと立った耳は髪になじむ黒茶色をしており、夏場だからかやや色が明るい。短パンから出ている同色の尻尾をちぎれそうなほどブンブン振り回す沢村の目は、満月のような金色をしている。
     沢村は、送り犬の先祖返りだ。
     先祖返りについては、詳しく言わなくてもいいだろう。かつての祖先が人ならざるモノと交わり、その血を色濃く受け継いで生まれた者たちのことだ。基本的な容姿や能力は人と同じだが、意図的に、或いは無意識に、受け継いだ能力を使うことが出来る。その際には、今の沢村のように容姿も変化する。クラスに五、六人はいるので、そこまで珍しくもない。左投げ投手の方がよほど珍しい、とは、鳴神を祖に持つサウスポーの言である。
     送り犬は、知らない人の方が多いかもしれない。御幸も沢村に会うまでは知らなかった。送り狼の仲間? と不用意に聞いて、ものすごく不満気な顔をされた。送り犬は、夜の山道を歩く人間を家まで送り届け、感謝して何は一品捧げると帰っていく妖怪である。厳密には地域差があるらしいが、沢村の祖先は人を助ける送り犬だったらしい。

    「ほら今日の捧げものだぞ」
    「牛乳キャラメル! しかもキンキンに冷えてる!」
    「冷蔵庫入れといたからな。こっちで見たことないけど、それ長野のご当地商品なの?」
    「えっ……と、あんまり意識したことなかったっす。そうなんすか?」
    「お前が知らないのに俺が知ってるわけないだろ」

     御幸は沢村が一年の時に送られてから、室内練習場から部屋までの三分に満たない距離を、何度も送られている。最初の頃は御幸が買い置きしていたのど飴だのガムだのをやっていた。その頃はここまで頻繁でもなかったし、ハッカの飴を渡されて露骨にテンションを下げる沢村が面白かったので、御幸自身、割と楽しんで捧げものをしていた。
     しかし、正月に帰省した沢村からその話をどう聞いたのか、ご家族が気を遣って、御幸宛に大量の菓子を送ってきたのだ。曰く、次からはこれをやってください、と。
     そうしてこの風変わりな仕送りは、年度を超えて地味に続いている。
     
    「そういや金丸が言ってたけど、明日、監督の授業で小テストあるんだろ。勉強しなくていいのか?」
    「はっ!!」

     地元スーパーの陳列棚でも思い出していたのか、キャラメルを握りしめながらうんうん唸っている沢村に、からかい混じりに御幸が告げる。せっかく冷やしたキャラメルが熱で溶けそうだと思ったが、それについては何も言わなかった。冷やしたければ部屋で冷やすだろうし、味に変わりはない。
     小テストと聞いた途端に猫目になった沢村に、相変わらず顔に出やすい奴だと御幸は笑う。それをどう捉えたのか、沢村は御幸を指差しながら、今日一番の声で吠えた。建物が震えるかと思うくらいの咆哮に、さすがの御幸も少し驚く。姿が変わっているからだろうか。

    「くっ、謀ったな御幸一也!!」
    「は?」
    「俺はこんなところでお喋りしている場合ではない!! かねまるー!!!!」

     言うなり御幸の隣部屋に駆け込んで行った沢村に、ふざけんなと言う金丸の悲鳴が響く。前園の「うるさい!」という苦情が間髪入れずに続くのは、もはやお約束のようなものである。
     楽しげな空気を纏わせて部屋に戻った御幸に、奥村の冷たい視線が突き刺さるのも。
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