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    kano5969

    @kano5969

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    kano5969

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    短く吐き出した息が大気に白く溶ける。冷たい空気は針のように肌を刺して頬に赤みが広がった。サクサクと音を立てながら転ばないように慎重に、けれど速く速くと心臓に急かされて司は忙しなく足を運んだ。

    「レオさん!!」

    大きな声を上げたらまたじわりと湯気の様に白が立ち上り滲むように溶ける。
    怒りを含んだ声で呼んでみても、その人は子供のような無邪気な笑顔で振り返ってピコピコと手を振り返しただけだった。
    人の気も知らないで、と竦ませた肩をガクリと落とし司は少し歩を緩めてしゃがんでいるレオの元へと近寄るとレオの周りに不自然な穴がいくつも空いている事に気が付いた。

    昨晩から降り始めた雪は、ほんの僅かに積もって足先を埋めている。レオは天然の真っ白なキャンパスに指で音符を刻んでいたのだ。

    そんな事だろうとは思っていた。

    バラエティのロケのため、都会の喧騒を離れた場所へと訪れたのだが、今回は司とレオの二人きり。泊まり込みでの仕事ということもあり、警戒はしていた。頼りになる先輩方が居ない今、レオを御するのは自分しか居ないのだと司は気を引き締めていたつもりだった。
    司の厳しい監視の目にレオは少し不満そうに大丈夫だと繰り返していたし、仕事中も食事中も昨夜眠りに就く時も、確かにお利口さんにしていた。レオの寝息を確認してから司も目を閉じたのだが、流石に目覚める瞬間までは待ち伏せる事が出来なかった。
    司とて寝坊した訳では無い。寧ろセットされた目覚ましよりも早く起き上がった。
    瞬きよりも欠伸よりも先に隣のベッドを確認したというのに、乱雑に捲れ上がった布団の中にレオは居なかった。
    慌ててレオが使っていたベッドに手を着くと僅かに未だ温かい。カーテンが少しだけ開いていたのが気になった。司は探偵にでもなった気分で、レオの行動を分析する。
    (外に何か……)
    申し訳程度の隙間から窓の外を見た司は確信を得て、急いで着替えると外へと駆け出していた。

    「あなたは目を離すと直ぐにこれです……!」
    「わっ……」

    司が手に持っていたマフラーをレオの首にクルクルと巻いてきつめに結んだから、レオは苦しげに呻いた。
    寝間着のまま外に出ていたレオは寒さに震えているというのに、何がそこまでさせるのか、司には理解し難い。それでも雪の上に刻まれた音符はいつものように楽しそうに踊っている。

    「いい加減にしてください……風邪を引かれたら困ります!」
    「ごめんて、ちょっと雪見たら直ぐ戻るつもりだったんだけどな〜?霊感が湧いて来ちゃったんだからしょうがないな?」
    「しょうがなくなどありません!くあぁっ、もうっ!帰りますよ!」
    「ふふん、おれの王さまは大変だなぁ?」
    「そう思うのでしたら少しは自重してくださいね?」

    司は逃さないようにとレオの手を取ってぎゅっと握ると嬉しそうに握り返されて、ヘラヘラと笑うレオに溜息が溢れる。本当にずっとこんなことばかりを繰り返している気がした。
    出会った時からずっと。追い掛けて、捕まえて、果ての無い鬼ごっこだ。

    「でもさ?卒業してからこういうの減った気がするだろ?」
    「確かにそれはそうですけど……」

    レオが学生の頃に比べたら、確かにこの鬼ごっこの頻度は減ったように思う。毎日のようにレオを探し歩いていた日々が懐かしいと感じる程に。

    「もしかして、私を疑っているのですか?」
    「信じてるよ……でも時々さぁ……」

    そう、レオはどこに行こうとも司が必ず自分を迎えに来てくれると信じている。信じているからこそ、それが真実であると無性に確かめたくなる時がある。心の奥底にある不安はきっと一生消えないのだろう。司もそれに気付いていて証明し続けている。

    「レオさん、私を試すのも結構ですが、私があなたの期待に応え続けるためにはあなたにも果たさねばならないことがありますよ?」
    「え、何?」

    レオの手を引き先行していた司がチラリとレオを振り返るとレオはきょとんとした顔で瞬きを繰り返してた。

    「一生私に捕まる覚悟です」

    繋がれていた指から瞬時に駆け巡った熱がレオの頬をボンッと赤らめる。小さな爆発音さえ聞こえた気がした。

    「急に黙り込んでどうしました?」
    「あぁもう煩い煩い!今良い感じの曲を思い付いたから静かにしろ!」
    「勝手な人ですね……私が……」
    「あぁっ待って言わないで!曲が飛んじゃうっ!スオ〜で一杯になっちゃうだろ〜?」

    何故か怒り出したレオに対して司は柔らかい笑みを落とす。この人は自分が何を言ってるのか理解しているのだろうかと。呼吸であると豪語する作曲を一時的にとはいえ司が超えてしまうと告げたのだ。こんな寒空の下まで追いかけて来た報酬としては中々のものだろう。

    「司で一杯になったレオさんが作る曲……楽しみですね?」
    「うー……あー……重いって潰れるなよ?」

    上目に司を見やったレオは鼻先までマフラーに埋めているけれど、染まった耳までは隠せていない。司の手がレオの髪を掻き上げて甘そうな耳元にそっと口付ける。

    「それはお互い様です」

    振り回してる筈なのに気付いたら翻弄されていたなんて笑い話だなぁとレオはこしこしと耳元を拭う。

    「可愛くないなぁ」
    「お褒めに預かり光栄です」

    胸元に手を当ててニコリと笑む司にレオも降参とばかりに笑顔を返した。煽り耐性がゼロだった筈の司も大分鍛えられて皮肉まで返してくる始末。悔しいけれど嬉しい方が勝った。

    「いつかスオ〜の方がどっかに行っちゃいそう……」
    「大丈夫ですよ、あなたと違って私は帰る場所を知っていますから」
    「おれだってちゃんと知ってるぞ!」
    「そうなんですか?」

    あぁ、また勝ち誇った顔をさせてしまったとレオは眉尻を下げたけれど、もう良いかと全面降伏の構えとして司の隣に立ち並び身を預けるように凭れ掛かる。

    「そう!だけど鍵は失くす!」
    「それは仕方ないですね」
    「仕方ないなぁ」

    クスクスと笑いながら白に覆われていく世界を目に留めた。
    こんなに美しい景色の下に先に連れ出したのは本当はどちらだったのだろうかと互いに想いながら。







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