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    モルモットだ。宜しくな!暗めの作品を多めに出します。長くなりがち。考察要素頑張って入れてるので良ければ想像して下さい。

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    総集編です。長いです。最初は暗めで最後は希望が持てると思います。一括で読みたい方はどうぞ

    泡になるハナミズキ4月13日、今日は記念すべき日だ。私の担当するウマ娘アグネスタキオンが無敗でクラシックの一冠目である皐月賞を獲った。担当をやり始めた時は心配だったが今はもうそんな思いはない。彼女なら無敗の三冠だって達成できるにに違いない。クラシックを勝った訳だから記者が大勢駆けつけて来た。タキオンは慣れているのか対応が迅速かつ的確だ。さらには余計な事まで聞いてくる輩を軽く追い返している。一方私はというとあたふたして一人一人に対応するのが精一杯だ。更にはタキオンに余計な事を聞いた輩が仕返しと言わんばかりに寄ってくる。しかし今日はコレで良い。タキオンもいつも以上に疲れている。私が代わりになって面倒くさいやつらを引き寄せれば彼女はすぐに控え室に戻って少しはリラックス出来るはずだ。タキオンがインタビューを受け終わって10分と経たないほどして私も控え室に向かう。
    (今日はいつもよりご褒美をあげよう。何がいいかな?帰りに彼女の好きな甘い物でも買って帰ろうかな?)
    そんな事を考えて控え室に向かった。
    ガチャリとドアが開く。
    「タキオン。お疲れ様。今日は…」
    少しリラックスしているかと考えていた。何とも言えなかった。彼女は脚を押さえて蹲っている。どうすればいいのかわからない。
    「タキオン?脚が痛いの?」
    「うぅ……」
    ダメだ。返事が返ってこない。きっと今彼女には考えられない程の痛みが脚に響いているはずだ。早く何とかしないといけない。ひとまず会場に来ていたトレセンの関係者に連絡し、救急車を呼んでもらい出口にタキオンを運んだ。基本5〜10分程度で着くはずの救急車だが私にとって途方もない時間に思えた。やっと到着した救急車にすぐ彼女を乗せてもらい自分も同席者として乗る。救急車の中で軽く事情を説明して応急処置として鎮痛剤を投与してもらう。注射器での投薬なので5分以内には効き始めるとは思うが、彼女はそれまで痛みと対決しなければならない。
    (どうかなるべく早く…)
    私には何もできない。彼女の痛みの要因が重度のものではなくすぐに回復できるものであるように願う事しか出来なかった。
    ほどなくして病院に着いた。タキオンにはレントゲン検査とMRI検査の二つがとられた。検査を待っている間も時間の流れがいつもの何倍も遅くかんじた。検査が終わり20分経った頃やっと呼ばれた。
    医師からは聞きたくもなかった事が告げられた。
    「恐らくレース中の故障ですね。ですが元からアグネスタキオンさんの脚は脆いと聞いています。その分も相まってこのような事になったのでしょう。」
    「今のタキオンの脚はどうなんですか…?」
    声を震わせ、泣きそうになりながら聞いた。
    「残念ながら完全に治る確率は極めて低い。治ったとして前の様に走れませんし、再び今回の様になりかねません。医師としては選手としての活動を諦めて貰いたい。そうとしか言えません。」
    あぁ…なんて怪我はこんなにも時に残酷なのか。怪我なんて誰でもする。身体の一部分が弱かったりだって誰にだってある。なのにタキオンは…才能に溢れ、私達に希望と可能性を魅せてくれた彼女は…もう走れない。認めたくない。認めたくない。
    「嘘だ…嘘…」
    涙が溢れる。
    「脚の怪我自体は1〜2ヶ月程度で治りますが、アグネスタキオンさんの元よりの脚の脆さの影響で完治しても車椅子での生活にもなりかねません。お気持ちは苦しいかと思いますがどうかご理解願います」
    「……畜生…なんで…なんで…」
    「トレーナーさんも彼女の脚に関しては十分理解されていた。そうですよね?」
    「…はい…いずれは走れなくなると彼女に言われて…メニューも彼女の脚をなるべく考慮して制作しました。」
    「恐らくレース中に限界がきたのでしょう。彼女もそれには気付かなかった。レース中の興奮状態に影響するものでしょう。レース外では何か変化は?」
    「いえ……」
    いや待て…ここ最近のレース前は何故か控え室に入らせてくれなかった。それに注射器…「コレは君に薬を投与する時に使うんだ。空いた時間に試させてもらうよ」そう言いつつ使わなかった。
    「もしかすると彼女は私の知らないところで鎮痛剤を自分から打ってレースに出ていた可能性があります。今回の怪我の要因はレースではありません…私の所為です…」
    「それはまだ分かりません。一旦今日は休んで下さい。ここにアグネスタキオンさんに入院してもらって、明後日にトレセン側に引き取って貰うようにしておきます。」
    「ありがとうございます」
    「トレーナーさんも今日明日はここでアグネスタキオンさんと一緒にいて下さい。他に色々とお聞きしますので。それと今日は休んで下さい。」
    「分かりました。お言葉に甘えさせて頂きます」
    そうしてタキオンの病室に向かった。413号室。固屋だ。部屋の中には眠っている彼女の姿があった。ベッドの近くに椅子を置き座る。眠る彼女を眺める
    「タキオン…お疲れ様。カッコ良かった。早く良くなってまた練習しようね?」
    妙に視界がボヤけると思えば泣いていた。私の所為だ。完全に。もっと早くに気付いておけば、もっと彼女に親身になっていれば良かった。なってしまったモノは仕方ないが受け入れられない。
    「うっ……うぅ…」
    嗚咽が漏れる。ただただ泣くしかなかった。
    (なんて私は情けないんだろう。年下の子をましてや大切な担当を怪我させた上に謝りもせず、泣くだけなんて…)
    「ごめんね…ごめんねぇ……」
    医師でもなんでもない私にはこうやって謝る他ない。今更、眠っている相手に謝るなんて本当に馬鹿だ。馬鹿の極みだ。

    私は何もできない…馬鹿なトレーナーだ
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    あれから3週間近く経っただろうか。
    タキオンの怪我は順調に治りつつある。トレーナーとしては非常に嬉しい事だ。
    しかし彼女は脚の怪我のショックか、先週辺りまでは看護師さんや主治医の先生、そして私にも口を開かなかった。
    現在は以前と変わらない程度に会話が出来ている。
    紅茶の甘さが足りないだとか、早く実験がしたいだとか以前の彼女に戻りつつある。
    しかし、彼女はもう走れないのだ。
    そう考えると心が痛む。
    世界で最も速く走れる脚を、世界で最も可能性に満ち溢れた彼女の才能を、私が早くも摘んでしまったのだから。
    私は彼女の夢を壊した。そして、再び構築する事が出来ないようにしてしまった。
    全て私の責任だ。
    いや。こんな事を考えている場合ではない。私の自責の念など今はどうでもいい。
    タキオン。彼女の事を今考えるべきだ。
    「……ナー君?トレーナー君?」
    「あ!ごめん少し考え込んでた」
    「全く、君は私のモルモットでトレーナーなんだ。私の話を聞いてくれないのは実験やそのほかにも支障がでてしまうよ」
    「ご、ごめん」
    「なに、謝る必要はないよ。次から改善してくれれば良いさ。それにしても君、また私の脚の件で悩んでいたのかい?」
    「え……うん」
    「全く…あれ程気にするなと言ったのに…」
    「………」
    答えられない。何とも言えない。何を言えば良いのかわからない。
    「答えられないのも無理はないさ。何度も言っただろう?今回の件は仕方ないと。いずれ来る事がやってきた。そのタイミングが早すぎただけさ」
    「うん……」
    頷くしかない。
    「暗い話はよそう。なにせもう終わった事だからね。トレーナー君、君も疲れているだろ?今日は早めに帰ってゆっくりすると良いさ」
    「ごめんね。そうさせてもらうよ」
    足早に病室をでる。受付に面会の終了を伝え病院からでる。
    「あの….すみません」
    「ん?はい…」
    声をかけられた。凛としたハリのあるしかしその中に少し幼さの残る可愛らしい声で。
    「えっと、タキオンさんのトレーナーさんですよね?」
    「はい、そうですが?って、スカーレットちゃん⁈どうしたの?こんな時間に」
    (どうしたのだろう?何か私に用があるのは違いない。)
    考えているとその答えを本人が言ってくれた。
    「あの….私、タキオンさんと面会がしたくて。その….いつなら大丈夫ですか?」
    成る程。恐らくずっと行きたかったが行くタイミングがわからなかったのだろう。それで私に聞きにきたというあたりか。
    頑張って笑顔をつくって答える
    「そうだね…今日は少し遅いから明日にしよう。明日は元々タキオンを外に行かせる予定だったの。スカーレットちゃん、良かったら車椅子を押してあげてくれないかな?」
    「はい!勿論です!ありがとうございます」
    「うん。じゃぁタキオンには私から伝えておくね。明日の午後2時ぐらいなら来られる?一応明日は休日だからスカーレットちゃんも来やすい筈なんだけど…」
    「問題ありません。急にお声かけしてすみませんでした。ありがとうございます」
    「ううん。私は大丈夫だよ。ありがとう。わざわざ来てくれるなんて」
    「いえ、タキオンさんにはお世話になってましたから。それに、少し心配になったので…」
    「そっか…じゃあ明日はうんと話して良いよ。紅茶とかその辺りも用意しておくから」
    「そこまでしてもらって。本当にありがとうございます。」
    「いいよ、そんなにかしこまらなくても。そろそろ遅くなるからお互いか帰ろっか」
    「はい。ありがとうございました。ではまた明日にお邪魔します」
    「うん。じゃ気をつけてね」
    お互いそんな話をして帰路に着く。
    帰りに行きつけの茶葉屋さんで紅茶の茶葉を買う。そしてガムシロップを一袋、角砂糖を一瓶分追加で購入して帰宅した。
    気負いすぎたのだろうか。吐き気とめまいがする。早く寝よう。
    それにしても…
    「やっぱり、何も出来ないな…」
    自分の力の無さ、出来ることの少なさ。正直自分が嫌になる。彼女の脚の代わりに私が壊れることは出来なかったのだろうか。
    私のような人間の所為で1人の選手生命が絶たれた。与える事はなく、ただ彼女から才能を奪っただけだ。何も出来ない。やはり私は彼女にとって不必要な存在なのだろうか…? 
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    日が昇った。
    布団から身を起こして窓から差し込む日光を浴びる。その後は顔を洗い、朝食を食べる。以前は彼女が紅茶を淹れてくれだの新薬を飲んでくれだのと賑やかだったがその面影が感じられない。
    「寂しくなったな……」
    しかしこれは仕方のない事だ。私の起こした失態を過去の物として見ることは容易い。だが自責の念が止むことは無い。彼女は気にする必要はないと言ってくれるが、やはり難しい物だ。
    いや、今日は彼女の友人の一人であるダイワスカーレットが面会に来てくれるのだ。考えるのはよそう。
    昨日買い足しておいたので買い物に行く必要はない筈なので午前は少しゆっくりしてから病院に向かおう。
    さて、昼になった。
    「よし!行くか」
    昨日買った紅茶の茶葉、ガムシロップ、角砂糖を袋に詰めて病院に向かう。
    途中で流石にお茶だけでは心細いので洋菓子と和菓子をそれぞれ多めに購入した。お陰で少し予定より遅く着いてしまった。
    病院に着いて受付に申請して彼女の元へ向かう。エレベーターで4階に上がり、彼女の病室に向かう。やはり、病室の番号が「413」とは少し皮肉と思えてしまう。
    部屋の前に来ると少し声が聞こえた。
    おそらく二人が会話しているのだろう。
    「タキオンさん…本当に走れないんですか…?」
    「…あぁ、そうだよ。すまないね。君には心配をかけてしまった。なに、気にする事はないさ。」
    「私…思うんです…失礼ですけどタキオンさんをこうしたのは完全にトレーナーさんの所為だって…」
    「何故…….そう思うんだい?」
    「トレーナーさんと話した時、あの人は笑っていました。全く気にしていないように私には見えたんです…あの人は…あなたを走れなくした事を全く気にしていない…タキオンさんはどう思ってるんですか…?」
    部屋の前で立ち尽くす事しかできない。彼女は事実を述べているだけだ。それを私が違うと言う事は間違いだ。
    「……スカーレット君、一つ言える事がある。トレーナー君は今でもずっと自責の念に駆られている筈だ…私も悪かったんだよ…痛みがあったのに彼女に言わなかったんだ…私の自己責任が他者から見て彼女の責任になっている…コレは私の自業自得なんだよ…」
    いいや…違う。その事に気付かなかった私の責任だ。トレーナーとして担当の変化やSOSに気付かなかった。
    「それでも…あの人がタキオンさんを走れなくしたのは事実です。何で庇うんですか…?あの人は今も呑気にココに来ようとしてますよ!全く気にする素振りや反省の姿も見せずココで優雅に私達とお茶をするんです!あんな人を庇うのはやめて下さい!」
    反論の余地もない。今日は帰ろう。
    そう思った時だ。
    机を叩く音がした。
    「スカーレット君…やめるんだ。君は今、私が走れなくなった事の現実逃避をしているだけだ。そしてそれを認めてしまうと私は彼女に責任転嫁をする事になる。先程も言ったが、今回の怪我の責任は彼女では無い。私の自業自得。自己責任だ。」
    「そう言われても納得行きません…」
    「それに…彼女の今の精神状態は非常に危うい。君からは反省もしていないし呑気なように見えるんだね?」
    「はい…なんであんなに笑顔でいられるのか…」
    「それは私が気にする必要はないと言ったんだ。それに彼女は癖で苦しくても笑う癖があるんだ。彼女の精神状態を考えれば尚更だよ。」
    どうして…どうして彼女はこんなにも私を庇うのだろうか?走る事をできなくした私に恨みがあってもおかしくはない…
    考えていると、ダイワスカーレットが代弁してくれた。
    「タキオンさん…あの人を恨んでないんですか…?」
    「逆に何故恨むんだい?」
    「だって…タキオンさんは走りたい筈です。それに自分の才能を無駄にされて悔しくないんですか?」
    「そうだね…まずさっきも言ったがコレは私の自業自得だと言う事。そして私は彼女には感謝しかしていないんだ。」
    「何で…感謝するんですか?」
    「それはね…彼女は私の脚の事を始め、さまざまな事を私を第一に考えてくれたよ。」
    「それは当たり前ですよね?」
    「あぁ、そうとも。しかしね、私の両親が放任主義だった事は知っているね?さらに過去の私のトレーナー達は1ヶ月と経たず辞めていったんだ。1年近く私の我儘に付き合ってくれた事。さらには、怪我が発覚した時彼女が早く助けを呼んでくれていなければ私は長時間あの激痛に苦しむ訳だったからね。そう言った点を加味すれば感謝しかないさ。それにこうやってほぼ毎日来てくれるわけだからね。」
    感謝したいのはこっちの方だ。私に圧倒的な才能と可能性を見せてくれたし、可能性の果てまで連れて行ってくれると約束してくれた。片田舎から出てきて未だ都会に慣れていなかった私に色々と教えてくれた。そんな彼女を…私は…
    「さて、そろそろ呼ぼうか。トレーナー君!そこでいないで入ると良いさ。」
    こんな修羅場に泣きながら入れるわけないだろう。
    しかし、呼ばれたのだ。さらにはダイワスカーレットに誤解を招いてしまっているのだ。その点を謝罪しなければならない。
    涙を拭いて、ドアノブに手を掛ける。
    ゆっくりとドアを開ける。
    二人のウマ娘が此方をじっと見つめていた。
    (この先、何を言われても構わない。ともかく私の思いを聞いてもらうしかない)
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    ガチャリとノブの音を立ててドアを開ける。
    一人は申し訳なさそうにかつ恩讐の念を持った目で私を見つめる。そして、もう一人はいつものように笑顔だ。
    「トレーナーさん…その…」
    「いや…いいよ。スカーレットちゃんの言ってる事は事実だし、タキオンが自己責任と言っても担当である娘に怪我を負わせたのは私の責任になるから。」
    しかし、ダイワスカーレットは意外な言葉を放ってきた。
    「私…トレーナーさんがここにいると知らないと言っても…トレーナーに…酷い事を…」
    恩讐の念を持った目と感じたのは私の間違いだ。
    あの目は自分の不甲斐なさに対する怒りの念の篭る目だったようだ。
    ついにはダイワスカーレットは泣き出してしまった。
    これも私所為だ。私があの場から退いておけば彼女が泣き出す事はなかった。
    俯いて自責の念にかられる。
    途端に泣き声が少し小さくなった。
    少し篭ったような感じだ。
    「トレーナー君、顔をあげなよ。」
    言われた通りに顔をあげる。
    眼前には意外にも意外な光景があった。
    タキオンがダイワスカーレットを自分の胸に抱き寄せていたのだ。
    「スカーレット君、気にする事はないよ。私も今さっき気付いた事だ。無理もない。」
    「でも…それでも…私はトレーナーさんに酷い事を…」
    「だから言っているだろう?気にやむことはない。それに謝る必要はないよ。これも私の責任…」
    「違う!」
    勝手に声が出ていた。涙も。
    「違うよ…これも全部私の所為なの…タキオンの異変に気付けず…この1ヶ月近くなにもあなたに出来たことはない…スカーレットちゃんは悪くない…タキオンの所為でもない…全部私の所為だよ…」
    少し部屋が無音になる。
    「全く世話のかかるトレーナー君だよ…」
    タキオンはそう言うと私の身体がタキオンに寄せられた。
    フワリと柔らかい感覚が私の身体を覆う。
    「トレーナー君、私はこの1ヶ月なにもできていない。会話ができるようになったのは君が話しかけてくれていたからさ。君は何も出来なかった訳じゃないよ。」
    私はタキオンの胸の中で涙を流すことしか出来ない。
    「次にスカーレット君。君も気にやむ事はないよ。私の元にこうやって来てくれた。心配をかけてすまなかったね。さっきも話したようにこれは私の自己責任だ。ゆっくりでいい。今は腑に落ちなくて良い。トレーナー君を許しておくれ。」
    タキオンは優しい声でダイワスカーレットにも声をかける。
    「……はい……」
    涙ながらにダイワスカーレットは答えた。
    「さて、この話は終わりだ。トレーナー君、紅茶を淹れておくれ。遅れたのは恐らくお茶菓子を追加する為だと私は考えているのだがね…?」
    タキオンは少しニヤけた顔で尋ねてきた。
    「何でわかるの?」
    「いや…袋が少し大きいし、いつもの袋じゃないからね。それに今日はスカーレット君がくる訳だから少し豪華な物をもってくるんじゃないかとね。」
    私は少し笑ってしまった。
    「大正解…流石だね。わかった。すぐお茶を淹れるね。スカーレットちゃん、よければ飲みながら他の事を話そう。」
    「だそうだ。スカーレット君。君も飲もうじゃないか。あ!そうそう。今日は病院のハナミズキを見にいく予定だったんだ。車椅子を押してくれないかい?」
    ダイワスカーレットは少しの沈黙の後
    「はい…喜んで。それとトレーナーさん…その…」
    まだ気にかけているようだ。気にしなくて構わないのだが。
    ひとまず声をかけてそこから別の話へ移そう。
    「いいんだよ?私があの場でずっと聞いてたから。どちらかと言えば私の方が悪いよ。盗み聞きなんて…」
    「いやはや…トレーナー君も趣味が悪くなったねぇ」
    タキオンは少し揶揄うように言う。
    「し、仕方ないじゃん…あそこで入る勇気は流石に…」
    「私の実験に付き合ってくれた人間がそんな事を言うなよ!」
    ははは、と笑い飛ばすタキオン。気付けば私も笑っていた。
    そして、ダイワスカーレットも笑ってくれた。
    5分ほどして紅茶を淹れた。
    お茶菓子には洋菓子と和菓子の両方を買って来たのだが、タキオンはというと、
    「紅茶の飲み方の一つにジャムを口に含んだり、溶かしたりして飲むと聞いていたから、ジャムも今度買ってきておくれよ。」
    と、今でも甘いものをご所望らしい。
    ダイワスカーレットは甘いものばかりは身体に毒だ。と説得する。
    「えー!スカーレット君もトレーナー君と同じことを言うのかい…⁈いいじゃないか!トレーナー!早く買ってきておくれよ!」
    と、先ほどの頼れる優しい女性の様な姿からは程遠いギャップを見せてくれた。
    気付けば16時。
    「そろそろハナミズキを見に行こうか。」
    「おや、もうそんなに経ったのかい?じゃあスカーレット君、宜しく頼むよ。」
    「はい。」
    タキオンが立てるのを手伝い車椅子に乗せる。
    タキオンはやはり華奢だし、ウマ娘の力は人間の何倍も強いため少し心配だったが、難なく押せている。
    正直私より上手なので驚いた。
    カラカラと車椅子のタイヤの音がする。
    院内は少し賑やかだ。
    外に出れば他の患者さんとも話せて気分転換にもなるはずだ。
    ダイワスカーレットが帰ったら少しタキオンと話をしなくてはならない…
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    久しぶりにタキオンと外に出た。
    車椅子ではあるが周りとさほど変わらないので注目されないと思ったのだが…
    「え!アグネスタキオンさん?!」
    「ホントだ!」
    などと、驚きの声と歓声があがった。
    なんせニャースにも大々的に報道されたし、人気も非常に高かった事が原因だろう。
    ふと小さな女の子がタキオンの元に駆け寄る。
    「タキオンさん。えっと……脚……大丈夫ですか?」
    少し驚いた。有名なウマ娘であるタキオンを目の前にして、小さな子が握手だの何だのを求めずタキオンの現状を心配してくれるとは思いもしなかった。
    「うん、大丈夫だよ。順調に治って来ているからね。」
    優しく冷静に返答をする。
    「じゃぁ、また走ってくれるの?」
    おっと……これはマズイ。
    真実は伝えない方が良いだろう。小さな子供の夢と希望を壊すわけにはいかない。
    しかし、遅かった。
    「すまないね。私はもう走らないんだ。ごめんよ。」
    少し女の子が泣きそうになっている。
    言わんこっちゃない。
    しかし、再びタキオンは言った。
    「大丈夫さ。今この車椅子を押してくれている。この娘。ダイワスカーレット君が私の分もやってくれるさ。」
    さらっと後輩のハードルを上げた。
    「ねぇ、君……」
    ダイワスカーレットが声を挙げた。
    「タキオンには何をして欲しかったの?」
    泣きそうな顔で答えてくれた。
    「クラシック……全部獲る……事」
    「そう……分かったわ。でも、私はもう目標のレースが決まってるの。でもその代わりに私があなたの為に3つのティアラをプレゼントするわ。」
    「ティアラ……?」
    ティアラとはトリプルティアラ。桜花賞、オークス、秋華賞の三冠だ。彼女はクラシックと言う王冠の代わりに、ティアラを獲る。タキオンの代わりに三冠を獲る。そう言ったのだ。
    「クラシックじゃなきゃ嫌」
    そう言うのも無理はないか……
    「そうだね……トレーナー君。私とは別の担当の娘を見つけて、その娘で三冠を獲っておくれよ。ついでに無敗もね。」
    えぇ…………
    無理があるの一言だ。
    現状として三冠ウマ娘は
    シンボリルドルフ、ミスターシービー、ナリタブライアン、そして過去にいた先輩の2人が三冠を達成している。
    その中でもシンボリルドルフ。彼女は特異だ。
    史上4人目の三冠ウマ娘にして史上初の無敗三冠ウマ娘だ。さらには七冠の皇帝と言われ、「勝利よりもたった3度の敗北を語りたくなる」と言われるほどの絶対強者だ。
    その彼女と並ぶウマ娘は現れるのだろうか?
    いや……才能の溢れた娘を待つのではない。
    私自身の力でその娘をそのレベルまで押し上げる。
    「うん……分かった。ねぇ、お嬢ちゃん。私はあなたに無敗の三冠と記録無敗、そして3つの王冠とトロフィーを。スカーレットちゃんはあなたに3つのティアラを。そうできるように頑張るから」
    少し笑顔になった。
    しかし
    「タキオンさんは、なんで走れないの?」
    鋭い質問だ……
    私が答えるべきか、それともタキオンから口にしてもらうか。
    そしてまたこれも遅かった。
    「私はね。生まれつき脚が弱かったんだ。どれだけ速くなれてもそれに耐えきれなければおしまいさ。今の私を見てごらん?脚はズタボロさ。」
    「…………」
    女の子は初めて黙った。
    辛いのだろう。自分の夢が、憧れが、本人の口から崩されているのだから。
    「だから私はもう走れないんだ。君の夢を壊してしまったね。でもさっき言ったように、いつかこの2人が君に素敵なプレゼントをくれるはずさ。それに、壊れたモノはどうにか再び構築する事ができるんだ。もしかすると奇跡が起きるかも知れないよ?」
    まさか……タキオンは走る事を諦めていないのかも知れない。
    女の子は少し難しい顔をして一礼し、その場を去った。
    これだけでも疲れるものだ。
    その後は特に音沙汰なかった。
    写真を撮られたりしたぐらいだし、ファンの方々から励ましと賞賛の声を貰った。
    そんなこんなでハナミズキの前に来た。
    「綺麗ですね……」
    「ああ、そうだね。しかしもうじき散ってしまうだろうね。」
    「……」
    辛い事だ。寒い冬を乗り越えて、今ここに美しい花を咲かせても1週間と経たずに散る。
    心なしか、ハナミズキがタキオンに近い気がする。
    「私と……似ているね……」
    確かに聞こえた。ダイワスカーレットには聞こえなかったようだが、確かに聞こえた。
    ハナミズキを眺めて5分ほどしただろうか
    「さぁ、戻ろう。リハビリもあるから少し早めに戻らないとね。」
    てっきり忘れていた。先々週あたりからリハビリをしていたのだ。うっかりしていた。
    しかしいつも3時半からなのでゆっくり帰っても大丈夫そうだ。
    「いつもの時間にはまだ余裕があるから、少しゆっくり帰っても大丈夫だね。」
    そう言って、ダイワスカーレットに車椅子を代わりに押してもらい、部屋に戻った。
    ダイワスカーレットはデビュー戦に向けて本格的にトレーニングをする必要があるので予定より早く帰ってしまった。
    そして3時半だ。
    作業療法士の方に連れられてタキオンはリハビリ室に向かった。
    変に邪魔するのも失礼だと思い、私は部屋で待つことにした。
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    4時半頃、タキオンが帰ってきた
    作業療法士の先生の話によると
    「日常生活には支障がない程度には回復していますが、やはり我々の力では完全に回復させる事は出来ません。医療従事者として残念ですが、奇跡が起こるのを祈るしか……」
    との事だった
    タキオンもいる中だったので涙を見せるわけにはいかなかった
    申し訳なさそうに作業療法士の先生は去った
    窓の景色を眺めながらタキオンが口を開く
    「やはりダメ……か。いざ言われるとかなりキツいねぇ……しかし受け入れる他ないね」
    私は到底受け入れられない
    私は彼女のトレーナーなのだ
    「まだ……希望はあるよ……完全に終わった訳じゃない……」
    「奇跡は起こる……そう言いたいのかい?」
    こくり、とうなづく
    「そうか……しかし現実的ではないよトレーナー君。奇跡は奮起する者の下にしか起きないんだ。私はその奮起する心さえも、あんなに燃えていたはずの心はすっかり消えてしまったんだ」
    そんな事を彼女の口から聞きたくはなかった
    可能性の先
    それが奇跡なのではないのか?
    そう心の中で問うた
    「しかしね……私は満足しているんだよ。トレーナー君がスカーレット君が他にも沢山の子達が私を心配してくれている」
    そうだ
    だからこそ戻ってきて欲しい
    ターフに学園に
    皆が願っているんだ
    超光速で駆け抜けるこの世で最も速く美しい
    アグネスタキオンと言うウマ娘を
    拳をぐっと握る
    タキオンが此方を向いた
    目を疑った
    泣いている
    タキオンが
    「トレーナー君……私はスカーレット君の前で……そして君の前でも……笑えているかい?」
    顔をグシャグシャにして笑う
    彼女につられて私も涙を流す
    私はタキオンに近寄り
    彼女を胸に抱く
    泣いていい
    誰だって泣いて構わないんだ
    「うっ………ぁ………あぁ……」
    病室には小さく嗚咽が響く
    その嗚咽には何が込められているのだろう
    この世に対する怒りか悲しみか絶望か
    はたまた復讐の念か
    それとも嬉しさや感謝か
    いや
    その全てだろう
    生まれもった才能とそれに見合わない脚
    周りからの励まし
    それら全ての事に泣いているのだろう
    笑えてた
    笑えてたよ
    心の中で呟く
    病室には2人の泣き声と嗚咽が響く
    無念
    その一言だ
    メディアからは幻の三冠と謳われている
    デカい名を付けられたものだ
    人の気も知らないでよく言うものだ
    確かに彼女は凄い
    あの日本一といわれたトレーナーの担当に勝ち
    「アグネスタキオンはね……速すぎる。もうクラシックにハンデ持ち込まないとダメだねアレは」
    そう言わせた
    それは間違いなく彼女の努力と才能だ
    練習を全くしてない状態でもあのシンボリルドルフとほぼ対等に渡り合うほどだ
    私はそんな娘の努力と才能を全て奪った
    私の所為だ
    「また……君は……そうやって自分の所為にする……やめろとあれほど言っただろうに……」
    何故それだけわかるのか不思議なものだ
    「そうだね……あのハナミズキ……あんなに美しく咲いてももうじき散ってしまうだろう?」
    そう花とはそう言うものだ
    「私もそうさ……咲き誇ったはいいが……もう散ってしまった……もう咲くことはないんだ……しかしね……いずれは来ることが早く起こっただけなんだ……君は気にする事はないんだ……」
    タキオン
    君が花なら
    「君が花なら……また……いつか咲けるはずだよ?可能性の先……見せてくれるんでしょ?なら奇跡を……可能性という概念を……この世の全てを覆す事の出来る奇跡を……起そうよ……」
    これは嘆きだ
    「……私は恐らく……以前の60%ほども力を出せない……それで奇跡を起こせると思うかい?」
    起こせるかではない
    「起こすんだよ……私も手伝うから……怪我から立ち直って奇跡を起こした娘は沢山いる……少しの可能性が残っているならその可能性に全てを賭けるべきだよ……」
    「…………そうか……そうだね。君の言う通りだ。可能性の先にいくにはその可能性を超える必要があるね」
    そう
    そうだ
    「その為には……君が必要だトレーナー君。勿論の事だが拒否権は無いよ」
    拒否権なんてものは要らない
    「私から言って断る義理はないでしょ?」
    「おっとそれはそうだね。しかし言ったからには責任を取ってもらうよ?」
    いつもなら
    「えぇ……それは無いよ……」
    と文句を言って彼女と文句を言い合う所だが
    「勿論やるよ。私は君のトレーナー。そしてモルモットだからね」
    今はこれで良い
    「おぉ!乗り気じゃないか!これは早く退院して様々な新薬を試したくなるじゃないか!」
    「お、お手柔らかに……」
    そう
    これだ
    これが前通り
    これがいつも通りなのだ
    トレーナーとして
    モルモットとして
    この娘に全てを託し
    この娘に全てを賭けて
    私は今日も夢をみる
    超光速で現れ去っていった
    幻のウマ娘
    その娘が再びターフに戻り
    超光速で駆け抜ける姿を
                         END

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