レモンティー 久しぶりにレモンティーを淹れた。
普段はストレート。寝る前ならミルク。一人ならコーヒー。朝飯にジュースを飲むのも好きだ。
「どうして、急に?」
「なんとなく? スッキリしたくて」
ほのかにすっぱくて、喉の奥に爽やかな刺激が通る。鼻に抜ける香りは華やかだ。カップをくるくるとまわし、琥珀色の液体を遊ぶ。
「なにか悩み事か」
「……オマエのことって言ったら?」
ん、とダンデは軽く咳き込んだ。思ってもみなかったオレさまの言葉は、流し込むには大きすぎたようだ。
「……オレはまたキミに何か迷惑をかけたのか」
「いいや、そうでなく」
カップを置いて、ゆっくり脚を組みなおす。特注のソファはしっとりと身体を包み込んで気持ちいい。
「好きの最大公約数を考えてた」
「……何だ、それ」
「どうしたら、もっとオレさまの愛を受け取ってくれるのかなーって」
花束でも差し出せば恰好つくだろうが、コイツが望んでいるのはそんなもんじゃない。チープな愛の言葉より、バトルの方が目を輝かせるに決まってる。
「……充分、受け取ってると思ってた」
「まだまだ。こんなもんだと侮ってもらっちゃ困るぜ」
小さな砂糖ポットから、砂糖粒を摘まんで、ダンデのカップに落としていく。甘い甘い言葉の代わりに、飲み干してしまえばいい。
「……じゃあ、オレからも」
「お、なんだ」
「……手を、繋ぎたい」
「そんなの、いくらでも」
「そうじゃない。……外で」
オレさまたちは、よくも悪くも有名人だ。並んで外なんか歩いたら、またたくまに囲まれてしまうだろう。
「見せつけたいわけじゃない。ただ、手を繋いで歩きたい」
ダンデの瞳は真剣でありつつ、愁いを帯びていた。愛しい恋人の願いを叶えられずして、どうして胸を張っていられようか。
「じゃあ、今夜決行な」
「え」
ぐい、と紅茶を飲み干して、音を立ててカップを置いた。ダンデはぽかんとこちらを見上げている。砂糖はとっくに溶けきっているだろう。
「深夜なら、誰もみてないぜ。真夜中のランデブー、ってな」
みるみる、彼の瞳が輝くのがわかった。この程度で叶えられるなら、いつだって聞いてやるのに。
「久しぶりのデートだ」
「デートだな」
くすくす、と小さく笑いあい、ダンデは甘ったるくなった紅茶の残りを飲み干した。カップの底に砂糖が残っている。その分はオレさまが甘やかしてやればいいだろう。
「じゃあ、十二時に」
「迎えに行くよ」
約束を交わして、玄関から見送る。あと数時間、この胸の高鳴りは鎮まらないはずだ。鼻歌を零しながら、カップを二つシンクへ移動させる。そうだ、どうせなら夜食も作ってやろう。ポットにレモンティーも淹れていこう。簡易的なピクニックだ。夜空の下で食べるサンドイッチは、きっと特別な味がする。
オレさまはその日、人生でこんなに時間を確認したことはないというほど、何度も時計を覗き込んだ。時計はいつ見ても平等に時を刻み、オレさまの鼓動はそれを耐えきれずに度々速まるのだった。