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    めがねうろ

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    めがねうろ

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    雨想版一週間ドロライ

    ドロライ第三回目
    「旅行」「桜」のお題をお借りしています。

    ##雨想

    「旅行」「桜」ドロライ「旅行」「桜」


     揶揄いたい、触れたい、甘えたい、共にいたい。
     想楽と想い合うようになって階段を一段ずつ登るように、あるいは転げ落ちるように欲を覚えた雨彦は次に、独り占めしてみたい、と想楽に言った。
    「じゃあ旅行、行こっかー。二人で」
     行き先もしたいことも雨彦さんが決めて、全部雨彦さんがしたいようにしてあげる、と。



    「観光しなくてもいいのかい?」
     雨彦が行き先を告げた時も、ふぅんと言ったきりで、客室に着いたあともサービスの一環で置かれた観光冊子を開きもせず、お着き菓子を摘む想楽に痺れを切らした様子で問いかける。いつも聞く想楽の一人旅の感想はどこそこに行った、あれそれをした、などバラエティに富んでおり、行った先を想楽なりに十分に満喫しているものばかりだったからだ。
    「したいのー?それとも、してほしいのー?」
     備え付けの味も香りも安っぽい緑茶を啜り、今度は行きがけに雨彦にいくつか強請ったこの辺の銘菓を物色し始めた。
    「いや、俺は別に、」
    「してほしくないんでしょう?」
     雨彦の言葉を遮って突きつけられた言葉は問うように語尾こそ跳ね上げているが雨彦の胸の内を切り開くように鋭い。ぱちりと一度だけ瞬いた赤い瞳は全部お見通しだというように細められ、雨彦の言葉を待たず滔々と次の言葉を紡ぐ。
    「だから、そういう部屋を選んだんでしょー?温泉くらいしかない観光地で、僕が行ったことがあって、内風呂が広くて、お食事はお部屋で……違いますかー?」
     そう言ってうっそりと笑った想楽は呆気に取られた様子の雨彦をみてきょとんと目を瞬かせ、深く息を吐くとじわりと表情を変えた。
    「……違うなら観光でもしようかなー」
    「待ってくれ」
     寂しげに目を伏せ殊勝な態度で部屋を出ようとする想楽の腕を条件反射のように掴んだ。
    「……本当に無意識だったんだ。でも、そうだな。北村の言う通りだ。どこにも行かずにこの部屋にいてほしい」
    「独り占めしたいー?」
    「独り占めしたい」
     雨彦は今度こそはっきりと言い切り、薄く影の落ちた顔を覗き込むと気づいたように目を丸くし、すぐにしてやられたと僅かに口を歪めた。俯かないと表情が隠せなかったのだろう、満足気な顔で想楽がくつくつと肩を弾ませる。
    「ふ、ふふっ、よく言えましたー」
     そうして一泊二日、時間にすれば約二十四時間、北村想楽は葛之葉雨彦だけのものになったのだ。



     よく懐いた猫のように気ままに雨彦の携帯電話を取り上げて擦り寄る想楽もいれば、猫の事情など知らずに腹に顔を埋める飼い主のように想楽を抱きしめる雨彦もいる。
     渾々と湯を湛える檜風呂で戯れのように交わったときはのぼせた雨彦の方が先に音を上げた。
     板張りの広縁に打ち上げられた魚ように横たわる雨彦に膝を貸しながら持ち込んだ本を読む想楽は、開きもしなかった観光冊子を団扇代わりに雨彦を扇ぎながら、一緒に暮らしたらこんな風なのかな、と考えた時に襲われた胸を擽る甘やかな感覚に堪えきれずくすくすと笑った。


     雨彦の顔の赤みがひいた頃、夕食を持ってきてくれたようで襖の向こうで雨彦が一言二言、中居と言葉を交わしていた。食事を置いて中居が帰るまでこの襖は決して開かない。
     自覚しているのかいないのか──結果的に自覚させてしまったが──今日の雨彦は自分だけの想楽が他の目に触れるのを言外に嫌がっているようだった。常にはあまり現れない雨彦の独占欲が嬉しく、想楽は多少の不自由はあるがこれはこれで悪くない、と期間限定の籠の鳥を甘受していた。
     甲斐甲斐しく夕食の準備をする雨彦に、食べさせたいー?と試すような目つきをする想楽に対し、食べているところが見たい、と言って座卓の向いに座る。
    「食べさせてほしかったのかい?」
    「ううん。だって雨彦さん、自分の一口で食べさせようとするでしょー?多くて食べ辛いんだよねー」


     夕食の後、こういうのはデザートでしょー?と誘われるままに想楽を貪った雨彦は、結局セックスしかしていないな、と失笑し、糸が切れるようにことんと眠ってしまった想楽の体を清めながら検分する。昼間に好きなだけ散らした所有痕は朝になれば消えてしまうほど薄くなっていたが、随分と熱心に食んでいた内腿の噛み跡はもう暫く残りそうだった。
     明日になれば腕の中から自由に羽ばたいていく想楽を想像し、共にあれることを幸せに思う一方、同時に湧き上がる明日になってほしくないという巫山戯た欲望を苦々しく噛み殺す。寝入った想楽を起こしてしまうのも厭わずきつく抱きしめるとその呼吸さえ自分のものにしようとするようにゆっくりと長く口付け目を閉じた。



     かけた覚えのないアラームの音で目が覚める。昨晩は情事の後、寝付いた記憶はおろか浴衣を着た記憶もないため、おそらく目の前の立派な胸板の持ち主が全てやってくれたのだろう。顔が見たいとまだ眠たげな目線を上げると雨彦も起きたばかりなのか、胸の中にしっかりと抱えた想楽の髪をひどく緩慢な仕草で梳きながら微睡んでいる。
     ゆるゆると動く雨彦の肩越しに、人目から隠すようにここへ来てから一度も開けられなかった障子から柔らかな陽光が透け、木の影がさらさらと想楽を誘うように揺れているのが見える。
     想楽はどうしても外が見たくなって重い腕を持ち上げ、身を捩るとするりと雨彦の腕の中から抜け出した。
    「北村、」
    「すぐ戻るよー」
     引き留めるように、くん、と浴衣の裾を引く雨彦の手を取って指先に軽く口付けると夜のうちにはだけてしまった浴衣を直してから好奇心のままに障子を開ける。
    「わー……満開だー」
     立派な桜の古木が溢れんばかりに花をつけ風に揺れていた。窓際まで伸びた桜に手を伸ばそうと薄い硝子戸を開けて身を乗り出したとき、強い力で後ろに引き戻された。
    「外に誰もいないよー。これもダメですかー?」
    「駄目だ。今はまだ俺以外に触れようとしないでくれ」
     髪に付いた花弁をぞんざいに払いながら想楽を隠すように抱き込み桜を睨めつける。胸に抱かれた想楽からは見えないが雨彦は古木に向かって何かを呟くように唇を僅かに動かすとそのまま硝子戸と障子をぴしゃりと閉める。
    「ふふ……わがまま」
    「ああ、お前さんが教えたんだ」
    「もー、本当にわがままだねー!」
     そうころころと笑う想楽の瞳にはもう雨彦しか映っていなかった。
     借り物の鳥籠が解けてしまうまであと2時間。帰りがけに花見団子を食べるまであと3時間。事務所へのお土産を買うまであと──
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