御堂筋くんにいえないこと 御堂筋くんと付き合い始めて、もう十一ヶ月。僕には御堂筋くんにどうしても言えないことがある。
大学の練習終わり、次の日が休みの時などは決まって、どちらかの家に行き、そこで夕食を食べる。夕食はお弁当を買ってきたり、お惣菜だけ買ってきて炊いてあったご飯を食べたり、その場で簡単なものを作ったりと色々だ。今夜は御堂筋がカレーを作るというので、坂道が御堂筋の家に行くことになった。自宅に帰って一度自転車を置いてから、徒歩で御堂筋の家へと向かう。二人の家の間は歩いて十分ほど。すごく近くはないが遠くもない。
日が暮れて、街灯がついた通りにはひとけがなく、秋の虫が鳴いている声がよく聞こえてきた。ここら辺は少し離れると田んぼも多いので、秋になると夜は賑やかになる。
御堂筋の家に着いて、チャイムを鳴らすとエプロン姿の御堂筋が顔を出した。
「おぅ」
「お邪魔します」
開けてもらった玄関から入ると家の中にはカレーの匂いが立ち込めていて、急にお腹がぐーぐーといいだす。
「いい匂いだね」
「カレーやからね」
キッチンのコンロの前に戻る御堂筋に着いて行ったら「手ぇ洗ってきぃや」と追い出されたので、洗面所で念入りに手を洗って戻る。と、すでに御堂筋が湯気の立ったカレーを器によそってくれているところだった。
「僕、今日は結構食べられるよ」
「そうか」
今日は山での練習が長かったのでお腹が減っていると自信を持って言うが、御堂筋は半信半疑といった様子でカレーはいつもの量しかよそられない。
「足らへんかったら、お代わりしぃ」
「食べられるのに」
「そんなん言うて残したらバチが当たるよ」
普段から御堂筋は食事に関する坂道の言葉を信じてくれないところがある。特に坂道が自信満々な時は要注意や、とよく言われてしまう。
二人でカレーのよそられた皿を運び、リビングの座卓の前に腰を下ろして、手を合わせる。
「いただきます」
「いただきます」
しばし、二人は無言でカレーを食べる。御堂筋のカレーはいつも美味しい。坂道が作るとどうしても味がぼやけたり、何か足りない気がしたりとうまく決まらないのだが、御堂筋のカレーはしっかりと定まった御堂筋のカレーという味がして美味しい。
「僕、御堂筋くんのカレーが好きだな。これなら毎日でもいいよ」
「そうか。ボクゥは嫌やな。毎日カレーなんて飽きるわ」
「カレーは、カレーうどんにも出来るよ」
「そやな。明日はそうする」
御堂筋と付き合い始めてから、もうすぐ一年も経つ。さすがに最初の時のように始終ドキドキはしなくなったが、それでも御堂筋と一緒にいる時の空気が坂道は好きだった。
「明日は練習は何時からだっけ?」
「いつもボクゥに聞くなぁ。ボクゥがおらんかったら、キミィどうするん?」
眉を上げてそんな文句を言いながらも、九時からやね、とスマホを確認して教えてくれる。
「じゃあ、今日は泊まって行っていい?」
「好きにせぇ」
次の日の練習が早い時には、夜更かしすると困るのでそれぞれ自宅に帰ることにしているが九時ならいつもより少し朝に余裕がある。
「じゃあ、そうするね」
食後の片付けは坂道がやって、その間に御堂筋は取り込んだ洗濯物を畳んだり、風呂の支度をしたりしてくれる。
「ボクゥは帰ってすぐにシャワーしたから、キミィが先に入り」
そう勧めて貰ったので、お言葉に甘えて先にお風呂を貰う。ほかほかになって出てきたところで、入れ違いで御堂筋が風呂に行ったので、坂道は冷蔵庫から取り出した冷たいペットボトルの水を空にした後に、押し入れから布団を出してリビングに敷いた。
御堂筋の家には、布団は一組しかないが上掛けが二枚あるので、いつも泊まる際には敷布団は分け合って、上掛けはそれぞれにかけて寝ている。
布団の上で寝転がってスマホを見ていたら、御堂筋が戻ってきて寝転がる坂道の横に腰を下ろした。
「ちょっと退いて」
寝返りを打って、御堂筋のために場所を開けると御堂筋はタオルで髪を拭きながら寝転がる坂道を見下ろした。
「ちゃんと髪乾かしたんか?」
そう髪に触れられて、まだ濡れた髪に嫌な顔をされる。
「僕は短いから」
「また朝、寝癖がひどいことになるよ」
御堂筋がタオルで髪を乾かしながら、撫でるように坂道の髪を触るので、なんだか心の奥がソワソワする。
「ねぇ、御堂筋くん」
「なに?」
「うーん……と、さ」
「なんやの、はっきり言い」
御堂筋の顔を見上げるがやはり言いづらい。
「……うん、いいや」
諦めてスマホに顔を戻すと、御堂筋が不審がるように片眉を上げたのが分かった。
「あのさ、今度、一緒に映画に行かない?」
「また特典目当てか」
「何度観てもいいものはいいんだよ」
「暇な時に、な」
御堂筋についぞ暇な時などないが、そう言って自分のために時間を作ってくれるのを坂道はよく知っている。
「寝るか」
「うん」
坂道がいつもの布団のポジションに収まったのを見て、御堂筋が明かりを消した。二人だと狭い敷布団の上に、二人並んで横になる。自然に自分の身体が御堂筋の身体に触れる。触れたところだけじんわり熱くなるような不思議な感覚があって、それを追っていたらなんだかドキドキとしてきた。暗くて顔も見えないし、坂道は言うなら今しかないと口を開いた。
「御堂筋くん、ぼくたち、えっちなことしないの?」
静かな部屋の中で、やけに大きく自分の声が響いてなんだかびっくりしてしまう。隣の御堂筋の身体が一瞬で固くなったような気がした。しばらく沈黙があって、こんなこと言わなきゃ良かったかな、と坂道が後悔し始めた頃に返事がきた。
「……せぇへん」
「なんで?」
「……ボクゥたち、まだ学生やからな」
「学生だとダメなの?」
「まだ責任が持てんからな」
「じゃあ、社会人になったらするの?」
「……大人はしたなったらするやろ」
大人でなくともしたい人はしている気がするが、こう言う時の御堂筋が頑固なことはよく知っている。坂道は「そうかぁ……」と少し残念に思いながら、それでも御堂筋の気持ちを聞けて良かったなと思う。
「じゃあ、大人になったらだね」
「……そうやね」
暗闇の中、手探りで御堂筋の手を探して握る。御堂筋は少し驚いたようにビクッとした後、それでも重ねられた手を握り返してくれた。
「おやすみ、御堂筋くん」
「おやすみ」
坂道がゆっくりと目を閉じると、握った手を伝わって、御堂筋の心臓の音がゆっくりと聞こえて来るような気がした。