君の考えていること 趙はポーカーフェイスがうまいやつだが付き合いが長くなるとそんな動かない表情の中でも分かってくることがある。
今日は久しぶりに趙も春日も何もない休日で、仲間たちも時間があると言うので、皆でサバイバーに集まって昼から飲んで歌っている。春日としては、せっかく二人ともが揃って休みには、出来れば趙と二人っきりで家でのんびりしっぽり……と思わなくもなかったが、仲間達と楽しそうにしている趙を見ているとこれはこれで良いかという気がしてくる。
二人っきりの際の、恋人の顔をしている趙も好きだが、仲間といる普段の趙のことを少し離れて見ているのも、春日は好きだった。
「なぁに、趙見て、ニヤニヤしてんだ」
カウンターに座って、離れたテーブル席で足立やハン、紗栄子と飲んでいる趙を見ていたら、トイレから帰ってきたナンバがこちらの顔を見て眉をひそめた。
「いやぁ、趙ってさ、普段はポーカーフェイスなんだけどよぉ。見てっと、段々と何考えてるのか分かってくんだよな」
「えー、そうかぁ?」
首を捻るナンバに再び、趙に視線を向ける。今の趙は顔は笑っているが内心は少し困ったような顔をしてる。この距離では分からないが向かい合っている足立に揶揄われたり、絡まれたりしているのかもしれない。
「今はちょっと困ってるな」
「困ってる? 俺にはいつもと同じに見えるけどな」
「そこは俺と趙の仲だからな」
ふふん、と自慢げにいうとナンバが眉を上げて趙たちの方に声をかけた。
「おーい、趙ぉ。お前、今、困ってんのか」
ナンバの言葉に趙と足立がこちらを向いた。
「困ってるよぉ。ちょっと、春日くん、足立さんどうにかしてよぉ」
「どうにかしてってなんだよ。俺はお前のためを思ってだな」
足立の説教が再び始まった様子に笑って、春日は「足立さん、飛ばしすぎだって」と立ち上がっていき、さりげなく足立をカウンター席に引っ張ってきた。足立の肩を掴みながら、ナンバに「ほらな」と顔を向けるとナンバはまだ納得がいかないと言う顔をしている。
「たまたまだろ」
「ちげえよ。俺には分かるんだって」
「なんだ? なんの話だ?」
赤ら顔を春日に向けて、足立も会話に加わってくる。
「一番がよぉ、趙が何考えてんのか読めるようになったっていうんだよ」
「はぁ? あんだよ、春日ぁ、惚気かぁ? 一人もん相手に惚気てくるとはいい度胸じゃねぇか」
「別に惚気てるわけじゃねぇよ」
否定はするものの、確かにその節がなかった訳ではない気がするので分が悪い。
「よしっ、じゃあ、今は? 何考えてる顔だ?」
再び、ナンバが言って、趙の方へと目を向けた。趙は、今はハンや紗栄子と一緒に笑い合ってる。その笑顔は、自分といる時ともまた違う気やすさで楽しそうで……。
「可愛いな」
思わず、口にすると双方向からほぼ同時に叩かれる。
「んなこと聞いてねぇよ」
「惚気んなっ」
「いてぇな。叩くなよ」
足立とナンバのツッコミは、洒落にならずに痛いところがある。それに抗議してやいやいとしていたら、いつの間にかグラスを手にした趙がそばに来ていた。
「なぁに、揉めてんの?」
「おっ、趙。聞いてくれよ、春日がよぉ」
「あ、足立さんっ」
んなこと、本人に言うなよっ、と足立の言葉を留めようと声を上げるがそれを引き継ぐようにナンバが趙にバラした。
「一番は、趙の顔を見るだけで何考えてるのか分かるんだってよ」
ナンバの言葉に趙の視線がこちらを向く。面白そうにサングラスの奥の目が細められた。
「へぇ〜。春日くん、俺の考えてること、分かっちゃうんだ」
少し意地悪い顔をして笑う趙の顔は怖い。でも、悲しいかな、そんな顔も好きだと思う。
「よしっ、じゃあ、本人もいるとこで改めて検証しようぜ」
「そうだな。趙も協力してくれ」
「いいよぉ。面白そうだね」
乗り気な趙に少し身を引きながらも、春日は「よしっ」と覚悟を決めて身を正した。
「やってやる」
「じゃあ、趙。何か適当なこと考えててくれ」
「はーい。うーん、そうだねぇ」
足立の声かけに、趙が少し考えるような素振りを見せながらも何やら思いついたようで、「いいよ」とこちらに微笑んで見せた。
「いいか、一番。お前が言い出したんだぞ。しっかり当てろよな」
「お、おう」
「さぁ、春日くん、俺は今、何を考えているでしょうか?」
じっと趙の顔を見つめると、趙も春日の目を覗き込むようにこちらに視線を向けてくる。お互いに見つめあって、数秒。趙の目の奥に二人っきりの時に見える見慣れた色を見つけて、どきりとする。
えっ、ま、まさか。
動揺しながら、さらに眺めていると趙が頬を緩めて緩く笑うのでたまらなくなって、春日は趙の腕をとった。
「ね、眠いだろ、お前っ! ここんとこ、忙しくて、睡眠不足だって言ってたもんな。よしっ、帰るぞ」
一息でそれだけ言って、その腕を掴んだまま椅子から降りて扉に向かう。
「お、おいっ」
「逃げんのか、一番っ」
不満そうな足立とナンバに背を向けながら、春日は趙の腕を引いて、足早に店を後にした。
「春日くん、いきなり、何? 俺、全然、眠くないよぉ」
二人っきりになったところで、春日の腕をとりながら楽しそうに言う趙を振り返る。
「お前、皆のいるところで、あ、あんな顔すんよな」
「あはっ、俺が何を考えてたか分かった?」
「分かるだろ」
改めて見る趙の顔は少し紅潮して、その目には先ほどよりもまざまざと欲が現れている。春日がいつも見つめられるとたまらなくなる顔だ。そんな趙に今すぐにでも貪りつきたくなって、家までの道がいつもより遠い。
「せっかくのお休みだしね。俺ぇ、春日くんと二人っきりでいちゃいちゃしたいなぁと思ってたんだよね」
そんな風に可愛く呟かれたらたまらなくて、春日は掴んでいた腕を離して、このまま趙の指を取り、手を繋いだ。
「……早く帰るぞ」
「うん」
握り返された趙の手に、二人の休日が改めて始まる気配がして、覗き込んできた趙に「だらしねぇ顔」と言われながらも、春日は頬を緩めるのだった。