荒れた唇「春日くん、唇、切れてるよ」
サバイバーの二階。今日は趙と春日の二人しかいない。コンビニで調達してきたつまみをあてに二人で飲んでいたら、段々とそういった雰囲気になって、どちらともなく顔を寄せ合い、キスが始まった。その途中で趙が何かに気づいたように少し顔を離して、春日の唇へと視線を落として言ったのだ。
「えっ? ああ。ホントだ。血が出てんな」
唇に触れた指が赤く染まる。触れた唇の表面はガサガサで、改めてこんな唇で趙に触れていたのかと思うと少し恥ずかしい心地がする。
「最近、寒くなって乾燥してきたからね。痛い?」
趙の指が春日の唇を撫でる。まだ至近距離にいるので、先ほどのキスの続きをしたいところだが、自分の血だらけのガサガサの唇を知ってしまうとさすがにそれは躊躇われた。
「言われたら痛い気がしてきたな」
「俺が使ったのでも良ければ、リップクリーム使う?」
「持ってんのか?」
「あるよ」
立ち上がって、趙は昼間着ていたジャケットのポケットを探って、元の位置に戻ってきた。
「はい」
渡してくれるのかと思ったら、そのまま蓋を取って春日の方に向けられる。
「塗ってあげるよ」
「お、おう」
顎を取られて、そのまま趙が春日の唇にリップを落とす。こんな風に誰かに唇に何かを塗られることなど初めての経験で、どうしていたらいいか分からない。真剣にリップを塗ってくれている趙を目の前に、視線をうろうろとさせていると「終わったよ」とリップが唇から離れた。
「ありがとよ」
「いえいえ」
趙の顔が近づいてきて、リップが塗られたばかりの春日の唇に、その唇が触れる。ぬるっと二人の唇の間に普段はないぬめるものがあって、変に興奮を煽られる。そのまま、角度を変えて何度も唇をつけていたらたまらなくなってきて、春日は畳の上に趙の身体を押し倒した。
「この季節になるといつもだよね」
趙にそう言われて、春日はそれを初めて指摘された趙と出会った年の秋を思い出していた。
確かにこの時期になると毎年、春日の唇はがさがさになって、放っておくと血が出るほどになる。それでも最近では、冬になるとリップクリームとやらを買って自分でもせっせと塗っているのだが、冬を越えて乾燥がなくなるとすっかり忘れてしまって、またこの時期になると荒れた唇をキスの際に、趙に指摘されることになる。
今日は、二人で暮らす家に帰ってきて、玄関先でしたキスの途中でだった。
「なんかもう最近では、春日くんの唇が荒れてくると秋が来たなぁと思うよ」
毎年、毎年指摘されて、それでも自分ではなかなか気が付かずにいるのだから、側にいて気づいてくれる趙の存在がありがたい。
「もう、紅葉みてぇなもんだな」
開き直ってそう笑うと趙も呆れたような顔をしながらも笑ってくれたので、キスの続きをしようと腰を引き寄せようとしたら、その腕からは逃げられた。
「そんなガサガサの唇で俺にキスをしようなんて百万年早いよ」
いつまで経っても愛おしいご主人様から待ての声をかけられて、春日は慌てて、洗面所に使いかけのリップクリームを探しに走るのだった。