星よりあなたへ 守るべきルールがある。それはなんだって構わない、どれだって構わない…守らないといけないルールを守っていれば、何かを迫られることは無いからだ。
だからほら、今だってそう。怒りをにじませる子供をみながら、丹恒はその小さな背中を額縁の外へと追い出した。
◇◇◇
天才画家、応星の作品の中には忘れられた肖像画という作品がある。彼を代表する黒い髪の麗人…とはまた違う雰囲気の、黒い髪の幼さがある青年の絵画だ。癖の着いた短髪ながらも、彼の技巧を思わせる艶やかな黒髪はとても美しい。
その絵画は瞳を閉じている…何かをこらえるような表情は、笑っているようにも泣いているようにも見える。背景は今までとは違い、星空であり、この絵画だけは発見が遅かったこともあり本当に彼の絵なのかと、評論家達から疑われたこともあった。
…結果から言うと、この絵画は応星が比較的後期に描いた絵であると太鼓判が押された。応星の作品の管理者である家の人間たちが…というよりは、その家の子供の1人がその証明を一人で成した。子供はそのままその絵を美術館には展示させず、個人蔵へとしまっていたらしい。
……そこまでの作品だと、確かに男…丹楓は頷いた。悲哀さを感じさせながらも、確かな決意を感じる雰囲気があって、なるほどコレは美しいと1人頷く。
他の「丹楓に似ている」と言われる黒髪の人物像とは、明らかに雰囲気が違う。それどころか、応星の作品とも違うような気すらして…あぁそれは違うんだと頭を振った。丹楓がここにいるのは、自分に似ているという作品を見る為だった。けれどそれよりも心を惹かれたのは、この忘れられた肖像画だった。
「…まぁ、それにここだけ人がガランとしているからな…」
一応目玉のひとつであるはずなのに、この絵画の周りだけはガラン…としていた。少し離れたところには、応星の未完と謳われる顔のない代表作が飾られ、その周りは不愉快になるほど人が溢れかえっている。
「この絵が気になるのか?」
「…え?あぁ、まぁ…そうだな」
「そりゃあいい!おーい刃!お前のお姫さんに興味持ってるゲストがいるぞ!」
「こ、声が大きい…!!」
ここは美術館だ。だというのにそんな大声を出すなんて…と思ったが、周囲のスタッフ達は皆見て見ぬふりをしていた。白髪の男がこっちこっちと誰かを手招き…独特な藍色の髪の男が難しい顔でこちらに来た。
カラカラと笑う快活そうな白髪の男と、ジトッと此方を睨む藍色の髪の男。一体なんなんだ?とひとり混乱していると、白髪の男が言っていた言葉が脳裏をよぎる─お前のお姫さんに興味…──…もしかして、と彼らが揃いで首からぶら下げている名札を見た。
「……管理している家のもの達だったのか」
「ん?あぁ、そうそう。俺は作品の保全とか修復してて、コイツは真贋鑑定をやってるんだ」
相変わらず不機嫌そうな顔の男を見る─…もしかしなくても、刃と呼ばれていたこの男、この絵が応星作であると証明した子供…が成長した人物なのだろうか。だとすればお姫さん発言にも納得してしまう、今日までこの絵を一度も外に出さなかったのだから。
「そうか…ならひとつ聞きたいことがある」
「ん?なんだ?」
「余は応星作の黒髪の──」
「「似ている」」
ぴたりと、音が重なる。2人は全く同じ顔、全く同じ声で、答えを返してきた。そのまま同時に、色違いの髪がさらりと流れ動いた。
「お前はよく似てるよ。今までも言われなかったか?」
「あるから確かめに来たのだが…」
なんなら勝手にSNSにも載せられたし、友人たちからの笑いの種にもされている。
「…今すぐ帰れ」
「いやまだ全部みてないのだが」
「いいから、はやく、帰れ」
刃が苛立った様に丹楓の腕をつかもうとして、白髪の男がそれを遮った。「ダメだろ?」と窘めながら、刃の手を下げさせる。不愉快そうに歪んだ顔を一瞥もせず、丹楓へと快活に笑いかけた。
「よかったら俺達が案内してやろうか?そこらの音声ガイドより詳しく解説してやれるぜ」
「ふむ…」
未だにこちらを睨みつけている刃の視線は落ち着かないが、音声ガイドよりも詳しく解説してくれるという言葉に心惹かれる。それに自分によく似た絵が大量に飾られている美術館を一人で歩くのは、些か気恥ずかしかったので都合がいいかもしれない。
「わかった、よろしく頼む」
「!宜しく、そうだ…お前さんの名前は?」
「丹楓だ」
「たんふう、…よろしくな!」
ニカリと男が笑う。不安感を伴う違和感が胸中に滲み始め、なにかおかしなことが起こっているのではないかと、身体中に刺さる視線が落ち着かなくて丹楓はそろりと当たりを伺った。
不安感は依然あるものの、2人の解説はそれはそれは丁寧且つ素晴らしいものだった。何より意外だったのは、刃もきちんと解説に加わってくれたことである。白髪の男が率先して解説する中、刃はそれに付け足すようにぽつりぽつりと言葉を零す。質問すればそれぞれから答えが返ってきて、確かにコレは音声ガイドより詳しい解説だと納得せざるを得なかった。
「ん…?これは応星の自画像か?」
「いや、自画像では無い…これは応星の知り合いの画家が描いたという肖像画だ」
刃から即座に返ってきた答えに相槌をかえして、なんだか見覚えのある姿に「あれ?」と丹楓は首を傾げた。
白い髪に紫の目、どこか憂いを帯びたような目…どこで見たのだったかと、丹楓は首を傾げて隣を見上げ──「あ」と答えを指さした。
「其方、酷似しすぎではないか?」
「よく言われるさ…俺とお前で関係性が成り立つな」
「はぁ?あぁ…絵画と画家と言うことか?」
「そうそう…意外と長い付き合いになるかもな?」
「…」
作品扱いされてる?と思わず刃の方を