腐食の魔女3 白砂の国の港町。その住宅街の隅で夜にひっそりと看板を掲げる喫茶店がある。
営業日は満月から下限の月までの毎晩と雨の夜だけ。入口を開けるとショケースに数種類のケーキが並べられ、飲み物は紅茶とハーブティーのみ。コーヒーは眠れなくなるからと置いていない。
黒縁メガネをかけた緑髪の青年がマスターで穏やかに客を迎え入れる。オーダーを取る以外積極的に話しかけることはなく、食器や茶器を手入れして過ごしている。日替わりのケーキはどれも絶品でマスターが勧めるお茶と合わせれば、口の中に広がる甘みと一緒に疲労まで融けていきそうだ。仕事や学業に疲れた人たちがふらりとやってきては帰っていく、一本の蝋燭の上で揺らめくあかりのような店。マスターが魔法使いであることを知るのは、一握りの人魚たちのみである。
6803