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    askw0108

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    askw0108

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    御伽噺風ジェイトレ二話目

    腐食の魔女2「ビジネスの話だっけ? 久しぶりの来客だと招き入れてみれば、随分面白いことを言うな」
    「褒めて頂けて光栄です」
    「別に褒めていないよ。物好きがいるものだと驚いたのさ」
     トレイはワンドを一振りして紅茶の準備を始める。キャビネットの扉が開いてティーカップやソーサーがふわふわと飛んでくる。キッチンからケトルもやってきて、茶器が勝手にお茶の準備を始める。家の主人は椅子に座って出来上がりを待つばかりだ。
    「さあ、どうぞ」
    「いただきます」
     ジェイドは質素なカップに注がれたローズヒップティーを口に含む。向かい側に座ったトレイもカップに口を付け、ふっと息を吐いた。
    「それで、用件は?」
    「お会いできたのも何かの縁です。カップが空になるまで雑談でもいたしませんか」
    「君は雑談という名目の情報収集でいつまでもカップを空にしないタイプだろ」
    「おや、よくお分かりになりましたね」
     ジェイドが親しみを込めた笑顔を向ける。トレイは露骨に嫌そうな顔をするとワンドをジェイドのカップに向けた。
    「自主的に飲み干さないのなら、こちらで干上がらせることも出来る」
    「争いに来たわけじゃありません。すぐに本題に入りますから、物騒なものは下げていただけませんか」
     本物の魔法使いならばワンドを使わずとも、ジェイドとたたき出す手段はある。

     魔法使い、あるいは魔女はあらゆる種族の中から一握りだけ生まれてくる特別な存在だ。幼いころから少しずつ魔法を使えるようになり、一定の年齢になると体の成長が止まり長い時を生きる。人間や獣人などの短命の種族の中では異質な存在と恐れられることが多く、妖精や人魚など長命な種族ほど魔法使いに友好的だ。
    「僕たちは白砂の国のとある港でレストランを開くことにしたのです」
    「レストラン? 俺になんの関係があるんだ?」
    「そう急かさないでください。白砂の国で僕達人魚が初めて開くレストランなんです。故郷から仕入れる新鮮な魚介類を使った料理をメインにして季節のドリンクやデザートを提供する予定です」
     トレイが腕を組み、目で続きを促した。人間と人魚では後者の方がまだ話を聞く価値がある。
    「トレイさんが作る加工食品を買い取りたいのです。季節のデザートメニューのレシピ開発もお願い出来ればなお良いです。考案費用は先払い。ああ、レシピを採用した場合のロイヤリティをお支払いしますので安心してください」
    「……は?」
     国中に黄金をバラまけだとか、敵軍を雷で打ち殺して欲しいなど荒唐無稽な要求を散々されてきたが、ジャムを売ってくれ、レシピを考えてくれという願いは初めてだった。
    「これは僕の幼馴染の感想ですが、行商人から金貨を巻き上げ、国庫を潤すほどおいしいジャムを作るなんて商売になり過ぎると、そろばんを弾いてはため息をついておりました」
    「斬新な着眼点だな」
     斬新過ぎて頭が痛くなってきた。トレイは眉間を揉んでため息を吐く。
    「黄金の薔薇の御伽噺は知っているだろう。君の幼馴染はジャムで国を滅ぼした人間を招き入れたいとは……よほど無策か勇気があるのか」
    「彼、アズールにあるのは打算と商魂だけですよ。どちらも途方もない努力に裏打ちされたものです。念のため言っておきますと彼は金の亡者ではありません。売り上げはパフィーマンスの評価指数ですし、ため込むより循環させて経済成長させることに喜びを感じる性格です」
    「はあ……じゃあ君は御伽噺で聞いたジャムの作り手を探して山奥まで登ってきたのか」
     二本の足を生やして山登りとはとんでもない人魚だ。ジェイドはニコニコ笑いながら言った。
    「御伽噺について黒鱗の魔法使いに聞きましたら、あれは三つ葉の魔法使いのことだろうと教えてくれたのです。あとは黄金の薔薇の国があった場所に目星をつけて、変身薬を飲んで野を越え山を越え……ああ、登山は楽しいですね。すっかり趣味になりました。本人にお会いできて光栄です」
    「あの人は余計なことを……」
     昔氷菓を作ったらとても喜んだ古い知り合いの名前を出されては納得するしかない。
    「三つ葉の魔法使いを招くにあたって、あなたを見定めるようアズールから言われています。僕の見立てではあなたはビジネスパートナーとして可もなく不可もなく、予想通りのパフォーマンスを発揮するでしょう」
     よく口の回る人魚だ。トレイはティーカップの中身をセンブリ茶に替えようか悩んだが、苦みで止まるとは思えない。
    「ふふ、取引先の信頼性評価は必要でしょう? 金で言うことを聞く者は扱いやすくて助かりますが、正義を掲げる者は面倒です。新規事業には安心できる取引先でないと。腐食の魔女の御伽噺、あなたとのやり取り。少し調べた三つ葉の魔法使いの噂話から本質に目星をつけることは出来る」
     愛想よく笑いながら穏やかに語る声と逆に、話の雲行きが怪しくなってくる。ジェイドは礼儀正しく座りながら不躾にトレイの領域に踏み込んできた。
    「あなたは貧しい国に腹を立てたりしなかった。どうにかしようと奮闘する王とひたむきな民に好感を抱きこそすれ陥れるつもりはまったくなかったのでしょう? でも彼らは欲をかいて破滅の道を転がり落ちてしまった。陥れるつもりはなく好意はあっても、自壊するものを救う思いやりはない」
     ちろりと舌を見せてからジェイドがさらに踏み込む。
    「枯れずの赤薔薇はきっと――」
     ジェイドの右頬を銀色が掠めた。振り返ると壁に針が刺さっている。
    「ははっ、よく回る口だ。ちらちら見える牙が恐ろしいから縫い付けてしまおうか」
     冷ややかな声がジェイドに答えを教えてくれる。
    「やはり、それがトレイさんの傷ですね。僕の口は塞げてもあなたの古傷は治せませんよ……治すつもりはないのでしょう?」
     縫い付けられる危機に瀕する口を大きく開けてジェイドが笑う。礼儀正しさと愛想が消え失せで、ギラギラとした本質がむき出しになる。
    「あなたは罪悪感という鎖でつなぐことが出来る。首輪を取り付けてくれれば安心して招き入れることが出来ます。あなたが罪を償い、新しい罪を負える場所。モストロラウンジは最適な環境をお約束しますよ。三百年間自分が滅ぼした国を眺めてるだけの罰じゃ物足りないでしょう?」
    「面白い冗談じゃないか? 俺に首輪を付けるとは……人魚風情が本当に飼いならせると思っているのか?」
     トレイが意識を向けるだけでキッチンのカラトリーが飛んで来る。ジェイドを囲むようぐるりと取り巻き、切っ先を人魚に向けた。
    「首輪も鎖もこちらで用意しますが、嵌めるのはトレイさん自身ですよ。僕たちはあなたに住みやすい環境を提供するだけ。人間風情に飼われたことがあるのなら……人魚にも可能でしょう? それと人魚を食べるなら刺身が一番です。煮ても焼いても食えたものじゃありません」
     フォークがジェイドの左耳のピアスを揺らして床に刺さった。さりさり揺れるピアスの音が消えるまでにらみ合い、トレイはジェイドから視線を外し髪をかき上げた。
    「……はあ、もういい」
     人魚の肉を食べると不老不死になるなんて世迷言が人間の間で流行ったことがある。生憎トレイはありあまる寿命に辟易しているので全く興味がないが、煮ても焼いても生でもこの人魚は食えない。八つ裂きにしてもケラケラ笑ってトレイを不愉快な気分にさせるだろう。
     ジェイドはティーカップを持ち上げて一口啜った。
    「交渉成立ですね。準備が出来たら出発しましょう」
    「待て、君も付いてくるのか?」
    「当然です。人間の魔法使いたちは引っ越しの準備が早いと聞きました。ここでお茶を飲んで待っていますよ」
    「君を置いて逃げる可能性は?」
    「逃げませんよ。あなたはそういう性ですから。お茶のお代わりを頂けますか?」
     知った風な口を利く人魚は平然とティーポットを指さした。トレイは無言でティーポットを掴み雑にローズヒップティーを注ぐ。他人にお茶を注ぐのは本当に久しぶりだった。

     * * *

     枯れずの赤薔薇を見に行こうと思ったのは夕暮れの台地で素性を怪しまれるようになったからだ。年を取らないことを不審がられて住処を変えるのは魔法使いの宿命。人間だったトレイ・クローバーの名前はすっかり忘れられて三つ葉の魔法使いと名乗るのが当たり前になった。長命な種族から生まれた魔法使いでないかぎり、引っ越しを続けるほかない。
     特に人間は最近魔女狩りと称して戦争で疲弊した国々が戦争未亡人から金を巻き上げている。本物の魔法使いや魔女を捕まえられるはずがないのに、魔女が戦争を招くのだと声高に叫んで民の鬱憤を晴らす道具にする。 
     百を超えた頃から数えるのを辞めた荷造りをこなすと俺は枯れずの赤薔薇に向かった。

     赤薔薇はリドルが最後に残した常若の妖精郷と人の世界を隔てる境界線だ。時々様子を見て必要なら手入れをするのが俺の役目。久しぶりに来たら黄金の薔薇という新しい国が出来ていて、貧しい土地を耕しながら食うや食わずやの生活をしていた。
     国を追われた者たちが数百年のうちに集まった場所らしく、他の国にも行けず石ころばかり出てくる貧しい土地を耕して必死に生きていた。魔女狩りをする余力もない国だ。俺は魔法使いだと堂々と明かして、王が薔薇の境界線を越えないか確認に行った。あの境界線を越えたら人は生きられないし、妖精も安心して暮らせない。薔薇の管理人として当然のことをしたまでだ。

     貴重な卵を乗せたガレットを差し出す王はボロボロ泣きながら俺に助けを請うた。
    「魔女様、魔女様、お願いします。死ぬまでに一度でいいから腹いっぱい食べてみたいのです。サバトで悪魔の生贄にしても構いません。どうか一度だけ空腹を忘れさせてください」
     国一番のごちそうだと言う質素なガレットを王が邪悪の化身に差し出す様は情けなく、手負いの獣と変わらない。
    「叶うのなら小麦のパンを恵んでください」
     空腹を満たす喜び。おいしいものを口に入れた時の弾けるような幸せをよく知っている。イチゴのタルトをリドルは耳まで赤く染めて食べてくれた。俺はすべて台無しにしたせいで、リドルと別れることになってしまったけれど、彼の笑顔と感謝の言葉はずっと胸に留まったまま、いまも温もりを与えてくれる。
    「国一番のごちそうをありがとう。……あなたたちの願いを叶えよう」
     彼らにも小さな希望が必要だったと思ったのだ。些細な親切心が人の心を腐れせてしまうと分かっていたのに、今度は大丈夫だと楽観視して魔法を使った。

    「冬の間、赤薔薇を煮詰めて染料を作るんだ。白の薔薇を赤く塗れば、花弁は蜜に変わる。スミレと赤く塗った薔薇の花弁を煮詰めればジャムが出来る。春先に来る商人に売ればいくばくかの金貨を得られるはずだ。ただし薔薇の花はすべて摘み取らないように。あれは特別な薔薇だから花がなくなると良くないことが起こる」
     農閑期――冬の間スミレの花と薔薇の蜜から作ったジャムを作れるようにしたつもりだった。名ばかりの兵士たちは年中ジャムを作っていたが、大勢で作業が出来るのは畑の世話が終わってから。それだけで空腹に喘がず暮らせるだけの生活に必要な金は手に入る。
     小麦粉を買えるようになった彼らは涙を流しながらパンを食べた。スミレ畑の近くで暮らす俺にも時々パンを持ってきてくれたものだ。

     ありがとうと感謝する声がもっともっとと欲する声に変わったのはいくつかの冬を越えてからだった。
     もっとお金が欲しい、おいしいものが食べたい。貧しい土地を耕すよりも金になるジャムを作った方がいい。魔女様、不幸な私たちにお恵みください。もっと、もっと、もっと!!
     俺の家に来る人々は願いを口にするばかりで、パンを持ってきてくれることはなくなった。俺が何もしないと理解すると畑を放り出して一年中ジャムを作るようになった。枯れずの薔薇の花をすべて毟ってしまったら、結界がほころびてしまう。最初の忠告などすっかり忘れ去られてしまった。王に辞めるよう言ったが彼は睨み返してきただけだった。
    「恩知らずの魔女め。処刑されず生かされているのに、もっと役に立てないのか」
     俺に泣きながら縋った面影は消え失せ国庫の中身ばかり気にしている。腹が満たされて、布から服を仕立てて毎日平和に暮らせるようになった結果がこれなら……もう、いいじゃないか。
     いいじゃないか。この土地から人間がいなくなった方が薔薇の管理がはかどる。ひどい目にあえば誰もこの土地に住もうと思わなくなるだろう。
     良かれと思って手を出して、すべてを台無しにするのは俺の悪いくせだ。枯れずの薔薇の花がすべて摘み取られた朝、境目を踏みにじった人間が妖精の怒りを買った。一週間もかからず滅んだ国を見下ろしてふっとため息が出た。
    「ああ、すっきりした」
     リドルと失った時と同じ破壊しつくされた大地。薔薇の管理を任されたのに、悲劇を生まないように頼まれたに何度でも繰り返す。ワンドを振って薔薇に魔法をかけた。鮮やかな赤い花が人の命は刈尽くされた国の残骸に咲き誇る。
     命が失われても願いを踏みにじっても罪を背負い続けたい自分に反吐が出る。そして同じくらい最低な自分に安堵する。

     * * *

    「お茶のお代わりを頂けますか」
     トレイの前に座る人魚はティーカップを掲げてにこにこと笑っている。トレイはカップにトランプをかざして、トランプの中に収納した。ポットと二つのティーカップはクラブの三の模様に変わりカードケースに収納される。生活用品はすべてトランプに収納され、石造りの家はトランクにすっぽり収まった。トレイが引っ越しに掛けた時間は一時間程度だ。その間ジェイドは椅子を取り上げられ、外に放り出されても優雅にお茶を飲んでいた。
    「ティータイムはおしまいだ。出発するんだろう?」
     荷物をすべてトランクにしまいトレイはワンドを振るう。緑色の魔力が地面から吹き出してトレイとジェイドの身体を宙に浮かべた。
    「えっ……? ちょっと、これは」
     よたよた足を動かしバランスを取ろうとしたジェイドが盛大にこけた。
    「……ジェイド?」
     トレイに名前を呼ばれ、起き上がろうと四肢をバタバタさせるが、浜に打ち上げられた魚のごとく寝転んだまま起き上がれない。
    「ええと……どうにも座りが悪いので徒歩で向かいませんか?」
     青冷めた顔でジェイドがトレイを見上げる。彼の方がトレイより背が高いのだが、地に伏して(正確には数センチ宙に浮かんでいるが)トレイの足元に転がっている。
    「成程なぁ……うん、これはまあ」
     悪くない。いや楽しい。相手の弱点探しはかなり楽しい。トレイは初めてジェイドの趣味に同意した。
    「飛ばすぞ、ジェイド」
    「ええっ? まだ心の準備が……って、速いです! 速すぎます!!」
     ジェイドの悲鳴を聞き流しトレイは白砂の国向かって飛んだ。
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