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    askw0108

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    御伽噺風のジェイトレ

    腐食の魔女1「むかし、むかし、黄金の薔薇と呼ばれる国がありました。国の半分は石混じりの痩せた土地で、残りの半分はなだらかな丘に囲まれた豊かな土地が広がっていました。王様は豊かな丘を耕して食べ物を作ろうとしましたが、丘には凶暴な狼に熊、それにドラゴンまで住んでいてとても手出し出来ません。獣たちは丘と石だらけの土地の境目に咲く枯れずの赤い薔薇の匂いを嫌っていたので民が襲われることはありませんでしたが、貧しい土地で細々と豆や蕎麦を育てるしかありませんでした。
     優しい王様は城から丘を眺めてはどうにかあの土地では小麦を育てられないか悩みました。ふかふかのパンをみんなで食べられるような国にしたいのですが、うまくいきません。石ころばかりで鉱石は取れず、大した作物も育ちません。家畜を飼うにもエサが足りず、細々と炭を売るくらいで金庫はいつもスカスカです。
     ある日お腹を空かせた魔女がやってきて、王様にパンを求めました。王様は眉を下げて言いました。『土地が貧しく小麦は育ちません。パンはありませんがガレットはいかがでしょう。今日は卵がありますから、真ん中に落として食べれば少しはお腹も膨らむでしょう』
     魔女は驚いて言いました。『薔薇の茂みの向こうに豊かな土地が広がっていましたよ。そこに畑を作らないのですか』
     王様は悲し気に目を伏せて魔女に国の苦境を語りました。
    『ああ、みんなにふかふかのパンを食べさせたい。毎日ジャムや卵をお腹いっぱい食べてぐっすり眠れるような生活が出来たらいいのに。私に出来る精一杯がこれです』
     王様はそば粉のガレットを魔女に渡しました。目玉焼きと刻んだカブのピクルスを乗せるのが国一番のごちそうです。魔女はガレットを食べ終えると涙をこぼす王様を慰めました。
    『国で一番のごちそうをありがとう。今まで食べたどんなものよりうれしかった。お礼にこの国で働かせてくれませんか』
    『どうにか飢えずに暮らすばかりの国です。パンもないのにいいのですか』
     しょんぼり小さくなる王様に魔女は笑いかけました。
    『構いません。みんなでパンを食べられるように私も働きたいのです』
     甘くて優しい蜜のような微笑みに王様の心は奪われてしまいました。

     魔女は城の塔から魔法をかけました。痩せた土地にスミレの花畑が現れ、枯れずの赤薔薇のいくつかが白薔薇になりました。
    『赤薔薇を煮詰めて染料を作りなさい。白の薔薇を赤く塗れば、花弁は蜜に変わります。スミレと赤く塗った薔薇の花弁を煮詰めればジャムが出来るでしょう』
     魔女は赤い宝石が輝く杖を振って大鍋を取り出すとまたたく間にスミレと薔薇のジャムを作りました。
    『これを他の国で売れば小麦を買えるだけのお金が稼げるでしょう。スミレの花畑は常若の魔法をかけたから畑仕事のない冬の間に沢山ジャムをつくれるはずです』
    『ありがとう、ありがとう!早速手の空いた者たちでジャムを作ります』
     王様は魔女の手を握って何度も頭を下げました。
    『私はスミレの花畑の近くに家を建て、森で薬草を取って暮らします』
     魔女は杖を一振りすると小さな石造りの家が出来上がりました。魔女は薬を作りながらスミレを摘む民を眺めるようになりました。

     王様と家来たちはジャムを作り味見をしておいしさに飛び上がりました。頬が落ちるほどおいしいジャムは行商人の間でたちまち有名になりました。冬の間たくさん作ったジャムで小麦粉を買い、ついにみんなでパンを食べることが出来たのです。ふかふかのパンにジャムを挟むと思わず笑みがこぼれます。スカスカだった金庫は金貨でいっぱいになり、たくさんの卵や肉、そして小麦粉を買えるようになりました。黄金の薔薇はとても豊かな国になりました。魔女はパンを食べる人々をニコニコ笑って見守っていました。

     いくつの春が過ぎたでしょう。王様は金庫をもっと金貨でいっぱいにしたいと思うようになりました。王様は魔女をすっかり好きになってしまって宝石やシルクのドレスを送りたかったのです。国の人々もジャムが沢山売れるので畑を耕すより毎日ジャムを作った方が良いと考えました。人々はクワを捨て毎日花摘みをするようになります。
     スミレの花びらを摘む人々を魔女は眺めていました。枯れずの薔薇を摘む家来と王様にも何も言いませんでした。そう、わざと黙っていたのです。

     ある日王様と家来がいつものように枯れずの薔薇を摘もうとすると、すっかり薔薇の花がなくなってしまいました。驚いた王様の家来たちが花を探していると、薔薇の香りがあるうちは近寄らなかった獣たちが襲い掛かってきました。王様と家来は獣に殺されてしまいました。丘の向こうから獣とドラゴンがやってきて黄金の薔薇の国はあっという間に滅んでしまいました。

     魔女は国が亡ぶ様子を家からずっと眺めていました。本当はパンを出せなかった王様に怒っていたのです。貧乏な王様のもてなしに怒った魔女はジャムの作り方を教えて、国を守っていた枯れずの薔薇から花をすべて取ってしまうよう仕向けました。優しい王様の国の民はすっかり魔女に騙されて黄金の薔薇の国を曇らせてしまいました。
    『ああ、すっきりした』
    一人残らずいなくなってしまうと、魔女はようやく家を出てどこかに消えていきました。黄金の薔薇を腐らせた魔女は腐食の魔女と恐れられ、どの国でも必ずパンを差し出せるよう備えるようになりました……おしまい」
     おさげ髪の少女がスカートの端を摘まんで礼をする。ジェイドは拍手をして硬貨をいくつか彼女に渡した。
    「素敵なお話をありがとうございました。僕は遠くの国から来たので知らない御伽噺が聞けて嬉しいです」
    「ふふふ、私はこの村で二番目の語り部だからね。お兄さんはどこから来たの?」
    「ずっと遠くの北の海からですよ。冬は寒さが厳しく海に氷が流れてくるところです」
     ジェイドの話に少女は目を輝かせる。ジェイドは海を覆う流氷の話を聞かせると少女はすっかり夢中になった。
    「腐食の魔女のお話は面白いですね。なんだか王様が欲を出したのがいけない気がしますが」
    「魔女が悪だくみしていたのがいけないんだよ。優しい王様はすっかり騙されてかわいそう」
     打ち解けた少女はベンチに座って足を揺らしている。ジェイドは少しずつ顔を近づけた。
    「ふふ、物語の受け取り方は様々ですね」
    「うーん、魔女が悪いと思うけどな。そうそう、腐食の魔女は一年中スミレの咲く花畑の近くで暮らしているんだって。冬になっても花が咲いてるスミレ畑が……あっ、近づいちゃダメだってお母さんが言っていたよ」
    「親切にありがとうございます」
     ジェイドは真正面から少女の瞳を覗き込んだ。煙草の煙のようにゆらゆら震え響く声で彼女を包み込む。
    「常若のスミレ畑の場所を教えて頂けますか」
    「……うん」
     抑揚のない声で少女が場所を告げる。
    「あなたのお話、興味深かったですよ」
     ぼんやりする少女に挨拶をしてジェイドは立ち上がった。


     村を見下ろせる崖の近くにスミレの花が咲いている。凍える寒さを物ともせず、紫の花が絨毯のように広がっている様子は美しくもあり、不気味でもあった。ジェイドは花を潰さぬように花畑の端を歩く。うろの空いた樫の木の前で止まると、中を確認する。緑色の麻ひもで巻いた糸杉の枝。古いまじないにジェイドは目を細め、幹をドアのようにノックする。
    「こんにちは、腐食の魔女様はご在宅ですか」
     呼びかけと共に樫の木は霧のように消えて、石作りの小屋が現れる。建物を隠すまじないは呼びかけられれば解けてしまう。ジェイドはドアの向こうにもう一度声をかけた。
    「初めまして、腐食の魔女様。ジェイド・リーチと申します」
     懐中時計の秒針が半分ほど回ったころに返事があった。
    「……その呼び方は語弊があるな。俺は魔女じゃないし……パンひとつで腹を立てたことはないよ」
    「ええ、存じております。あの話は民の言い訳でしょう」
    「どこの誰かしらないが、首を突っ込んでくるじゃないか」
    「三つ葉の魔法使い。あなたとビジネスの話をしにきたんです」
     ジェイドの言葉にドアが少しだけ空いた。隙間から顔をのぞかせたのは緑の髪に蜜色の目をした年若い見た目の男だ。自分より少し背の低い魔女もとい魔法使いが猜疑心を隠さず見つめてくる。
    「……仰々しい名前は好きじゃない。呼ぶなら、トレイと呼んでくれ。少しだけなら話を聞こう」
    「ありがとうございます、トレイさん」
     わずかな隙間でもジェイドは入り込むことが出来る。ぬるりと中に入り込んだジェイドは行儀よく愛想よく振る舞う。トレイが使えるかしっかり見極めるよう商魂たくましい幼馴染から口を酸っぱくして言われている。ジェイドは仕事はきっちりこなすが、趣味と両立させるのが一番好きだ。
     黄金の国を腐らせた魔女。貧しい国をけなし、王の心を乱し、民を堕落に誘った悪人。諸悪の根源を押し付けられた魔法使いは魔女であることは否定したものの、国を滅ぼしたことは否定しなかった。彼の本質を知りたい。
    「少しだけお話させてください」
     あなたの中身を暴いたらすぐにでも帰ります、と心のなかで付け加えた。
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