目が覚めたらそこは異世界で同級生達と一緒に魔王討伐の旅をすることになりました。(3) 「なっ、何の音っ? 地震?」
下から突き上げるような揺れに思わず座り込む。
「スクルト(全体守備力強化呪文)!」
実くんが咄嗟に唱えてくれた呪文の効果で身体が薄い空気の膜で覆われる。
「ミノル先輩、スクルトは地震にはあんまり効果ないと思うんですけど」
一紀くんが笑いを噛み殺す。
「この子にだけスカラ(守備力強化呪文)唱えようとしたけど、カザマや氷室君にまでハンイ広げた俺の優しさをガン無視……」
転職して一昨日までの黒いローブの魔法使い姿から今は真っ白な法衣に身を包んだ実くんが唇を尖らせて、拗ねたように両手の指先を合わせる。
「いや、これ多分地震じゃない、イノリ構えろ、来るぞ」
玲太くんがわたしを後ろ手にかばう。
今日の鍛練の場所は、よりによって鬱蒼と木々が生い茂る、陽光が届きにくい森の奥の奥
「くそっ、ここは視界が悪すぎるな…美奈子、大丈夫だからな」
「氷室君、トバリは?」
「もう間に合わないです。ミノル先輩、美奈子先輩に何か呪文を…なっ、ドラゴン…!こんな場所で…ドラゴンなんて出るんだ」
「あいつデカイな…イケるか、イノリなにか策はあるか?」
「かなり分が悪いですね、こちらに気付かずに通りすぎてくれればいいけど」
「あの…ドラゴンの後ろに更にデカイのいますケド…あれってゴーレム…?」
実くんの指差した先に岩みたいな巨大なモンスターがいる。
地震かと思ったのは、巨大な彼らが地響きを立てながら歩く音だったんだ。
「良くて全滅、悪くても全滅…ドラゴンとゴーレムのパーティーなんて凶悪過ぎる、聞いたことない……仕方ない…僕が、囮になります。リョータ先輩とミノル先輩は美奈子先輩と一緒に隠れてっ」
「そんなのダメっ!絶対にダメー!」
飛び出そうとした一紀くんの装備装束の裾を思わず強く掴む。
その瞬間、わたしの髪飾りにはめ込まれた宝玉が光り出す。
気付かれちゃう──
「あれーっ、美奈子ちゃんだ」
実くんがゴーレムと呼んだ巨大なモンスターの左肩に…たんぽぽみたいな陽の光?
「えっ? 行くん?」
「ダーホン!?マジ?」
「わわ、ミーくんまで、え、リョウくんにノリくん?……ゴレムス、一旦降りるよ」
行くんの言葉を聞いたゴーレムが左手を出して膝を曲げる。左肩から左手に跳び移った行くんが、そこから更にジャンプする。
「イタタタ…ちょっと足首グネってなったよー、ミーくんホイミかけてホイミ」
「ホイミ(回復呪文)!……ぎゃっ、ちょっダーホン、腕に抱いてるソレなに?」
「あっ、この子はワムくん、ワームのワムくんだよ、ねね、可愛いでしょ? ミーくんホイミありがとう、そっかミーくんは僧侶かー、でリョウくんが戦士、ノリくんは、おっ、上級職だねレンジャーかー、頑張ったんだねー、エライエライ、今のがゴーレムのゴレムスくん、あっちはドラゴンのドランゴで、そっちは人面樹のメンジュくん、みーんなオレの仲間だよ、可愛いし、カッコいいでしょ?あ、もしかしてミーくん、ワムくんがダメとか?おっかしいなー、こんなに可愛いのに」
行くんが不思議そうな顔をする。
「ちょ、イク先輩待って、待ってください、情報量が多すぎて、ちょっと一旦整理させてくださ…」
一紀くんの言葉を最後まで聞く前に
「そだねー、そしたらちょっと移動しよっか、ルーラ(瞬間移動呪文)」
ひゅんッ
身体が浮き上がるような感覚に驚いた瞬間に、わたしたちは見晴らしの良い草原に、いた。
「えっと、本多…今のは?」
「うんうん、大人数で移動するの面倒だから、ルーラ唱えちゃった」
行くんはいつもの笑顔のままで、仲間のモンスター達に向き直り、
「んじゃオレちょっと友達と話あるから、みんなは遊んでていいよっ、ドランゴ威嚇だけ出したままにしててねー」
「がぅオー」
「威嚇?」
「そそ、威嚇。ドランゴが威嚇出してたら弱いモンスターは近付かないからね、まあ勘違いしちゃった子が時々近付いてくるんだけど、ゴレムスもいるし、わざわざオレが出ていくことはないからね」
「ちょ、ダーホンちょっと待って、色々聞きたいことあるんだけど」
「うんうん、いいよー。オレとワムくんの出会いはねー」
「いや、本多ちょっと待ってくれ、お前と愉快な仲間達の話はあとでゆっくり聞かせてもらうから」
「まずは行くんの職業から教えて貰ってもいい?」
「オレ? オレはね、魔物マスターなんだよ、へへっ、カッコいい?」
「うん、すごいと思う…魔物マスターになると、さっきのルーラとかも使えるの?」
「あ、違うよ、ルーラはね、魔法使いの能力、オレいいなって思う職業は片っ端から極めたからさ」
「魔法使いって、俺もこの間まで魔法使いだったんだけどっ、俺とダーホン何が違う」
「イク先輩は、何時からこの世界に来たんですか? 今までどんな職業を経験されたんですか?」
「わわ、ノリくんもミーくんもオレに興味津々だねー、んとねーここに来たのは三ヶ月くらい前かなー、ミーくんもルーラ使えるよ、あとで教えてあげ…」
「三ヶ月…僕たちとほぼ同時期…」
「そなんだ? みんなも三ヶ月前に来たんだ? 全然会わなかったねー」
「いや、俺たち、俺とカザマと美奈子は三日前にここに来て、初日に氷室君に合流出来たから良かったけど、ダーホンはずっと一人で?」
「そだよー、最初に戦ったのがさっきのドランゴで」
「さっ、最初の敵がドラゴン…」
全員の喉がゴクリとなった。
「ダーホンのエンカウント運悪すぎ…死ぬ」
「そだねー、オレも炎にまかれた時はさすがにヤバいかもーって思ったよ」
「そこからイク先輩が一体どうやって生き延びたのかとか…」
「でもなんか…聞きたいけど、少しだけ聞くのが怖い気がするね」
そう言ったわたしの頬に行くんがチュッと口付ける。
「ちょ、ダーホン」
「本多!おまえ…そこに直れ」
「なっ、に、やってるの、イク先輩」
「だって美奈子ちゃん不安そうだったから」
「あ、え、確かに、確かに不安だったんだけど…」
「うんうん、不安な時にふいにスキンシップされると一瞬思考が停止するよね、それと同じことをドランゴにもしたの、何でこの子は暴れてるんだろって考えて、何か不安だったり怖かったりするのかな、って。そしたら背中にどっかの冒険者の槍が刺さったままになっているのに気が付いてね、あー、これかーって、これが痛くて暴れてるんだ、って。でもドランゴ炎吐くし、どうにかして抜いてあげたいのに、だから動きを止めるために一か八かでジャンプしてチュッてね、動きが止まったところで、背中の槍を抜いてさ、たまたま近くに薬草生えてたから塗ってあげたの、それからずっとドランゴと一緒に旅してたんだ」
「行くんらしいね、うん、すごく行くんだ」
「でもそれにしても、三ヶ月でそんなにいくつもの職業を極めるなんて、一体どうやって」
「んとねー、まずは働き方改革かな、パーティー内でメンバーのシフティングして昼と夜交代制で戦えば寝ている間でもレベルアップ出来るし、しっかり休息を取ることで、QOLの向上も見込めるしね。あとはメタル系の敵がたくさん出るダンジョンで戦ったり」
「メタル系?」
「うんうん、メタルスライム、メタルホイミン、はぐれメタル、ドラゴメタル…この辺りを倒すとレベルアップが早いからね、はいはーい、んじゃ、今よりもーっと強くなりたい人ー?」
行くんの言葉に、三人が恥ずかしそうに、でもきっぱりと手を上げる…なんか可愛い、三人は魔物じゃないけど、行くんの手の平の上で転がされているみたい。
行くん魔物マスターで人間マスターなのかも。
「ちなみに、本多の今までの職業教えてくれるか」
「えー、覚えてるかな。んと、この世界に来た時は何も職業とか能力とかなくて、格好も制服だったしね」
「なる…。俺と一緒デスな。」
「イク先輩、丸腰でドラゴンと…」
「そそ、でもドランゴと友達になった瞬間に、羊飼いの職業が発現しました、って空に出てね。その日の夕方くらいかな、羊飼い+盗賊→魔物マスターと羊飼い+魔物使い→魔物マスターって出たから、どうせならどっちもやろっかなーって。あとはホイミ使いたかったからちょっとだけ僧侶やって、ルーラ使いたいからちょっとだけ魔法使いやって、せっかくだからどっちも極めてちょっとだけ賢者もやったんだけど、飽きちゃってさ、そんな時に道具使いって職業を知って、それ極めたら上級職の発明家になれるからって、そこも極めたんだ」
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羊飼い+盗賊→魔物マスター
羊飼い+魔物使い→魔物マスター
魔物使い+道具使い→インベンター(発明家)
道具使い+商人→インベンター(発明家)
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「ダーホン、マジリスペクトだわ」
「うんうん、ありがとー。ミーくんの法衣姿もカッコいいよ、でね、発明したアイテムが、じゃーん、これ、不思議な黒縁メガネ~、これね、ミーくんのこと考えながら作ったんだよ、ねね、かけてみて」
「ちょ、ダーホン、止めて、勢いが怖いって」
「大丈夫!きっと新たな世界が広がるよー、ねっ、ミーくん勇気を出して。んじゃ、こっちは脱がせちゃうよ?」
行くんが、実くんのメガネを外して、そっと不思議な黒縁メガネをかける。
一体どんなことが起こるんだろうら…行くんと実くん以外の三人の喉がゴクリとなった。
「何も…起きないな」
「ですね」
「えっと行くんこれって?」
「マジか、これ…」
実くんがすごく驚いているのが、震える声で伝わる。
「七ツ森、どうなってるんだ」
焦れた玲太くんが実くんに近付く。
「ぎゃっ、カザマあんまり近くに来んなって」
わたしたちの頭上にはてなが浮かんでいるのを察して、実くんが状況を説明してくれる。
「このメガネ、相手の事が分かる。近付けば近付くほど詳細な情報が出てくる。風真玲太、おとめ座、A型、職業:戦士Lv48、得意能力:やいばくだき、はやぶさ斬り、弱点:小波美奈子…」
「なっ」
「リョータ先輩…ふっ」
「わたし?」
「ちなみに氷室君は…」
「やっ、ミノル先輩やめましょう、そういうのナンセンスです。そんな仲間内でそんなセンシティブなこと本人の了解なく開示するなんて。まあ、リョータ先輩の場合メガネなくてもバレバレですしね。」
「んとねー、ノリくんの弱点は、わき腹と乳首だってー、なんか普通だね」
「なっ、んでイク先輩メガネかけてないのに」
「あ、そのメガネを改良してコンタクトにしたから、今オレも付けてるよ、んとねー美奈子ちゃんの弱点はねー、」
「ちょ、ダーホン」
「本多!言うな!」
「イク先輩ダメですっ」
「ウソウソ、リョウくんの弱点はオレが勝手にそう見えるようにプログラミングしただけで、ノリくんのはこうかな~ってカマかけてみた」
「あ、ホントだ、美奈子の弱点とかは見えてナイ」
「うんうん、人間相手は基本情報だけね、でもモンスター相手だと戦闘能力とか弱点分かるから便利だよ、ねね、そのメガネ、ミーくんにあげる、早速次の戦闘から付けて…」
「ダーホンごめんムリ、度が入ってないメガネだと危なくて一歩たりとも歩けない」
心底申し訳ないと言うように実くんの眉がへにょっと下がる。
「だーーー、しまったー!そうじゃん、ミーくん敵にベホイミ(中級回復呪文)とかかけちゃいそうじゃん。……んーと、じゃあさ、そのメガネはさ、美奈子ちゃんがつけてて、そんで敵の特徴とか弱点とか、オレ達に教えてよ」
「あのさ、美奈子…俺の弱点てのはさ」
「うん、分かってる。わたしなんだよね、でもそれは行くんがふざけてやっただけなんだよね?」
「リョータ先輩…ファイトでーす」
どうして一紀くんが玲太くんの肩を叩いてるんだろ?赤い顔をした玲太くんを不思議な気持ちで見ていたら、突然実くんがポンと手を打った。
「最初に会った時から、ダーホンはなんで俺たちの職業分かるんだろ、ってフシギだったの腑にオチたわ、コンタクトね、ふーん」
「そうですね、基本職のお二人はともかくレンジャーなんて職業固有装備もつけてないのに」
「ピポピポーン!大当たり!ところで、リョウくんもうすぐ戦士極まるね、次は何やるの?オレ一緒に戦うよ、ルーラでメタルダンジョン行く?」
「そだ、ダーホン。ルーラって」
「うんうん、最初だけトリガーが必要なんだよね、一回ヤっちゃえば、いつでもイケるから、オレがミーくんに教えてあげるよ」
□ □ □
「あー、今日はホント面白かったねー、リョウくんのあの顔」
「仕方ないだろ、魔法使いLv1なんだから」
「そもそも魔法使いは体力がない職業ですからね、それでもリョータ先輩は戦士の永遠能力あるから、まだいい方ですよ、本気の初職業が魔法使いだと、HP15とかだったりしますから。」
「カザマのおかげで何回も唱えたからザオラル(蘇生呪文)が得意呪文にナリマシタ」
「途中からミノル先輩毎ターンリョータ先輩にザオラル唱えるだけになってましたもんね」
「間に合わナイ時もありましたケドw」
「でもさー、あれはノリくんも悪いよ、オレが『ミーくんがリョウくんを生き返らせてからモンスターにトドメを』って言ってるのに、美奈子ちゃんが見てるからって自分で決めるし」
「結果カザマだけがレベルアップしないとか」
「おまえら…覚えてろよ」
学校では女の子達の憧れの的で、どちらかと言うと高嶺の花、遠巻きにチラチラ噂される玲太くんがこのメンバーだといじられキャラになっちゃうのが面白いな、と思いながら隣に腰を下ろす。
「玲太くん今日は本当にお疲れ様でした」
「いや、別に疲れてない、おまえこそ疲れたんじゃないか」
「ふふっ、やっぱり玲太くんは優しいね、最初にドランゴやゴレムスを見た時も玲太くんが一番に庇ってくれて嬉しかった」
「当たり前だろ」
頬を軽く掻く仕草は照れてる証拠
「肩をお揉みしましょうか、わ」
「わ?」
(いけないっ、若様はダメなんだった)
「肩をお揉みしましょうか、わたしが」
「じゃあ、その後俺も揉んでやる」
「ふふっ、お願いしちゃおっかなー」
「ぐすん…イチャイチャ…」
「まあ、今日はリョータ先輩すごく頑張ってましたからね」
「うんうん、多分明日にはミーくんもリョウくんも上級職に転職出来るね」
「それが、最初の課題デスな。そうすればもう少し魔王城の近くまで行けるようになるし」
「オレ昨日までは自分だけがこの世界に来ちゃったんだと思ってたし、戻りたいとか戻らなくちゃとかあんまり考えてなかったんだけど、今日みんなと会って、とにかく美奈子ちゃんには、こんな危ない世界にいて貰うわけにはいかないから、早くサッくんやコジロウ先生と合流して魔王討伐してみんなで帰ろう」
「夜ノ介先輩も探さないとお互い移動してるから手紙は届かないみたいだし。」
「ヤノくんの匂いの何かがあれば、飛べる子仲間にして探して貰えるんだけどなー、ノリくん何か持ってないの?」
「すみません、そういったものは何もないです」
「ねね、いつの間にか、ミーくん寝てるし、リョウくんも美奈子ちゃんも。」
「ですね、僕は上級職になってHPなんかのパラメータがすごくあがりましたから、反対に言えば基本職の体力って、ってことですよね」
「そだねー、三人とも今日はよく頑張りました、だね。オレたちも寝ようか、ノリくん」
「はい、ではおやすみなさい、あ、イク先輩、明日は東の方に行ってみませんか?」
「ほーい、いいよ。んじゃ、おやすみ~」
そんな会話が繰り広げられていたなんて、まったく気付かないまま、わたしはとっくに夢の中だった。
明日、明日こそ…会いたい……な…。
会えると、……いいな…。
……To Be Continued
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行くんの愉快な仲間達のあだ名と種族と特技
■ドランゴ:ドラゴン
火を吐く、しっぽを振り回す
■ゴレムス:ゴーレム
気合いため、岩石落とし
■ワムくん:ワーム
毒粘液、絡み付く糸を吐く
■メンジュくん:人面樹
回復の葉、癒しの踊り
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