目が覚めたらそこは異世界で同級生達と一緒に魔王討伐の旅をすることになりました。(1) 「美奈子っ、危ないっ」
背中側から聞き慣れた声、なのにその声はいつになく切羽詰まった様子に感じた。
思わず振り向くと、わたしの目の前で青くぷるぷるした物体が真っ二つに切り裂かれた。
ぴぎゃーと断末魔の叫びをあげて飛び散ったそれの粘着性のある体液がわたしの手や顔に付着する。
「うへぇ、これなに?ぬちゃぬちゃする…」
初めての感覚に戸惑うわたしの両脇から聞こえる声
「美奈子、大丈夫か?」
「ダイジョーブ?」
「あ、玲太くん、実くん──って、えええっ、玲太くん、その格好って」
さっきの青いぷるぷるを断ち切ってくれたのは、間違いなく玲太くんで、顔も声も間違うはずがない。
だけど、その格好は…鋼色に輝く鎧?盾?兜?そして剣?まるでRPGの世界の戦士みたいな格好だった。
「なる…。カザマの職業は戦士、美奈子は…?やたら布面積少なくて防御力心配になるよーなカッコ。」
実くんに言われて、改めて自分の格好に気付く。
え?何これ?アクアブルーの…羽みたいにふわふわの…下着?違う、キャミソールとスカート?でもトップスが短すぎておへそが、というより胸のすぐ下から肌が見えてるし、スカートもフロントがミニ丈になっているから、パレオを纏った水着姿くらい……海やプールでならともかくこんな草原の中道で一人だけ、こんな格好なのは困る、恥ずかしい。
「実くんは、制服のままなんだね?」
「なんか、そーっぽいですな。職業も能力も特に変化ナシ?」
「ここはどこ?どーして三人でここにいるの?わたし達これからどうなるのかな?元の世界に戻れるのかな?」
泣きそうな声を出してしまったわたしの頬を実くんが撫でてくれる。大きくて優しい手。
「おまえらっ、離れろっ、いや、離れるな、七ツ森、美奈子を頼む、一旦こいつら片付けるっ」
玲太くんが剣を振り下ろすと、さっきの青いぷるぷるが一気に三匹飛び散った。
青いぷるぷる以外にもモンスターはたびたび現れ、その度に玲太くんは剣を抜いた。
戦いの合間に、玲太くんが「おそらくここは異世界だと思う」と言った。
「俺もそう思う、カザマと美奈子のカッコ、ちょっとファンタジーの世界」
日が傾き、少し肌寒いと感じはじめた時、実くんが制服のジャケットをかけてくれた。
「ふふっ、あったかーい、実くんありがとう」
実くんの制服は、わたしをすっぽり覆ってくれた。そしてなんだかとってもいい香り…。
途端に辺りの空気の匂いがかわった。
さっきまでの重い空気が少しだけなくなったような気がした。
「美奈子、…七ツ森の制服なんかよりも俺の…」
玲太くんの言葉を実くんが遮る。
「いや、そのクソ重そうな鎧羽織って動けるわけないデショ、てかカザマはよく動けるよな」
「背に腹はかえらないだろ?しかしこうも沢山モンスターがうじゃうじゃ出てくると、まともに話すこともできないな」
青いぷるぷるの色違いみたいな、オレンジ色のぷるぷるが飛び散ったあと、小さな舌打ちが聞こえた。
玲太くんが苛立ちを隠しきれないのも無理はないと思う、さっきからもうずっと一人で休むことなく戦ってくれているから。
「あれ?でもさっきまで沢山出てきてたけど、ちょっとあんまり出てこなくなった?夜だから?玲太くん今のうちに少しだけでも休んで」
玲太くんの腕を掴むと金属の固い感触した。鎧って固いんだな、当たり前だけど。
「いや、大抵のモンスターとかは夜の方が活動的なハズなんだけど。」
実くんが怪訝そうな顔をする。
「美奈子、ちょっとその七ツ森の制服脱いでみてくれないか?」
「ハイハイ、カザマくんのエッチー、それともオトコの嫉妬?みっともナイと思いマース」
からかうような七ツ森くんを軽く睨み付け、わたしを優しく見つめる。
「ごめん美奈子、そうじゃなくて、寒いかもだけど、一瞬だけ脱いでみて、当てにならないかもしれないけど、思い浮かんだ仮説を検証したい」
よく分からないまま、実くんの制服のジャケットを脱ぐ。
その瞬間、草むらの影からまたモンスターが飛び出してきて、玲太くんが剣を振るった。
「間違いなさそうだな。ちょっと、……かなり嫌だけど、七ツ森の制服羽織ってて」
「なる…。もしかして、コレって」
「おそらく、美奈子の吸引力ってヤツがモンスターも引き寄せてるんだろうな」
実くんの制服のジャケットを羽織ると確かに辺りの空気の匂いがかわり、重い空気が少しだけ軽くなる。
「OK、少し整理しよう、多分ここは異世界で、この世界にはモンスターが現れる。そいつらは美奈子の吸引力に引き寄せられている。七ツ森の制服を羽織ると出現率は少し低くなる。これが制服だからなのか、他の上着でもなのかは要検証だな、ちょっと俺の鎧着てみてくれるか?」
ガチャガチャと金属音を立てて鎧を脱ぐと、そのままわたしから制服のジャケットをはぎ取り、鎧を羽織らせる。覚悟はしていたけど、……すごく重い。
これを着て、戦うのってものすごく負担なんじゃないかな。
「七ツ森の制服じゃなくても大丈夫そうだな」
嬉しそうな表情でそう言った玲太くんの肩口を実くんが手の甲で軽く叩く。
「いや、それはムリがあるデショ。ヨロイつけたらまともに動けないし。あとモンスター出たら、カザマが生身で対峙することになる。生身で対峙してモンスター退治…くだらないダジャレ浮かんだ俺、もダメだ、鬱」
実くんが両手で顔を覆った瞬間に、また岩の影から新たなモンスターが飛び出してきた。
…あ、逃げ…動けない…鎧重っ…
「美奈子っ」
玲太くんの声に反応したように、小型のヒョウのようなモンスターがくるりとそちらに向き直る。
きっシャーと叫び声をあげたモンスターが玲太くんに飛びかかり、鋭い爪が玲太くんの腕をかすめた、赤い血が飛び散る。
「やだっ、止めてー」
わたしがそう叫んだ瞬間に、モンスターの動きが一瞬止まり、その瞬間に玲太くんの剣がモンスターを切り裂いた。
「ふう」
と息をついた玲太くんに駆け寄りたいのに、鎧が重くて動けない。
「泣くなよ」
と言われて自分が泣いていることに気が付いた。玲太くんの手がわたしの頬を撫でる。その手の先、二の腕の真ん中辺りから血が流れている。
「カザマ、とりあえずショードク」
実くんがポケットから出した消毒液を玲太くんの腕にかける、実くん準備がいいな。
消毒液の苦痛に顔を歪めた玲太くんの腕にわたしのハンカチを巻く。
「ごめんね?ごめんね、玲太くん」
「なーんでおまえが謝るんだよ」
「そ、別にあんたのせいじゃないデショ」
「だって、わたしのせいでしょ、わたしの、吸引力?って、さっき」
「いや、上着羽織ってても出てくるところを見ると、この世界にはモンスターがいる。美奈子が上着を羽織ってないと出現率が少しだけ高くなる、ってところか?」
「わたしのせいで二人が危ない目に合っちゃうなら、わたしとなんか一緒にいない方が…」
言いかけたわたしの言葉を二人が遮る。
「怒るぞ」
「その考え方は最悪だわ、反省して?」
滅多に怒らない二人に叱られ、目から再び涙がこぼれる。
「お、おいっ、泣くなって」
「あー、カザマが泣かした」
「いや、七ツ森がだろ」
「ふふっ」
泣いていたはずなのに、二人のじゃれ合いをみているうちについ笑ってしまう。
「お、笑顔出てきたな、いいな」
「あんたは笑顔でいてくれないと」
「とりあえずこれからのことを考えよう。この世界から抜け出して元の世界に戻るにはどうしたらいいんだ」
「あれじゃナイ?」
実くんが指差した先には、禍々しい気配を漂わせるお城が見えた。
「魔王城か…そこにいる魔王を討伐すれば帰れるって寸法か?こんな小型のヒョウみたいなモンスターにすら苦戦してるのに、魔王討伐とか、出来るのか。……や、するしかないんだろうけど。」
「多分俺たちが飛ばされたみたいに、ダーホンとか氷室君とかも来てるんじゃナイかなって。まずは合流したいトコですな。」
「だな。だけどみんなバラバラに飛ばされたのに、俺は最初から美奈子と一緒に居られて、美奈子のことを守れて本当に良かった、やっぱりあれだな、俺たちは運命の…」
「いや、その理論で行くと俺とカザマも運命…」
「違いまーーす、運命は俺と美奈子だけ」
ぐーっ
やだっ、こんな時なのにお腹がなっちゃった。
「おまえなあ、腹の音で返事するなよ」
「ハハッ、俺もマジ腹へった」
「でも食べるものとか、お店とか、この世界にはないよね」
急に心細くなってきた、モンスターや魔王討伐どころか餓死してしまう可能性だってあるんだ。
「とりあえずグミでも食べマショ」
実くんがポケットからぶどう味のグミを取り出して、それを3人で口にする。
「おい、おまえのズボンのポケットどうなってるんだ、さっきから消毒液やら食い物やら」
「や、それが自分でも不思議なんですケド、ポケットになーんにも入ってナイのに、手を入れると出てくる?みたいな。ショージキ、グミなんかよりもっと腹の足しになるモンが良かったんだけど、肉とか魚とか、……うっ、ぐっ…出、る…」
実くんのズボンが信じられないくらいパンパンに膨らんで…
「美奈子っ、見るなっ」っ玲太くんに突然目隠しをされる。
「なんでだよ、なんで釣竿…」
「俺にも何がなんだか…」
しばらくして目隠しを外されると、そこには釣竿や網なんかのいわゆる釣り道具があった。
「これ、実くんのポケットから?」
「物理的に無理があるんだけど、実際出てくるところを見ちゃうとな、まぁ、異世界って時点で俺たちの今までの常識は通用しないってことか。美奈子腹減ったんだよな、魚釣ってやるから。とりあえず鎧脱いで、制服着て」
「七ツ森、一応剣置いていくからもしモンスターが出たら頼むな、いや七ツ森も生身で戦うのはまずいか、鎧着るか?」
「いや、それ以前にこの剣、持ち上がらないんですけど?」
「嘘だろ?そんなはずあるかよ」
「俺だってそのカザマの薄っすい筋肉に負けないくらい筋トレしてる自負はありますケド、マジでこれは持ち上がんない」
「薄いって言うなよ」
「職業限定装備かもな」
これ以上遅くなると魚が釣れないという玲太くんの言葉を受け、途中で枯れ枝を拾いながら、三人一緒に川辺へと向かう。
何度か現れたモンスターを玲太くんは慣れた様子で退治する。
玲太くんが魚を釣ってくれている間に実くんと二人で拾ってきた枯れ枝を組み、たき火の準備をする。
「実くん、なんか元気ない…疲れちゃった?あ、もしかして、わたしが上着を借りっぱなしだから寒…」
「や、違う、上着はドーゾ着ててくだサイ。モンスターエンカウント率ウンヌンはさておき、あんたが俺の上着を着てんのは、個人的にすっげーイイ…。」
実くんが大きな手で顔を覆い、深いため息をつく。
「はあ、なんかゴメン、女々しいな俺。突然こんな世界に来ちゃって、カザマが言う通り最初からあんたと一緒で、それが俺なのがすっげー嬉しいんだけど、俺にもカザマみたいな職業や能力があったらな、って。あんたを守ってやれるような。今の俺はポケットからイマイチ期待はずれの道具が出せる未来の世界の猫型ロボット、ポンコツドラえもんだ。」
「そんなことないっ、実くんが一緒にいてくれて、わたしはすっごく嬉しいよ、心強い。ぶどうのグミも美味しかった。あれって前にわたしが屋上で泣いちゃった時に実くんがくれた味のグミだよね、懐かしくて優しくて、ちょっと甘酸っぱくて、わたしには大切な思い出の味だから」
背が高いから普段は届かないけど、今なら、と頭を撫でる。
「ふふっ、実くんの髪の毛サラサラ…」
「おいっ、凹み森!なに頭撫でられてうっとりしてんだよ」
「はっ、別にしてませんケド。」
「魚釣れたぞ、鮎と岩魚(イワナ)、とりあえず塩振って焼くから、塩とライターかなんか出してくれ」
「人をドラえもんみたく言うなよ、のび太くん」
「いや、おまえこそ変なあだ名つけんな」
「ふふっ、二人は本当に仲良しさんだねー」
「仲良くないっ」
「ナイから」
玲太くんが丁寧に内蔵を下処理した魚に串打ちをして塩を振る。そのお塩は実くんが出してくれたお塩で。
あれ?もしかしなくても、わたしだけなんにもしてない…実くんはなんのスキルもないっていってたけど、わたし…わたしこそ何にも出来てない?モンスターを誘き寄せるだけ?
「出せないってなんだよ、ライターじゃなきゃ、着火マンでも、マッチでもいーんだけど。」
ライターが出せないという実くんに、玲太くんがイラつきはじめ二人の間の空気がピリピリしている。
「あ、じゃあ、わたし火を起こすよ、前に見たことあるよ、棒みたいのくるくる~ってして、火が出るの」
「いや、それフツーにムリでしょ、あんたの手が痛くなっちゃう……」
実くんの眼鏡のフレームが金色に輝き出す。
「メラ(火炎呪文)」
実くんの指先から小さな火の玉が飛び、組んでいた枯れ枝が燃え出す。
「今のって?」
制服姿の実くんの身体がまばゆい光に包まれ、みるみるうちに黒いローブ姿に変わっていく。
「なる…。オーソドックスなデザインのローブと杖、とんがり帽子…俺の職業は魔法使いか」
呆気にとられたわたしと玲太くんの後ろから、ぐおおという咆哮と地鳴りが響く。
今までのモンスター達とは、比べ物にならない大きさ…しかも一気に四体も…
どうしよう、重い鎧は脱いだはずなのに、恐怖で身体が1ミリも動かない。
「ベキラマっ!(中級閃熱呪文)、…オークどもには火炎より閃熱の効きがいいはず、っと、一体残ったか、んじゃ、メラミっ!(中級火炎呪文)」
あっという間に、モンスターを退治した実くんがわたしの頬に手を伸ばす。
「美奈子。怖かったよな、よく頑張った。ダイジョブだからな。も、平気?」
「一旦、離れてくださーーい。せっかく俺が釣った魚、焦げまーす。」
二人の間に玲太くんがイワナで割って入る、こんがりいい匂いで、すっごく美味しそう。
実くんがローブのポケットから、出してくれたペットボトルのお茶を飲みながら玲太くんが釣って、下処理をして焼いてくれたお魚を食べる。
役立たずだなぁ、とは思うけれど、もう言わない。きっとこの先わたしにも出来ることが、わたしにしか出来ないことがある、はず。
「とりあえずこれで前衛:戦士のカザマ、後衛:魔法使いの俺で、パーティーバランス良くなったし、あとはなるべく早くみんなと合流して、魔王討伐して元の世界に戻りマショ。ダーホンが僧侶とかになってたらラクだけどな」
「いや、本多は僧侶って感じじゃねーだろ、あいつの職業なんだろな」
二人の会話を聞きながら、慣れない旅の疲労感が襲う、眠くなってきちゃった、…何にもしてないのに、一番に寝ちゃいそう…あ、お風呂…どうしよう、こんな旅だしお風呂なんて無理かな…明日早起きして川で水浴び…は、寒いから、髪の毛だけでも…シャンプーない…zz
「美奈子、眠そうだな。とりあえず俺たちも交代で眠るか。明日は少し範囲広めて散策しよう」
「リョーカイ。火だけは絶やさないようにして、消えたらまた点けるケド。んじゃ、お先に。」
「いや、待て、なんで七ツ森が先なんだよ」
二人のじゃれ合いを聞きながら、わたしはまどろみ、徐々に意識が遠くなっていくのを感じていた。そんな中、突然、聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。
「リョータ先輩、ミノル先輩……。美奈子先輩っ!良かった、無事で。」
……To Be Continued