目が覚めたらそこは異世界で同級生達と一緒に魔王討伐の旅をすることになりました。(2) 「一紀くん!」
「イノリ!」
「氷室君!」
被ることなくそれぞれの呼び方を口にする。
一つ年下の後輩は、学校で会うよりもずっと大人びて逞しく見えた。
「どーも。あの…先輩方に対してとても失礼だとは思うんですけど、リョータ先輩もミノル先輩も馬鹿ですか、一体何をやってるんですか」
空気がピリッと凍てつくような一紀くんの言葉に、二人が不快感を顕に反論する。
なんで今日はこんなに揉め事ばっかり起こるんだろ。みんな疲れてるから?突然こんな世界に飛ばされて、モンスターが沢山出てきて、頭も混乱してるから?
「ずいぶんなご挨拶だな、イノリ」
「なにそれ、どーゆーツモリ?」
「今日まで美奈子先輩を守っていただいたことは感謝します。でも無事なのが不思議なくらいです。お二人とも、見たところ、戦士に魔法使い…基本職ですよね、しかもほとんどレベルアップもしていない。今日までろくに戦いもせずのらりくらり過ごしていたって訳ですか?」
「ハア?意味ワカンナイ、俺が魔法使いで、カザマが戦士なのが悪いワケ?」
「基本職ってなんだ?イノリは違うのか?」
「当たり前じゃないですか。基本職なんて最初の一ヶ月死に物狂いで戦いまくって……はあ…、見たところ夜営アイテムの【夜の帳(とばり)】すら使ってないですよね、これじゃ襲ってくれって言ってるようなものじゃないですか?」
「アイテム?夜のトバリって?」
「最初の一ヶ月?一紀くん、わたしたち今日、ここに来たの」
「今日?…え?今日?……異世界なだけじゃなくて時空も歪んでる?……ふぅ、リョータ先輩ミノル先輩、先ほど失礼な言い方をしたことお詫びします。」
驚いたように目を見開いた一紀くんがため息のあと、深々と頭を下げた。
「お詫びなんてしなくていいから、詳しく教えてくれよ」
玲太くんが一紀くんの頭を撫でる。
「ちょっ、リョータ先輩、すぐ子供扱いするの止めて」
そう言うと一紀くんは、夜の帳(とばり)というアイテムに火をつけた。これで夜の間モンスターは近付けず、ぐっすり眠ることが出来るらしい。
更に【魅惑の大洪水】というアイテムも出してくれた、これは簡易シャワールームのようなアイテムで、わたしたちは一日の疲れと汚れを落とすことが出来た。
一紀くんはここに来てからもう三ヶ月も経つと言い、わたしを心配して毎日毎日探し回ってくれていたとも言った。
「もし、美奈子先輩がこの世界で一人だったら……、痛い思いとか怖い思いをしてたら……、どうしようかって、そればっかり。いてもたってもいられなくて…ずッ…。……っく、本当、怖かった。」
「泣くなよ、氷室君。」
「泣いてません。」
「すーぐバレるようなウソはつくなよ、イノリ」
二人にからかわれた一紀くんがプイッと横を向く。
「お二人がそういう態度なら、この世界の理は教えられません」
「なっ、子供かよ」
「行こう、美奈子先輩。基本職の二人なんかと一緒にいるより、僕と一緒の方がはるかに楽に旅が出来る、アイテムだって山ほどあるし、ゴールドも結構貯まってるから、夜営なんかしなくてもちゃんとした宿屋に泊まれるし、装備だってもう少しいいの揃えてあげられる」
わたしの手を取り立ち上がらせようとする一紀くんの手を両手でそっと包む。
「一紀くん、心配かけてごめんね。心配してくれてありがとう。わたしたちは今日ここに来たばっかりで、まだ何も分からないんだ。教えてくれたら嬉しいな。」
「なっ!また、先輩ズルい、そんな風に言われたら、断れっこないし。そういうの分かってやってるんでしょ」
耳まで真っ赤にした一紀くんに質問を重ねる。
「職業って、玲太くんが戦士だったり、実くんが魔法使いだったりすることだよね?基本職の他にもあるの?一紀くんの、職業は?」
「本当に何にも知らないんだ」
驚いたように呟いたあと、わたしの右隣に腰を下ろしポツポツと語りだした横顔を焚き火の明かりが照らす。うん、やっぱり少し大人っぽく見える。わたしたちよりも三ヶ月も早くこの世界に来て、わたしを探しながら沢山のモンスター達と戦ったのかもしれない。
「この世界には、職業という概念があります。モンスターと戦うことで、レベルアップします、レベルがあがれば新しい技もどんどん覚えるし、パラも上がり戦いが楽になります。複数の基本職を一定のレベルまで極めると、上級職に転職することができて、上級職は、基本職とは比べ物にならない位、飛躍的に全てのパラが高くなります。例えば魔法だってより上位魔法が使えるし、接近戦で使うような技も沢山覚えます。」
「なる…。氷室君の職業は?」
「僕はレンジャー(特殊遊撃兵)です。最初にこの世界に来た時は、アーチャー(弓兵)でした。ただ基本職では限界があるのを知って、上級職について研究をして、敵の動きを止める、【影ぬい】という技を覚えたくて転職しました。レンジャーは盗賊と武闘家を極めなければならないので、そこが少し大へ…」
「へ?氷室君が盗賊…」
「くっ、イノリが武闘家…」
「ちょ、なにが可笑しいんですか、盗賊も武闘家ももう極めたって言いましたよね、今はレンジャーですって。言っておきますが、僕、相当強いですよ、リョータ先輩、ミノル先輩も一戦交えましょうか?今すぐやりますか?」
一紀くんが立ち上がりかけると、
「いや、ごめんごめん、やらない。なんかイノリにしては意外なチョイスだなって」
玲太くんが、まるでお手上げだとでも言うように両手を軽くあげる。
「いくら笑われても構いませんけど、上級職の職業限定能力は、かなり使えますよ、あるとないとじゃ戦うときに雲泥の差で……」
「イノリ、その上級職ってのも何種類もあるのか?」
玲太くんが真面目な顔で身を乗り出す。
「はい、例えばリョータ先輩が、戦士を極めたあと、武闘家も極めたら、バトルマスターに転職できますし、魔法使いを極めたら魔法戦士に、僧侶を極めたらパラディンに、盗賊を極めたらパイレーツになれます。戦士からは色々なルートがあります。」
────────────────────
戦士+武闘家→バトルマスター(剣闘将)
戦士+魔法使い→ルーンソルジャー(魔法戦士)
戦士+僧侶→パラディン(聖騎士)
戦士+盗賊→パイレーツ(海賊)
盗賊+武闘家→レンジャー(特殊遊撃兵) ※一紀
────────────────────
「ミノル先輩が魔法使いの他に、僧侶を極めたら賢者に、リョータ先輩と逆ルートですが、戦士を極めたら魔法戦士になれます。」
────────────────────
魔法使い+僧侶→ワイズマン(賢者)
魔法使い+戦士→ルーンソルジャー(魔法戦士)
────────────────────
「個人的にはモンスターとの相性の問題もあるからパーティー内の職業は被らない方がいいと思いますし、まずは回復を担ってくれる僧侶が必要かなって思います。だから先に、ミノル先輩が僧侶→賢者を目指すのがいいです。」
「なる…。それならなる早で魔法使いをカンストして、僧侶やって、賢者のルートね。リョーカイ」
「いえ、魔法使いカンストまではしなくて大丈夫です。それこそ大魔道士を目指すのでなければ、そこそこ極めれば大丈夫です、ちんたら基本職でいる意味は皆無なので、なるべく早く、そこそこで僧侶にジョブチェンジしましょう。」
「ハーイ、一応リョーカイ、言葉にすげートゲあるけど」
実くんが不服そうに唇を尖らせる。
「イノリ、俺のルート戦略はどう思う。武闘家か、魔法使いか僧侶か盗賊か?」
「リョータ先輩が僧侶だと、ミノル先輩と二人僧侶になるのでバランス悪いですね、実質戦闘に参加するのが僕だけになるし」
良かった、一紀くんも一緒にいてくれるつもりなんだ、ホッとしてつい笑ってしまう。
「リョータ先輩は魔法使い→魔法戦士のルートを目指しましょう。魔法戦士の【フォースブレイク】は敵の属性耐性を下げられるので、あとの展開が楽になります。」
「ちな、賢者の職業固有能力って?ぐりぐりとは違うカンジ?」
「ほぼ一緒です、ホイミ(回復呪文)とかザオリク(蘇生呪文)、万が一僕たちの中の誰かが死んでしまったとしても、ミノル先輩がいれば蘇生してもらえる、それがあれば、前衛の僕やリョータ先輩も多少危ない賭けにも出られます」
「死っ!…って、そんなのっ…やだよ…」
喉の奥がきゅっとして、声が震える。
「美奈子先輩驚かせてごめん、大丈夫、そこらの雑魚敵にはやられないよ、よっぽどのことがなければ。ただ…」
一紀くんが見上げた先は、魔王の城…
夜なのにサーチライトで照らされていて、それが尚一層不気味な雰囲気を醸し出している。
「もちろん、今すぐに魔王城に乗り込むなんて短慮なことはしないけど、ノゾム先輩とかイク先輩とも合流しないといけないし。」
「颯砂や本多もいるのか?」
「いえ、まだ会ったことはありません。ただ、僕も、それから先輩達もいるんだから、ノゾム先輩もイク先輩もいるって考える方が自然でしょう」
希くんも、行くんもどうか無事でいて欲しい。
「なる…。でもさ、今日俺たちに会うまでは、氷室君って一人だったんだよね?俺たちや美奈子までこっちの世界に来てるなんて、フツー考えなくない?俺は一人だったら夢カナって考えるんじゃナイかって思う」
「確かに、僕も気がついた時に一人だけだったら美奈子先輩も飛ばされてきているなんて考えもしなかったでしょうね。お三方が同じ場所に飛ばされたように、僕は、目が覚めた時、夜ノ介先輩と一緒でした。」
「やのサン?」
「で?その柊はどこにいるんだ?」
「別れました」
「え?一紀くんと柊くん、喧嘩しちゃったの?」
「は?違うけど。なんで分かんないのかな、ホント鈍感。」
一紀くんがわたしの顔を見て大きなため息をつく。
え?わたしなんか変なこと言っちゃった?
「……二人一緒に美奈子先輩を探すより、それぞれ別々に美奈子先輩を探そうって、その方が探せる確率高いし……、リョータ先輩とかミノル先輩と一緒にいるなんて知らなかったから、『もしこんな世界に彼女が一人でいるなら大変です』って、夜ノ介先輩が。」
「なる…。やのサンらしい」
「僕たちはお互い上級職なので、一人でだってそこらの敵には苦労しないから、とにかく別れて美奈子先輩を探して、どちらかが美奈子先輩に会えたら連絡を取って落ち合おうって話して」
怒って横を向いてしまった一紀くんの手を取る。
多分たくさんたくさん心配してくれたんだ。
もしこの世界で目が覚めた時、玲太くんも実くんもいなくて一人ぼっちだったらと思うと、今更ながら心臓がバクバクする。
一紀くんの手が、わたしの手を握り直す。
「ちな…やのサンの職業は?」
「夜ノ介先輩は、ここに来た時は踊り子で、それこそレベルはもうカンストしてて」
「向こうでの能力が活きてるのか」
「はい、おそらくは。飛ばされたばかりの時は上級職があるなんて知らなかったから、夜ノ介先輩の強さは異常かと思う程でした」
柊くんの踊り…前に希くんと一緒に行った公演も本当に素敵だった、希くんなんてウルっときた、って言ってたなぁと思い出す。
「氷室君たちはさ、基本職とか上級職とかいつ知ったワケ?」
「確かに最初は全く訳分からなくて、この辺りよりかなり強力なモンスターが出る場所で、昼夜問わず襲われましたし、ただ幸いなことに夜ノ介先輩がすごく強かったので戦闘自体は楽でした。一緒にいるだけで僕のレベルもつられたみたいにどんどん上がりましたし」
一紀くんの手に力がこもり、わたしをしっかりとみつめる。
「リョータ先輩、ミノル先輩今からもう少し戦闘出来ますか?少し強いモンスター呼び寄せます。僕の後ろで身を守っていてくれさえすれば数回戦えば多分レベルアップすると思いますし、運悪く死んでも一応【世界樹の葉】が2枚あるんで蘇生出来ます。美奈子先輩はこのトバリの中から絶対出ないで」
「戦えないわけないだろ、それから…美奈子の手を離せ」
「後ろで身を守ってさえいればって、氷室君ムカつく」
二人が立ち上がり、手の関節をパキパキ鳴らしながら大きく伸びをする。
「やだよ、一人で待ってるのなんてイヤ」
「美奈子先輩、世界樹の葉は2枚しかないんです、ミノル先輩がザオリクを覚えるまでは危険に巻き込みたくないって、分かって?」
一紀くんの頭に見えない垂れ耳が見える…ズルい…断れっこない。
バシュバシュと何かがぶつかり合う音のあと、おそらくモンスターの断末魔の叫びが聞こえた。
テレテレッテッテッテー
軽快なファンファーレが鳴り響く。
「美奈子先輩もう出てきていいよ」
一紀くんに呼ばれ、トバリの外に出る。
夜空に文字が浮かび上がっていた。
────────────────────
風真玲太 Lv35→37(次のLvまであと588)
転職アドバイス:
七ツ森実 Lv43→44(次のLvまであと1265)
転職アドバイス:僧侶→賢者
────────────────────
「レベル上がるとこんな風に可視化してくれるから分りやすい。」
「なーんで、七ツ森にはアドバイスが出て、俺には出ないんだ?」
玲太くんが不満そうな顔をする。
「この【空のメッセージ】は、Lv40過ぎると転職アドバイスも出るみたいです。なのでリョータ先輩はもう少しですね。」
「なる…。カザマの方が早く戦士って職業発動してて、俺は今日カザマの戦いを見ていただけだったけど、基本職のレベルは俺の方が高いってコト?」
「おそらくミノル先輩の方がゲームとかでファンタジーの世界に親和性が高かったんでしょう。リョータ先輩ほとんどゲームなんかやらないから。」
「ちょっと一人で戦ってくるか」
冗談とも本気とも取れるような口ぶりで玲太くんが腕を回す。
「ダメです、リョータ先輩目的と手段を混同しないでください。それにそのレベルだと気が付いたら死んでる可能性が高いです。戦う時は絶対に僕か、まあ頼りないけどミノル先輩を誘ってください。…ふっ、僕も前に、焦って一人で外に出て何回か死にましたし、その度に夜ノ介先輩に生き返らせて貰って」
とりあえずトバリの中で話しましょうと、一紀くんが再びアイテム「夜の帳」に火をつけた。
中に人がいなくなるとトバリは自動的に消えるのだという。
「すげーな、やのサン…で、今の、やのサンの職業は?」
「夜ノ介先輩は、スーパースターです。」
「ぶっ」
「ちょ。氷室君の冗談キツい」
「冗談じゃないです、夜ノ介先輩には踊り子のあと、遊び人に転職してもらって」
「イノリ、話の腰を折ってすまない。遊び人っていう、職業があるのか?」
「どんな能力があるの?」
柊くんが遊び人というワードに破壊力があり過ぎて、とてもそのまま話を聞いてることなんかできなかった。
「遊び人は…最悪ですよ。」
さも、忌々しいと言った様子で一紀くんが口を開く。
「戦闘中に居眠りしたり、お絵描きして遊びだしたり、変なダジャレを言ってきたり。つまづいて転んで味方の僕にダメージを与えたり。」
「なる…。そういう遊び人か。俺はまたCERO Bの壁を破壊するような遊び人なのかと、やのサンならあり得るんじゃナイかって穿ったミカタでした、スミマセン」
「遊び人を極めないと、スーパースターにはなれないので、僕が盗賊や武道家で弱い間は、踊り子に戻って貰って、そこそこ戦えるようになったら、遊び人にジョブチェンジして、でもその分、スーパースターはすごいですよ、その強さは夜ノ介先輩と合流してからのお楽しみですけどね」
────────────────────
踊り子+遊び人→スーパースター(英雄)
────────────────────
「とりあえず明日からの動きとしては、なるべく戦って、俺は戦士を極めたら、魔法使いに…」
「俺は魔法使いを極めたら、僧侶に、それから賢者ね、りょ」
「その間にノゾム先輩やイク先輩と合流出来たらいいですけど。」
「ねえ、一紀くん、わたしは? わたしはどうしたらいいかな」
「美奈子先輩は…とにかくケガしないようにしてて」
「わたしは戦えないのかな?職業とかないのかな?」
「……ない」
三人が口を揃える。
「美奈子の職業は俺のお嫁さんなんじゃないか」
「あんたは俺のお姫様だと思う」
「美奈子先輩は僕の…大切な人…だから」
3人のじゃれあいみたいな言い争いの声を聞きながら、わたしは眠りに落ちていった。
To Be Continued
────────────────────
アイテム一覧
夜の帳(トバリ):夜営に便利
モンスターを寄せ付けないテント型
中に人がいなくなると消える
魅惑の大洪水:簡易シャワールーム
外からは絶対数見えない一人用
世界樹の葉:死者を生き返らせる葉っぱ
蘇生呪文を唱えられるメンバーが
パーティーにいない場合、必ず携行したい
ただし一紀の用に一人の場合は意味なし
空のメッセージ:レベルアップのタイミングや
冒険者の行き先を示すありがたい道標
────────────────────