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    hakoyama_sosaku

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    hakoyama_sosaku

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    善知鳥と竜胆くん。
    「竜胆くんは膝枕をしてくれる」「STR14の膝はやわらかそう」という雑談から生まれたものなので、それ以外は全部捏造。ネタバレもなし。

    なんでもない日 帝都を騒がすような大事件もなければ、閑古鳥の鳴く事務所に訳有りの依頼人が飛び込んでくることもない、じつに平和な昼下がりのことである。
     普段であればあまり意味のない会話や、何度目かもわからない小言に事欠かないビルの一室に、ぱちん、ぱちんと小気味良く響く音があった。
    「なあ、実」
     善知鳥は今日も今日とて来客用の二人掛けソファに寝転がっていた。しかし普段ならすぐに飛んでくる小言も、今日に限っては決してないことを善知鳥は知っている。
     返事がないのを理解して、善知鳥はしぶしぶ目を開けた。目の前に、いや頭上にあるのは善知鳥の手を取り、握り鋏で爪を切る幼馴染の姿だ。客用の笑顔を仕舞い込んで、真剣そのものの瞳で刃物を持つその姿は、彼の前職を知る者ならどれほど難しい患者を受け持っているのかと勘違いするだろう。残念ながら、彼が向き合っているのは箸と銃以外はろくに握らない三十男の手である。ソファの皮張りにはない温度を頭で受け止めながら、善知鳥はもう一度声をかけた。
    「まこと」
    「なんだい。暇なら寝ていたまえと言ったろう」
    「いま起きたんだ。……それ、そんなに楽しいのか」
     鋏をやすりに持ち替えて、親指から順に爪を磨き始めたのを見て、善知鳥は質問を変えた。刃物を扱っていたときの真剣さは薄れ、笑顔こそないものの今の彼はどこか楽しそうに見える。
     四人兄姉の末子であり、通常の先輩後輩関係からも距離を取っていた善知鳥は世話を焼いたことがない。巡査時代に浮浪者や迷子を保護したことはあったが、当然ながら彼らの身の回りの世話をした訳ではないし、仕事は仕事で楽しさとは無縁だった。ゆえに、彼が生粋の世話焼きであり、それを心底楽しめる人間だと理屈では理解していても実感はない。せいぜいが変わった趣味だなぁ、というくらいだ。しかし人間とは不思議なもので、目の前で楽しそうにされると、それまで一切興味を持たなかったものにも関心が出る。隣の芝生は常に青々としているものだった。
    「いつだったか、君が旅から帰った時に」
     善知鳥の質問に応えたのか、あるいは独り言とも取れる静かな声で竜胆が言った。
    「掌に傷があるのに気がついたんだ。横に四つ、切るような、抉れるような、妙な傷だった。君の手を観察してすぐ気がついたよ、これは手を強く握ったせいで、爪が食い込んだ痕だろうと。痛々しい傷だったが、それよりも僕は腹が立った」
     なぜ、とは訊かなかった。一本一本、丁寧に形を整え、磨かれていく自分の爪だけが視界に入る。こうも角を取られては、何かを傷つけることなど到底叶わない。
    「そうでもしなければ耐えられないほどの苦痛を、君はどこかで味わったのだろう。それを語ろうともせず、いつも通りふるまう君に。幼馴染である癖に、君の変化に今まで気がつけなかった僕に」
    「それは俺が、俺だけで負うべきものだと、何度も言っているつもりだけど」
    「その必要はないとも、何度も伝えている。ま、今の僕は君の助手だ。一人で事件に取り組むことなど許さないがね」
     それだけ言うと、竜胆は唐突に手を放した。その表情はどこか満足げだ。善知鳥は自分の手に視線をやった。今しがた整えられた爪は勿論、ささくれひとつない指先を見て、なんて甘やかされた手だろうと思う。たった五年で、人の体はこうも変わるものなのか。
    「さて、つぎは足を出しなさい」
     思わぬ発言に思考が一瞬停止する。が、嬉々とした友人の顔を見て、言える言葉は昔からひとつきりだった。
    「……好きにしてくれ」
     終わったら一言、いやもう少しちゃんと礼を言って──今日の夕飯は友人の好きなものを食べに行こう。それが済んだら明日からは少しぐらいなら働いてもいいと伝えよう。そんなことを考えて、善知鳥は再び目を閉じた。
     秋の深まる、神無月の初めのことだった。
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