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    hakoyama_sosaku

    @hakoyama_sosaku

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    hakoyama_sosaku

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    現代の善知鳥と竜胆くん、大学4回生ごろ。前に書いて出しどころを失ってたもの。

    日曜朝のドライブ 初めに海へ行こうと提案したのは竜胆だった。それならばと、幼い頃に一度だけ家族全員で行った海岸の名前を挙げたのは善知鳥だった。交通の便が悪いその場所への足として、長兄に古びた車を借りたのもまた、善知鳥だった。
    「悪いなあ、僕の我儘に付き合わせて」
    「いいや」
     一応は兄名義の車であるため、運転は専ら善知鳥の担当だった。負担の不平等に難色を示した竜胆には、昼食やその他事前の用意を任せることで一応の納得を得ている。かくしてよく晴れた日曜の朝、二人は海へと向かっていた。
    「御船、次を右折だ。間違えるなよ」
    「了解」
     カーナビなどという便利なもののついていない車は、冷静に考えるとそれなりに値の張る車種だと推測できた。左ハンドルでなかっただけでも僥倖かと考え、免許を取ってまだ一年そこそこの人間にそんな車を託す兄の頓着のなさを少し憎む。よって道路案内は助手席任せで、善知鳥自身は目的地に近づいているのか遠ざかっているのか、それさえいまいちわからない始末だった。
     指示に従い交差点を右折する。十数年ぶりに訪れるこの場所は、善知鳥の記憶通り古びたままだった。町全体に錆が浮いているから、海が近いことは間違いないらしい。ふとした時、横に続いていた建物が途切れた。その隙間から微かなきらめきが覗く。見間違いかと思ったが、そのまま数分走らせるとようやく目的地に着いたようだった。眼下にはやはり記憶のままの、灰色の海の姿があった。

     海には情報が満ちている。
     砂浜に寄せては返す波は止めどなく、低く唸るように海鳴りが響く。打ち寄せられたさまざまな物品は記録媒体よろしく善知鳥に一方的に情報を与えてゆく。無論、それら全てを理解し処理しているわけではない。取捨選択はこの形に生まれて真っ先に学んだものだ。生きることは選択し、選択しなかったものを捨てることである。選択しなかった先を見ることができない以上、その責は独りで負わねばならない。重いと思ったことはなかった。人が酸素を吸って二酸化炭素を吐き出すように、それは当然のことだった。
     竜胆と並んで砂浜を歩く。そして時折、彼の横顔を窺う。会話は多くない。平穏と名前をつけるにふさわしい日。残り少ないであろうそれらを刻むように、善知鳥は自らの足下に目を向けた。
    「これからどうするつもりなんだ?」
     不意に隣から言葉が投げかけられた。
    「これから?」
     常には質問者の真意を汲み、それに適した回答を返すことを心がけていた善知鳥にしては、間の抜けた一言だった。その理由に気がついたのか、彼は誤魔化すように言葉を続けた。それもまた、彼にとっては極めて珍しい行動であったのだが。
    「父と兄は、俺に本庁勤め、さらにその先も望んでるみたいだけど。そのつもりはないな、常に現場に出られる立場が良い」
    「それ以外は」
    「何も。とりあえず荷物は実家に送って、配属先が決まり次第、家を探そうと思ってる」
     正確には、先週まで考えていたことはあった。それは交際していた女性との今後についてで、先日相手方から別れを切り出されたことで白紙になった。最終的な怒りの原因は、別れたいという彼女の言葉を素直に了承したことであったらしい。置き土産としてコーヒーを被ったシャツが、竜胆の努力により元の色を取り戻したことも記憶に新しかった。
     善知鳥の上半身を包むまばゆい白は、今も太陽を反射している。
     再び沈黙が訪れた。竜胆が何かを口にしようとして、やめる。さりとて善知鳥はそれを聞き出すことも、話しやすいよう水を向けることもなかった。彼の口から語られないのであれば、例えそれが彼の本心であっても価値はないと思っていた。
     波が、数えきれないほど寄せて返した後だった。
    「帰って来る気はないかい」
     意を決したように、竜胆が口を開く。先程までの何か言いたげな態度に得心が行った。初めからこの一言を言うために、彼は自分を連れ出したのだろう。まだ二年の猶予を残した彼と違い、自分の卒業はもう目前に迫っている。
    「……戻るまで半年以上かかる」
     目の前の聡明な男が十分承知していると知って、善知鳥はそう問いかけた。返ってきたのはやはり、想像の範疇の言葉だった。
    「わかっている。待つよ、それくらい」
     生きることは選択し、選択しなかったものを捨てることである。かと言って選択したものを必ずしも守り切れるわけではなく、その時にこそ選択の代償は支払われるのだと、善知鳥が知るのはもう少し後の話だ。


     日本を離れることに決めたのと同じくらい、戻ろうと思ったのも唐突だった。もちろん今になって振り返ると、その唐突さに様々な理由を与えることはできたが、敢えてそうする理由もないだろう。ただ、長らく思い描いていたような居場所など自分にはどこにもないと思った。残酷な事実なようでいて、このことを悟った時の自分が酷く凪いだ気持ちだったのを覚えている。
     思い立ってからの行動は早かった。その日の午後には日本に向かう航路を決め、チケットを買いに空港へ向かった。それでも空港内に設置された電話ボックスを目の前に、姉の番号を呼び出したのは、彼に多少なりとも負目があったせいかもしれない。姉を通じて様子を伺ったが、どうやら荷物は彼女のところはおろか、実家にも戻されていないとのことだった。それ以上を尋ねようとすると「早く戻って顔を見せなさい。あの子だけじゃなくて、私や母さんもいるのよ」とだけ言い捨てて一方的に電話を切られた。確かに、と思う。父兄らはともかく姉や母の心配が頭から抜け落ちていたのはこちらの落ち度というほかなく、それだけこの決断が重いものだと―そして今でも自分は、どこかで悩み続けているのだと―確認した。
     帰国したその足で目的地へ向かう。自動ドア、エレベータホールを抜けて、その場所は目前に迫っていた。扉を開く。想像していたよりずっと近くに、そのひとがいる。そんなことをする資格はとうにないのかもしれない。それでもただ、自分がそうしたいという理由で口を開いた。

    「ただいま、実」
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