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    hakoyama_sosaku

    @hakoyama_sosaku

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    hakoyama_sosaku

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    ブラッドパス時空の水落くんと水上。第三者から見た2人が書きたかった習作。

     初めて参加した高校時代の同窓会の席は、あの頃の記憶を薄らと刺激する、そんなありふれた様相だった。高校時代の縁か、あるいは自分が不参加だった数回のうちに新たに生まれた人間関係か、ある程度出来上がったグループを避けて人の少ない一席に座る。それが学生時代も文化部でパッとしない青春を過ごし、今も特に目立った人生を送っていない自分にはちょうど良い場所だった。そんな人間がなぜ同窓会などという場に出席したのか、それには確固たる理由があった。
    「あれ、葦崎?」
     賑やかだったテーブルの端で笑っていた男が、ふと自分の名前を口にした。男性にしては少々長い茶髪を低い位置で結んだ、幾分かやんちゃそうな男だった。とはいえ明るく跳ねるような声に威圧感はない。この場はクラス単位の同窓会であって、いるのは全員元クラスメイトであるはずだったが、あのような知り合いがいたかどうか。記憶は定かではなかった。どう返事をすべきか悩む自分の様子を察してか、男はひと席開けた隣に座り、言葉を続けた。
    「俺だよ、水上。みなかみあがた。覚えてる?」
    「……ああ、水上くんか。印象が違ったから気がつかなかった」
     名前を聞いて、初めて得心がいった。水上県。目立つ集団に遊びに誘われたと思ったら、自分を含む目立たない方の席にも顔を見せる、よくわからない同級生。時折目立つ連中とつるむからといって素行不良というわけではなく、どちらかというと優等生然とした身なりの青年だったが、月日は人を変えるものだと実感する。
    「そう? ほかの奴らからは顔変わんないって結構言われるけど……。そうか、葦崎は同窓会来るの、確か初めてだよな。久々に会えてよかった」
    「あれ、水上くんって同窓会の幹事だったっけ」
    「いや、単に今まで見かけなかった気がして……勘違いだった?」
     思わず呆気に取られる。たかだか高校時代、一年の付き合いもなかったろう相手が同窓会に来ているかなど、どうして覚えていられるのだろう。もちろん当てずっぽうという可能性もあるが、そんな博打を打つ必要が彼にあるとは思えなかった。誤魔化すように眼鏡のフレームを押し上げる。
    「ああ、いや、よく気づいたなって。家庭もちょっと落ち着いたから、久しぶりに顔を出そうかと」
    「家庭? 葦崎って今は」
    「奥さんと息子と三人暮らしだよ」
    「そっかそっか、俺らもそういう年齢だもんなあ。同窓会……というかたぶん、飲み会自体子どもが大きくなるまで控えてたってことだろ? 偉いなあ葦崎は」
     氷が溶けて随分薄くなったレモンサワーを、水上が一気に煽る。そうしてニコニコと笑われると、つい余計なことまで喋りそうになってしまいそうになり、誤魔化すように慌ててグラスに口をつけた。久々に飲む酒は思いのほか強かった。

    「おお、随分回ってるっぽいけど大丈夫か」
    「ああ、すまん……」
     久方ぶりの飲酒とあって、ペース配分を間違えたらしい。ぐらぐらと揺れる頭をなんとかして持ち上げる。水上から手渡されたお冷を一気に飲み干すと、いくらか思考は明瞭になった。
    「葦崎、帰りは電車?」
    「うん……もうそんな時間か」
    「心配だから駅まで送るよ、家まではなんとかなりそうか?」
    「ああ……悪いな、みなかみ……」
     こういうことも見越してだろう、会費は事前支払いになっていた。立ち上がると同時に軽くよろめいた自分を水上が支える。自分と水上の二次会不参加を惜しむ声を背中で聞きながら店を後にした。
     しばらくは他愛もない話をしながら、まだ静まる気配のない街を並んで歩いていた。居酒屋が並ぶ通りを抜け、喧騒が遠くなった頃に話題を振ったのはほんの気まぐれだった。
    「水上も同棲してるんだろ、結婚とか考えてないの」
    「ああ、聞いてたの。……そうねえ、一緒に暮らせてるだけで割と満足かな」
    「余裕だな。俺は他のやつに取られんのが怖くて、とっとと籍入れたよ」
    「あー。確かに、その心配はしたことなかったかも」
     アルコールのためか、どこか気の抜けた風に水上は笑う。夜風を浴びる呑気な横顔に、そんな疑いを抱かないほど愛されているのだろう、とは何故か言えなかった。
     すっかり人のいなくなったビル街に差し掛かり、駅が近くなった安心感からか急に酔いを自覚する。回るような酩酊感はともかく、嘔吐感ばかりは耐え難い。渡りに船と言わんばかりに、通り過ぎた路地の奥に公園が見えた。
    「悪い、水上。向こうの公園でトイレ借りてきていいか」
    「おお、大丈夫か。もちろん着いてくよ、どこにあった?」
     水上の肩を借りて、ブランコと滑り台があるだけの公園に入る。水上をその場に残して蛍光灯が仄暗く照らす便所に滑り込むと、内側から鍵をかけて座り込んだ。張り詰めていた緊張の糸が切れ、ドッと疲れが押し寄せる。しかしこれで良い。約束は守った。あとは全て終わるまで、ここで震えていれば良い。あの恐ろしい怪物との約束は、この場に人間を一人連れてくることだけだ。その後どうなるかなんて、考えたくもなかった。聞こえてくるかもしれない悲鳴から逃れるために耳を塞ぎ、目を閉じる。曲がりなりにも一家の長として、自分は正しい選択をした。そう言い聞かせながら。

     どれくらい時間が経ったのかはよくわからない。ふと我を取り戻したのは、外から聞こえてきた話し声がきっかけだった。
    「水上。……に従って、俺は努力したと思うんだが……どうだ?」
    「そうだな、まさかこんなところで捕物になるとは思わなかった。頑張ったな、偉いぞハゼ。でも危ないから、今度からは情報共有はしような」
     話し声は男二人のものだった。片方は水上のものに聞こえたが、その話し方はとても怪物に襲われている被害者のものとは思えない。
    「それはすまなかった。でも、とても頑張ったんだ。だから」
    「わかったわかった、葦崎が戻るまでな。これから本部で報告があるんだから加減してくれよ」
    「俺が運ぶから無理しなくて良いんだぞ」
    「そういうことじゃないんだって……」
     声がした方をそうっと覗く。本当ならそこではあの恐ろしい吸血鬼が、自分なんぞを気にかけた馬鹿なクラスメイトを襲っているはずだった。
     しかし予想はいとも容易く、想定外の形で裏切られた。確かにクラスメイトは公園の弱い街灯の下、首筋に噛みつかれていたが。彼を襲っているのは自分を脅した化物ではなく、見知らぬ男だった。しかし男の顔が水上の首から離れた一瞬、街灯の光が薄く照らしたその犬歯の鋭さは、あの日見た怪物のそれと同様だった。意味がわからず、水上の一挙手一投足を観察する。あろうことか彼は労わるように男の頭に触れ、男もまた擦り寄るように再び首に牙を突き立てた。
     この位置からは水上の表情までは読み取れない。しかしその様子を見ていると、何故だか幼かった頃の我が子と妻のじゃれあいを思い出した。子どもと妻。そうだ、水上が生きていると、今晩までに誰かを身代わりにできないと、妻と子どもが危ない。二人は今も、家で自分の帰りを待ってるはずなんだ。
    「覗き見とは趣味が悪い人間だ。水上を危険に晒そうとした点で、既に下の下と言いたいところだが」
     頭上から、極めて不機嫌そうな男の声が聞こえた。振り返ると、ブランコで水上に噛みついていたはずの男が自分を見下ろしていた。その隣には焦った様子の水上が控えている。
    「待て待て! 事情はあとで担当者が聞くんだから、勝手に脅しちゃダメだろ」
     水上が男を手で制すると、意外にも彼は大人しく引き下がった。とはいえ不本意であると言わんばかりの視線はこちらに突き刺さったままで、さながら蛇に睨まれた蛙の気分だった。
    「あのな、実は俺らこういうもので」
     水上が懐から革製のものを取り出す。自分のような小市民にとってその表面に示されたマークの効力は抜群で、ここ数日でとことん常識を揺さぶられた頭は急速に現実感を取り戻した。
    「けい、さつ……? おまえが……?」
    「まあ、一応。詳しい事情はちゃんとした場所で聞くから、とりあえず着いてきてくれるか? 大丈夫、事情があるなら素直に話せば悪いようにはならないよ。俺も出来る限りのことはさるし」
     隣の男がボソリと、「水上は甘すぎる」と呟いた。水上へ向けられた言葉とは違い、底冷えするような冷たさを持った一言だった。
    「今回に関しては未遂だろ、規則通りの対応だよ」
    「自分の伴侶に手を出そうとした吸血鬼を生け捕りにしただけでも、十分な譲歩だと思うんだが」
    「あーもうほら、またややこしくなることを……」
     申し訳なさそうに眉を下げた水上と視線が合うが、こちらとしては正直それどころではなかった。ともすればその場に頽れそうになる足を叱咤して、声を張り上げる。
    「……っあ、あの! 妻と、妻と息子が危ないんだ! 頼む、俺はどうなってもいい。二人を今すぐ保護してくれ、早く、頼む!」
     突然の剣幕に水上は一瞬きょとんとした様子だったが、すぐに頬を緩めてこう言った。
    「大丈夫、既に二人の無事は確認してるよ。警察に保護されてるから、SID本部……今から向かう所で会えるはず。……葦崎、やっぱいいお父さんじゃん」
     水上の言葉を聞いてふっと、全身の力が抜けるのを感じた。その後の記憶はほとんど無い。


    「結局あの男は無罪放免か。SIDも案外甘い組織だな」
    「吸血鬼に脅されてたんだ、情状酌量の余地は十分だろ。そもそも葦崎が囮役をやったのは今回が初めてで、被害者は出てないんだし」
    「あの場で銃は携帯していなかっただろう。充分危ないところだった。水上はもう少し危機感を持った方がいい」
    「でもハゼが助けてくれた」
     まだ何かを言い募ろうとしていた口に、スプーン山盛りに掬い取ったオムライスを放り込む。飲み込んだのを確認したらすかさず次を。じっとりとした視線が刺さるのを感じるが、これが嫌なら自分で食べれば良いのだ。わかっていてやらない辺り非はハゼの方にもある……というのが水上の自論である。
    「そもそも俺が同窓会に行くのも嫌がってたくせに。不機嫌なのは葦崎のせいだけじゃないだろ」
    「当たり前だ、貴重な水上の休日だぞ」
    「四六時中一緒にいるやつがよく言う」
    「どれだけあっても足りないと、常々伝えているつもりだが、むぐ」
    「恥ずかしいこと言う暇があるなら早く食べろ」
     何が、と言わんばかりの視線を無視して、再びスプーンを差し出す。確かにこれじゃあ心配する暇なんてないな。すっかり表の世界へ戻った友人の顔を思い出しながら、水上は微笑んだ。
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