熟れる果実(邑マス)「何故、構内で焚き火が…」
山のように集められた落ち葉が燃え、もくもくと煙を上げている。煙の臭いにつられて学科棟裏にやってきたマスターが見たのは、焚き火の前に座り込む邑田の姿だった。
「おお、ますたぁ。焼き芋の匂いにつられてやって来たかえ」
「いや、どっちかと言うと煙の臭いに…」
焼き芋やってるんだ、学校で。という言葉はなんとか飲み込んだ。
マスターは邑田の隣に立ち、木の棒で時折落ち葉の中をつつく邑田を見下ろした。珍しく在坂の姿はない。
「在坂は訓練中でのう。戻った在坂に焼き立てを食べさせてやろうかとな」
「気持ちは分かるけど…教官にバレたらまた懲罰房行きになるよ」
「その時は懲罰房で食うだけのこと」
邑田はマスターを見ないまま、いつもの様に笑みを浮かべ事も無げにそう言った。
自分が止めたところで聞くような性格でもないので、せめてこのまま焼き芋の行方を見守ることにした。
ぱちぱちと火が爆ぜる音を聞きながら、静かに焚き火を眺める。二人は無言であったが焚き火の音が心地よいので嫌な空気はない。
ふとその時、学科棟裏から見える教室の空き部屋に人影が見えた。
男女が一組。
なんとなくその様子を見つめていると、だんだんと二人の距離が縮まり、彼らは抱き合った。
ㅤそして自然な流れでキスをした。
(…見てはいけないものを見てしまった)
気まずさから、つい、と視線を外す。
不純異性交友の現場を目撃してしまった。校則で一応禁止はされているが、密告するのは気が引ける。
見なかったことにしよう、とマスターが思っていると、焚き火の番をしていた邑田が「ほっほっほ」と笑う。
「人目を忍び育む愛というやつか。うむ、若い若い」
見ていないようで、しっかり見ている。
その驚きよりも、マスターには別の驚きがあった。
「…なんか邑田が理解あるの、ちょっと意外だったかも。こういう…色事に興味なさそうに見えるから」
そこまで言って、己の失言に気づいたマスターは慌てて「あっごめん、別に他意はなくて」と取り繕う。
それまで焚き火に向かっていた邑田が初めてマスターへと顔を向けた。
「ほう…そなたにはわしがそう見えるか」
きょとんとしたような顔をして、それから邑田はすっと立ち上がった。それまで屈んでいた人物が立ち上がったのと、邑田がそこそこ高身長ゆえに圧迫感がある。
邑田の身体が近づいてきたかと思うと、顎に手をかけられ、唇を攫われた。
「ん!? むら――」
驚き目を瞬かせ、名を呼ぼうとしたその隙間からぬるりと舌が入り込み、マスターの舌に絡んだ。
ゆっくりとした動きだが分厚い舌は咥内を無遠慮に荒らす。歯列をなぞられ甘い痺れが腰に入り、マスターの腰が自然と引けた。しかしその腰は邑田の力強い腕に引き寄せられ、二人の身体が密着する。
一見すらっとした身体からは想像がつきにくいが胸板は厚く、マスターが押してもびくともしない。
「はっ…んう…っ」
キスしているだけなのに酸欠になりそうなほど目眩がする。邑田の舌が咥内の粘膜に触れるたびに、頭が痺れるようだった。
角度を変えて何度も重ねられた唇は閉じることが出来ず、唾液が零れる。
どれだけ経ったか、ようやく解放されたマスターの息はすっかり上がり、顔は上気していた。
「この程度の口吸いで根をあげるとは、まこと初心じゃのう」
その様子を見た邑田はいつも通りの笑みを浮かべて。
「んん? おっと、芋が焦げてしまう」
そう言って邑田は再びしゃがむと焚き火に向き合った。
マスターは、堪らず脱兎のごとくその場から駆け出していた。
「…マスターが真っ赤になって走っていた」
「おお、おかえり在坂」
訓練を終えた在坂がやって来ると、邑田は笑顔で出迎えた。
地面に置かれたアルミホイルから覗く焼き芋はこんがりと黒く、熱々の湯気を上げている。
「食べ頃まではまだまだじゃな」
邑田の言葉に、在坂は不思議そうに首を傾げた。
「……もう十分焼けていると、在坂は思う」
「芋はな」
目をしならせて邑田は笑った。