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    柚月@ydk452

    晶くん受け小説

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    柚月@ydk452

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    ミス晶♂長編

    1-2 守護する者とされる者ふと目を開けると、灰色の天井が視界に入る。ぼんやりとしながらもそれを認識した瞬間、息が止まりそうになった。

    (ここは、まさか、まだ…!?)

    悲鳴と怒号が行き交う監獄を思い出し、賢者の体が勝手に震え出す。だがそれもほんの束の間、上の方からミスラのくぐもった声が、賢者を覚醒へと促した。

    (違う、自分の部屋だ…)

    カーテンで閉じられてはいるが、隙間から陽射しが溢れている。そちらを見ようとして頭を動かしたら、先ほどよりも近い距離で、ミスラの不満げな声が上がった。

    (う、動けない…)

    賢者の頭を胸元で抱え込むようにして、ミスラは半分うつ伏せに近いような状態で熟睡していた。重心は僅かにそれているものの、ほぼ下敷きになっている賢者は身動きができない。よくこんな状態で寝てたなと思いつつ、ミスラの温もりに包まれたお陰で、例の悪夢は一切見ることなく、眠る事が出来たと気付く。

    (…なんだかすっきりした気がする。ミスラのおかげかな。)

    次から次へと溢れる賢者の涙を、一粒ずつ丁寧に舐めとるなど、あとから考えるととても耽美で刺激的だが、あの時の賢者は冷静ではなかった。だからミスラの舌が這う度に、指先が肌に触れる度に、ミスラの事しか考えられなくなって、涙が止まった。

    (あったかいな…)

    ミスラの規則正しい呼吸と拍動が、賢者を再び眠りへと誘う。うとうとと微睡み始めた所でー賢者の腹の音が、静かな部屋に響いた。と、同時にミスラがゆっくりと目を開く。
    そして抱え込んでいた賢者の頭を離すと、その顔を覗き込んだ。

    「…今の音は、賢者様ですか?」
    (………そうです。)

    やや羞恥を滲ませながら、賢者はこくりと頷いた。目覚めの音が腹の音なんて、なんとも情けない話だが、生理現象なのだから仕方がない。布団の温もりは恋しいが、早くネロの朝ご飯を食べたいのもまた事実。賢者は自由な方の手でミスラの体に触れると、目を合わせた。

    (ご飯食べに行きませんか?)
    「…まだ寝足りないんですが…。」

    言い終わらぬうちに、ミスラの目はまた閉じられようとしていた。ぎゅうっと賢者を強く抱きしめながら、ミスラは顔を賢者の首に近付けると、寝心地が良い体勢を見つけたのか、再び規則正しい呼吸が聞こえてくる。
    ミスラの吐息が耳元に吹きかけられる度に、賢者はくすぐったそうに身を捩った。
    これは本当に起きないパターンだと、賢者は悟る。だが腹の虫は治るどころか、切なさを訴える一方だ。幸いにも、ミスラは熟睡している。先程はのし掛かられていたが、今は体勢を変えたお陰で、賢者を横抱きにしている。そろり、そろりと腕をはがし、絡んだ足をゆっくりと引き上げようとした所でー突如、グイッとかなり強い力で引っ張られた。
    半分程身体を浮かしかけていた賢者は大きくバランスを崩して、勢いよくミスラへと倒れ込む。慌てて顔を上げた賢者が見たのは、「何処へ行くんですか。」と賢者の手首を握りしめて、ジッとこちらを見据えるミスラの顔だった。寝ている時とは比にならない程の強い力で握り締められ、賢者は思わず顔を顰める。だが、不思議と恐怖は感じなかった。こちらを見据える翡翠の瞳は、相変わらず眠そうでぼんやりとしているけれど、賢者を傷付けるような攻撃的な意図や思惑は映していない。

    (お腹空きました。)

    賢者はお腹をさすりながら、きちんと自分の思いを伝える。ミスラから逃げるのではない、ミスラが怖いなんて思ってないと、目で訴えながら。
    こんな時、声が出せない事がもどかしい。思わず出そうとして、喉にぴりっと刺激が走り、慌てて口を閉じる。
    賢者の静かなる訴えを理解したのか、ミスラは溜息を溢すと、もう一度賢者を強く抱き締めてから起き上がった。
    「分かりました。人間は食べないと、死にますからね。」
    握りしめていた手を離し、ミスラは長い手足を大きく伸ばした。あくびを噛み殺しつつ、ようやく起床の準備をしてくれる事に、安堵する。カーテンを勢いよく開けると、柔らかな光が部屋を明るくした。雲ひとつない快晴に、自然と笑みも溢れる。
    そして賢者は、くるりと振り返った。

    (ミスラ)
    「何ですか?」

    眩しそうに目を細め、気怠げな声で答えたミスラに、賢者は笑顔で伝える。

    (おはようございます!)
    「あぁ、おはようございます。」

    魔法は使わずとも、言葉にせずとも、ミスラは気付いてくれる。その事が本当に嬉しくて、賢者はまた笑みを浮かべるのだった。



    「あ、賢者様、おはようございます。体の調子は如何ですか?」
    「賢者、もし食べられない物があったら言ってくれ。俺が食べてやる。」
    「こら、シノ。食い意地が張りすぎだよ。」
    「食い意地じゃない。優しさだ。食べ物を残すのは、罪だからな。」
    賢者の体調を問うヒースクリフは、隣にいたミスラにやや怯えながらも、近寄ってきた。食堂にはすでに焼き立てのパンの香ばしさと、コーヒーや紅茶の香りが満ちている。最初は数人しか居なかった此処は、いつの間にか混み合うようになっていた。もちろん夜型の者や前日の任務が長引くこともあり、全員が揃う事はない。しかしネロの食事に惹かれてか、あるいは他の者に連れられて、皆が1日に一回は顔を出すようになっている。
    ちなみに朝はビュッフェスタイルだ。サラダやデザートは好みの物や量を自身で取り分けるーのだが、全員の好みを把握しているネロは、食堂に誰かが来た時点で、瞬く間に各々が好む味付けに変えて提供するので、もはやネロが取り出しやすいよう、テーブルに並べているに過ぎない。今も既に、喉を痛めた賢者が食べやすいスープとヨーグルトを手早くトレーに準備している。
    近寄ってきたヒースクリフとシノに、大丈夫、と声を出そうとして、賢者は慌てて喉を押さえる。厳密に言えば全く声が出ないわけではなさそうだが、まだフィガロの許可は残念ながら下りていない。
    喉を押さえた賢者の姿を見た途端、彼らは心配な表情を浮かべたものの、賢者が笑って手を振った様子にホッとしたようだった。
    「俺たちはもう食べ終わったので、また後で。」
    「じゃあな、賢者。」
    立ち去る二人にまた手を振ろうとしたら、そばにいたミスラが愚図るように賢者の服を引っ張る。さっさと置いていくと思いきや、律儀に待っていたらしい。
    他にもテーブルについていた魔法使い達に挨拶をしていき、賢者達はようやく席に座った。
    「おはよう、賢者さん。そら、ミスラはこっちだ。」
    「はぁ、どうも。」
    賢者の前には野菜たっぷりの滋養が溶け込んだスープ、すり潰されたベリーが混ざったヨーグルトが出される。一方でミスラの方をちらりと見ると、朝から豪快に骨つき肉をボウルたっぷりに盛られていた。手掴みでそれを、次から次へと口にいれていく。賢者が一口スープを含む間に2、3本は胃に入っていそうな勢いだ。
    (いっぱい食べるなぁ)
    ぼんやり眺めていたら、ミスラと目があった。指についた脂を舐め取り、こてんと首を傾げる。
    「…賢者様も、欲しいんですか?」
    どうやら催促の視線、と受け取ったらしい。もちろんそんなつもりは無いので、勢いよく首を振って否定する。たしかに美味しそうだが、それはまた回復してからのお楽しみにしておきたい。
    はぁ、とミスラは呟くと、再び骨つき肉に齧り付く。
    リケとミチルの賑やかな歓声に振り返ると、焼き立てのガレットが登場していた。表情こそは動かさないものの、ファウストの目元が緩んでいるのは気のせいではないだろう。
    いつも通りの日常、いつも通りの風景が、今目の前に広がっている。それはあの牢獄に閉じ込められた時から待ち望んでいた、賢者にとっての幸せ。人から見ればほんのささやかなものかもしれないが、だからこそ、その有り難みをしみじみと実感している。
    (早く、みんなと話したいな)
    賢者はまた一口、野菜スープをゆっくりと味わった。



    「賢者様、しばらくは魔法舎でゆっくり過ごされるんでしょう?」
    「良かったら、僕達の勉強会に来てもらえませんか?」
    「文字の勉強もたくさん頑張ったので、見て欲しいです!」
    もうすぐヨーグルトが食べ終わりそうなところで、ルチルとミチル、リケが伺うように寄ってきた。魔法舎に来てから文字の読み書きを教わっているリケは、もう簡単な教科書なら読めるらしい。たまに談話室で、ルチルから出された宿題をミチルとリケが一生懸命こなしている姿を見かけると、つい微笑ましくなってしまう。
    療養と称しているものの、実際には治療は粗方終わっているため、やることは殆どない。のんびり過ごすと言っても、その過ごし方に困っていた賢者にとって、まさに渡りに船だった。
    「ミスラさんも、如何ですか?たまには外でピクニックしようと思っているんですよ。」
    「外ですか…。」
    ルチルの朗らかな誘いに、いつもなら「はぁ?嫌ですよ」と即答するだろうと思われた彼は、珍しく眉を寄せて思案する素振りを見せる。賢者はその様子を不思議に思い、横に座る彼を見遣るとー彼もまた、賢者をジッと見ていた。それなりに寝られたお陰か、目元の隈はいつもより薄い気がする。
    深く吸い込まれそうな、綺麗な翡翠の瞳に、心まで囚われそうな錯覚に陥ったところで、賢者はようやく我に返った。

    (ミスラは…どうするのかな…)

    一緒に居て欲しい、なんて。
    そんな感情は、持っちゃいけない。
    自分は賢者なのだから、皆に等しく、分け隔てなく接しなければならない。
    だからきっとこの感情は、捨てるべきものだ。
    賢者はその思いを知られる事を恐れて、不意にミスラから目を逸らした。

    「…良いですよ。」

    えっ、と吐息が溢れた。終わりかけのヨーグルトが、手から滑り落ちそうになる。
    「本当ですか、ミスラさん!たくさん料理とお菓子もお持ちしますね。」
    「僕は紅茶を持っていきます。昨日オズがくれたんです。」
    「あの男が紅茶を?何か仕込まれてるんじゃないんですか、それ。」
    「もう、オズはそんな事しませんよ。ほら、これです。」
    リケは得意げに紅茶缶を懐から取り出したが、それを見たミチルは驚きの声を上げる。
    「リ、リケ、それ確か王室御用達のものじゃ…?」
    「はい、アーサーも美味しいって言ってました。」
    ならばそれは、かなり値が張るものではないだろうか。だがせっかくの好意を無碍にする事も出来ず、結局は大人しくそれに甘えることにした。よく考えれば、元の世界にいたら一生味わうことのない物なのだから、この際経験してみたいという思いもある。
    「賢者様、それではまたお昼前に、中庭でお会いしましょう。ミスラさんも、それでいいですよね。」
    「もう一眠りして、起きられたら賢者様と行きます。」
    「ふふ、もし起きられなかったら、起こしに行きますからね!」
    ヨーグルトはとっくに食べ終わっているけれど、賢者はまだ顔を上げられずにいた。空っぽの器をいつまでも見続けながら、二人の会話をぼんやりと聞く。
    「賢者様、やっぱりまだ具合が悪いですか…?」
    不安そうなミチルの声に思わず顔を上げると、こちらを心配そうに見遣る3対の瞳が目に入った。ただでさえ多大な迷惑と心配を掛けていたのだから、これ以上彼らの気を病むようなことは避けたい。
    賢者は食べ終わったヨーグルトをテーブルに置くと、笑みを浮かべて首を振る。ミチルの頭を撫でると、彼はくすぐったそうに笑った。
    「賢者様、食べ終わりましたか?じゃあ部屋に行きますよ。」
    ミスラの声に振り向くと、今度はしっかり顔を見る事ができた。変わらず眠気を訴える彼に、くすりと笑いが溢れる。
    手掴みで肉を食べていた彼の指は、いつの間にか綺麗になっており、賢者があれほどしつこく言っていたナフキンを使って、口元を拭いていた。
    ご馳走様、と口だけ動かして、賢者は皿を片付けようとする。しかしその前に、傍らの彼が「アルシム」と呟いて、賢者達の前から皿が消えた。「うぉっ!?」とキッチンからネロの驚き声が聞こえたことから、きっと皿を移動させたのだろう。
    「早く行きましょう」
    賢者に手を伸ばして、そうねだる彼は、賢者が断るなんて露にも思っていない。
    当たり前のように差し出された手を取って、賢者はルチル達に別れの挨拶をすると、席を立った。



    賢者の部屋に戻ると思いきや、彼は自室へと向かった。繋がれた手を握りしめると、その疑問が顔に出ていたのか、彼は歩きながら答える。
    「あぁ、だって賢者様の部屋だと、用がなくとも誰か来そうじゃないですか。俺の部屋だったら、そうそう来ませんし。」
    ガチャリと扉を開けると、昼間に反して薄暗い部屋が賢者達を出迎える。中は確かに暗いけれど、だからと言っておぞましいような印象はない。もちろんあちらこちらに置いてある魔道具やら呪具からは、危険な香りがするのだけれど。
    お邪魔します、と口だけ動かし、賢者はミスラに手を引かれながら部屋へ入る。
    ミスラはそのままベッドに腰掛けたが、賢者は少し躊躇った。ただでさえ濡れたような色気を持つ美青年が、眠気のせいかその魅力が増しており、直視できなかったのだ。
    だがそんな賢者の羞恥心なんて、ちっぽけなものだ。手を引かれながらも立ち尽くす賢者に、ミスラはほんの少し眉を寄せると、グイッと引っ張った。
    「…ッ!?」
    「…昨日あなたを抱き締めてたら、すごくよく眠れたんですよね。別に初めてじゃないはずなんですけど。」
    腰掛けたミスラに乗りかかるような形で、賢者はぎゅうっと抱き締められる。頬にかかる柔らかな癖毛が気になるのはもちろんのこと、賢者の耳元で息を吹きかけるようにミスラの声が聞こえてくる。
    離れようと身を動かそうにも、賢者の力はあまりにも弱々しく、身じろぎすら出来ない。
    「…何でだと思います?賢者様。」
    台詞だけ聞くと、まるで幼子が親に尋ねるような微笑ましいものであるはずなのに、低く掠れた声と吐息のせいで、何も考えられなくなってしまう。
    赤面する賢者を他所に、ミスラは昨日の事を振り返るように辿っていく。まるで甘美な秘事を口にするかのように、「…あぁ、多分」と密やかに呟く。
    「…賢者様を、食べたからですね。」
    えっ、と思った次の瞬間には、賢者はミスラ越しに天井を見ていた。両手はベッドに押さえつけられ、柔らかなマットレスが背中から伝わる。深く沈み込んだ体は抵抗すら許されず、飢えた獣が賢者を見下ろしていた。両手首の拘束は、緩むどころか増している。

    ー食べるって、そんな、まさか。

    昨日の光景が、今になってありありと思い出される。涙の流れる目元からミスラの舌がゆっくりと這い、頬から顎へ、そして。
    ミスラの端正な顔が近づいたと思った次の瞬間には口元にーではなく、耳をぺろりと舐められた。
    「…ッ!」
    右の耳殻を丹念に、舌特有のざらざらした感触が、嫌が応にも賢者を襲う。合間に溢れるミスラの吐息がより艶めかしく、腹の奥底からじんわりと熱が籠っていくようだった。右耳に触れられた瞬間、うっかり反射的に顔を左に向けた所為で、よりミスラが舐めやすくなっている。
    抵抗らしい抵抗も出来ないまま、賢者はただ声を出さないように耐えるしかなかった。否、耐えるという表現は、少し異なるかもしれない。

    何故なら、『嫌』だとは思ってないから。

    嫌悪感も、恐怖も感じてはいない。ミスラに捕食されている今、自分が彼に求められている事に安堵すらしている。
    もちろん、強烈な羞恥心はあるのだけれど。
    生理的な涙で滲んだ視界はぼやけていて、瞬きをすると、頬に一筋こぼれ落ちた。
    賢者は知らない。涙で潤んだ目元も、上気した頬も、か細く震える吐息も、ただ相手を煽っているだけだという事に、気付いていない。
    じゅるり、と耽美で卑猥な音が、まるで脳に直接響くかのように聞こえてくる。賢者の体に覆い被さっていたミスラは、ひとしきり舐め終えると満足したのか、片方の手を外す。そのまま賢者の顎を掴み、横向きになっていたその顔を上向かせた。賢者からすれば、ひたすら見ないように、感じないようにと現状認知を避けていたのに、ここにきて突然ミスラの端正な顔立ちが間近に映し出されたのだ。心なしか熱く感じる体温も、少し乱れた吐息も、正しく色気の暴力と言って差し支えがない。
    覗き込まれるように、ジッとこちらを見据える翡翠の瞳に、あわや視線を逸らそうと思った、次の瞬間。

    「…あ。寝れそうです。」
    「…ッ!?」

    ミスラはそう呟くと、そのまま賢者の身体の上に倒れ込んだ。下敷きとなった賢者は、悲鳴すら上げることもできず、ただその重みを享受することしか出来なかった。
    顔を見ることは出来ないが、賢者の肩口に顔を埋めるようにして、穏やかな寝息が聞こえて来る。
    不眠に悩むミスラの助けになれるのは嬉しい。嬉しいのだが、今、このタイミングで賢者の力は発動しないで欲しかった。
    とここまで思って、賢者ははたと気付く。

    ーまるで、あのまま続きをして欲しかった、みたいな。

    愛撫とは程遠い、捕食者と被捕食者のような、際どい行為。けれど確かに、もっと求められたかったのもまた事実。

    (やっぱり、眠ってくれて良かったかもしれない)

    初めて抱いたこの想いも、身体にこもる熱も、まだ気付かれたくない。
    もうしばらくは、このままで。

    規則的な呼吸とあたたかな熱に誘われて、賢者もまた眠りに誘われていった。



    「もう、ミスラさん!聞いてますか?」
    「聞こえてますよ、何度も同じこと言わないでください。大体俺が何をどうしようが、俺の自由でしょう。」
    「いいえ、ミスラさんは良くても、賢者様に辛い思いをさせるわけにはいきません。もっと賢者様を大切にしてください。」
    「そ、そうですよ。賢者様とっても苦しそうでした!賢者様は優しいから、きっと何も言わないんでしょうけど…。」
    穏やかな昼下がり、魔法舎の中庭の、とある一角。敷物を広げた上に、料理やお菓子を詰め込んだバスケットが出番を控えている。
    だが、穏やかな昼下がりに似合わない剣幕のー傍から見れば喧嘩しているようにも見えるー南の兄弟が、ミスラを叱りつけていた。
    「賢者様、お身体は大丈夫ですか?」
    心配するリケに、賢者は手を振って大丈夫だと伝えた。その膝上には、ミスラが我が物顔で頭を乗せている。だらりと敷物の上に寝そべっているのに、それすらもまるで絵画や撮影のようで、人を惹きつける魅力を放っている。
    ルチルとミチルが怒っているのは、先程は二人がミスラの部屋に突撃した時の状況について。賢者はもう慣れてしまったが、傍目からはミスラが賢者を押し潰しているように見えてしまったらしい。もちろんそれは事実であり、苦しくなかったと言ったら嘘になる。
    賢者を思い、賢者のために二人が怒っている手前、まぁまぁこの辺でと諌める事も躊躇われる。
    困ったような笑みを浮かべる賢者が唯一出来たのは、膝上に置かれたミスラの頭に手を添え、柔らかな髪の毛を梳いていくことだった。
    「全く、口うるさいのは本当にチレッタ譲りですね。いい加減、勉強会とやらを始めたらどうなんですか。」
    ミスラからすれば、勉強会が始まれば必然的に自分から注意が逸れ、また緩やかな眠りにつけるだろうと思ったに違いない。
    果たして、ルチルはため息を吐くと、苦笑を浮かべながら、ミスラに同意した。
    「…そうですね、ミチル、リケ。気を取り直して、今日の勉強を始めましょう。」
    「うー、ミスラさんに従うのは癪ですけど…。賢者様、辛くなったら言ってくださいね。」
    「賢者様、掛け物をどうぞ。ルチル、今日は何をするんですか?」
    穏やかな陽の光に包まれながら、先程の喧騒が嘘のように、ミチルとリケの期待を込めた視線がルチルに向けられる。
    「ふふ、今日は絵本をいくつか持ってきました。これで文字の勉強をしましょう。」
    そう言って、ルチルはそばに置いてあった鞄から数冊の絵本を取り出した。まるで紙芝居のように大きなものもあれば、文庫本のように小さいものもある。聞けば、この間市場に行った際、古本屋が軒を連ねてセールをやっていたらしい。リケとミチルは嬉しそうにそれらを手に取ると、パラパラとページを捲り出した。
    「これ、知ってます!学校の図書室にあって、よく兄様に読んでもらったもの…!」
    「私も懐かしいよ。ミチルはもう内容を知っているだろうから、リケに教えてごらん。」
    「そうなのですね。ミチル、これはどういったお話なんですか?」
    「賢者様も、良かったらご覧になってください。絵だけでも楽しめると思いますよ。」
    絵本と称するだけあって、表紙には可愛らしいイラストが描かれており、タイトルすら読めなくとも興味がそそられる。勇ましい男の子が何かの冒険に行くような、わかりやすいものもあれば、デフォルメされた羊が一匹ぽつねんと佇んでいる寂しげなものもある。その中で賢者の目を引いたのは、一匹の黒猫が夜空を見上げている絵本だった。
    その猫は窓枠から星空を眺めており、その姿はただ黄昏ているようにも、寂しそうにも見える。自他ともに認める猫好きだが、それだけでなく、どうしてかそれが自分と重なっているようにも思えて、賢者は誘われるかのようにその絵本を手に取った。
    古本と言うものの、手にした感触からは、それ程傷んでいる様子はない。むしろ状態としては良い方で、大切に扱われていたような印象も抱く。
    そのまま表紙を捲ろうとした賢者だったが、膝の方から「ちょっと。」と苛立ったような声が上がった。
    「賢者様、手が止まっています。」
    絵本から目を離し、ミスラの方を見ると、声同様不満をありありと顔に表した彼が、賢者を捉えていた。絵本に気を取られて、ミスラの頭を撫でていた手が止まったのが、どうやら不満だったらしい。千年も生きる人が、たった一人で強く生きている癖して、今だけは自分の膝の上で撫でられるのを待っている。その事実にどこかくすぐったさを感じて、賢者はページを捲ろうとした手を止めて、ミスラの柔らかな髪の毛に伸ばした。
    「あ、賢者様ならそちらの絵本を選ぶと思いました。中身を見てみましたか?」
    ルチルの問いかけに、賢者は緩く首を振る。どういった内容なのだろうか。
    賢者はその答えを知りたくて、ねだるような視線を向ける。
    「それはですね…。」
    賢者の言葉なき問いかけに応えるべく、ルチルは口を開く。だが寸でのところで、何かを思い付いたかのように、目を見開いた。
    「あっ、ミスラさん!良かったら、今夜それを賢者様に読んで差し上げてください!」
    「…はぁ?いきなり何言い出すんですか?」
    「ミスラさんはいつも賢者様に子守唄や寝物語をねだっているんでしょう?たまにはミスラさんの方から、賢者様にやってあげては如何でしょうか。」
    ルチルの提案に、賢者は驚きで固まった。確かにミスラに呼ばれた時、元の世界の童話や童謡を聞かせていた事もある。正直な所、成功率には全く直結していない。それどころか、子守唄は呪詛だと言われる始末だ。終いには賢者の引き出しはなくなっていき、今ではただ添い寝をするか、今日一日の振り返りをするような流れになっていた。
    もっぱら賢者が話す一方だが、意外にもミスラはしっかり聞いており、「はぁ」とか「そうですか」の他にもちゃんとした質問を返してくれたりする。それどころか賢者自身が忘れているような、随分前に話した事柄も覚えており、ミスラに言われて思い出す、なんて事もある。
    閑話休題。
    即ちミスラの方から賢者に何かする、と言う事が、今までなかったような気がする。内容は絵本を読むと言う、とても可愛らしいもの。果たしてミスラは、ルチルの提案に、眉を顰めた。
    「ただでさえ寝るのに苦労しているんですよ。余計寝れないじゃないですか。」
    「たまには違う事をするのも刺激になります。日頃の賢者様のお気持ちを味わってみる、良い機会ですよ。」
    得意げに胸を張るルチルとは対称に、ミスラは渋い表情を隠す事なく晒していた。ミスラ本人としては、ただただ面倒なだけなのだろう。それでもここまであからさまに拒否されると、期待に膨らんでいた胸の内がしおしおと沈んでいく。

    (読んで欲しかった、なんて。)

    「…分かりましたよ。読めば良いんでしょう。」
    「わぁ、ミスラさんならそう言ってくれると思っていました!」

    えっ、と呆ける賢者を他所に、ルチルはにこにこと朗らかな笑みを浮かべている。
    聞き間違いでなければ、今、ミスラが絵本を読んでくれると口にしなかっただろうか。
    あの、北のミスラが、絵本を、読む。
    協調性のカケラもない、けだものと称された彼が。

    (あれ、強烈なギャップあるな…)

    そうなったら良いなと思いつつ、いざ承諾されると、ふと我に返ってしまった。こんな事を口に出来るのは、ルチルくらいだろう。
    そんな賢者の様子に気づいたのか、ミスラが声を掛ける。

    「何ですか、だいぶ失礼な事考えてそうですね。さっきまでの顔はどうしたんです?」

    (…さっきまでの、顔?)

    一体どんな顔をしていたと言うのか。思い当たらず、こてんと首を傾げる賢者の頬に、ミスラの細く長い指がそっと添えられる。
    つつ、とゆっくり頬筋を撫でると、彼はいつもの挑発的な笑みを浮かべて、答えた。

    「物欲しそうな、顔ですよ。」
    「…ッ!?」

    思わず赤面した賢者に構わず、ミスラはそのままゆっくりと目を閉じた。



    大いなる厄災が煌々と照らす、静かな夜。当たり前のように賢者のベッドに居座るミスラは、就寝の準備をする賢者をぼんやりと眺めていた。トップモデル級の美青年がジッとこちらを見詰める姿は、言い知れぬ圧を感じる。ちなみにルチル達の勉強会にお邪魔した後、そのままラスティカ達のお茶会に呼ばれた。賢者の為にと用意された紅茶は極上の一品で、思わずほうっと溜息がこぼれてしまった程だ。西の国随一と評判の高いケーキはまだ食べられなかったけれど、上に乗っていた生クリームをすくって口に含んだら、とても美味しかった。そうしてのんべんだらりと穏やかな時間を過ごしていたら、気づけばもう夕方。夕食、風呂ときて、今に至る。
    そしてその間、ずっとミスラは賢者にべったりだった。賢者の行く所全てに付いて歩き、初めの頃は皆も違和感を抱いたものの、昼が過ぎ、夕方を迎える頃には誰も指摘しなくなった。
    声が出ないのは相変わらずだ。実際は出そうと思えば出せるかもしれないが、フィガロを始め年長の魔法使い達からはくれぐれも出さないように念押しされている。文字も書けない賢者はさぞ意思疎通に不便を感じるかと思いきや、それは杞憂に終わる。
    今だって、ほら。

    (ミスラ)

    「何ですか、賢者様。」

    パジャマに着替え終わった賢者がそっと手を伸ばすと、ミスラは早くと強請るように引っ張った。倒れ込んだ賢者の意思を確認するように、額をくっつける。
    耳に馴染んだ、ミスラの呪文が呟かれる。

    (絵本を、読んでください)

    ぱちりと目を開いたミスラは気怠げに、けれど拒否する事なく、仕方ないですね、と応えた。例え気持ちを言の葉に込めることができなくても、魔法の前では瑣末な事だ。意思も、思いも、何一つ隠すことができなくなってしまうけれど。
    賢者の要望を聞き終えたミスラだが、離れる気配はない。と思いきや、そのまま鼻を擦り合わせる。
    「…ッ!?」
    鼻をくっつけると言うことは、即ち唇との距離も近づくわけで。ミスラから溢れる吐息が、賢者の唇を掠めていく。
    あわやゼロ距離に至るまでもう僅かだがー賢者は緊張や性的興奮よりも、まるでマーキングだなぁと呑気な感想を抱いていた。
    ひとしきりマーキングをして満足したのか、ミスラは握っていた賢者の手を離すと、こんどは自身のそれを要求の手に変えた。
    「ほら、絵本を貸してください。あなたはこっちです。」
    ぽんぽんと叩かれたそこは、ミスラの前。彼は胡座をかき、その上に座るよう指している。やや気恥ずかしさを覚えながらも、どうせ誰も見てないし、と羞恥心に蓋をして、賢者は大人しくミスラの前に座った。ミスラは賢者を抱え込むようにしてのしかかると、絵本をやや雑に掴み取る。
    「全く、俺にこんな事させるのは、あなたくらいですよ。読み終わったら、ちゃんと寝かしつけてください。」
    もちろん最初から、そのつもりだった。期待に胸を膨らませて、賢者は今か今かと待ち侘びる。
    表紙を飾る黒猫は、可愛らしいイラストだけれど、やっぱりどこか寂しさを感じる。どんな物語だろう、どんな猫なんだろうと想像しながら、ページをめくった。



    「…はい、終わりです。」
    淡々とした口調で、ミスラは絵本を閉じた。寝物語としてルチルから提案を受けたものの、未だ眠りの気配は訪れないようだった。欠伸を噛み殺しながら、抱え込んでいた賢者の顔を覗くとーミスラは大きく目を見開いた。
    「…あなた泣いてるんですか?」
    声を上げることも叶わず、賢者はただほろほろと静かに涙を流していた。自分でも単純だなと頭の片隅で思ったが、なにぶん先日の事件で心に大きなダメージを負ったのだ。未だその回復過程にあるのだから、いつもより情緒が不安定であっても、多少は大目に見て欲しい。
    物語自体は、至ってシンプルだ。
    家族仲良く暮らしていた黒猫は、ある日突然離れ離れになってしまう。他所の家に貰われた黒猫は、毎夜月を見上げながら家族を想い、ついには逃げ出してしまう。その旅路を冒険譚として、描いたものだった。
    平時であれば、可愛いなぁとか微笑ましい感想を抱くだろうが、今は黒猫の寂しさにどうしたって強い共感をしてしまう。だから静かに泣いているのだが、ミスラはもちろんそんな賢者の心情を知らない。けれど賢者の涙の原因が絵本だと言う事には、さすがに気付く。
    「…何故泣いているのか全く分からないんですが、そんなに泣くなら、これ捨てましょうか。」
    だいぶ斜め上の提案をされ、賢者は慌てて首を振る。止めなければ、本当に燃やしてしまいそうだった。確かに泣いたけれど、あくまで黒猫の心情に共感しただけであって、絵本に罪はない。せっかくルチルから貸してもらったのだから、文字の勉強も兼ねて、またあとでゆっくり読もう。
    ミスラの手から絵本をとると、賢者はいそいそと布団に潜り込む。賢者の動きに合わせて、ミスラもようやくかといった表情で、横になった。
    「…ルチルが、たまには寝かしつける側の立場になってみろと言うから、やってみましたが。」
    暗くなった部屋で、ミスラが囁くように呟く。
    「まぁ、偶になら、悪くないなと思いました。あなたが泣くのは予想外でしたが。」
    ぎゅうっと力強くミスラに抱き締められながら、賢者はミスラの言葉を聞いて嬉しく感じた。ルチルからの提案とは言え、こちらから無理にねだったようなものだったため、今回が最初で最後だろうと思っていたのだ。
    それが、悪くなかったのだと言う。ただの気まぐれに過ぎないかもしれないが、ならばと賢者は傍のミスラに呼び掛ける。
    音にならない、小さな息の掠れ声にも、ミスラは気づいて目を開けた。
    うとうとと微睡んでいた翡翠の瞳が、気怠そうに賢者を見遣る。
    「…何ですか、賢者様。もうすぐ眠れそうなんですけど。」
    横向きに寝そべるミスラの額に、賢者はコツンと自身の額をくっつけた。それだけで、ミスラは賢者の意図を理解する。

    ≪アルシム≫

    明日、市場で絵本を買いに行きませんか。

    またミスラに読んで欲しいです。

    「まったく、偶になら良いと言ったそばから、そんな要求をするなんて、あなたも図太くなりましたね。」
    言葉とは裏腹に、その口調は至って穏やかだ。くぁ、と欠伸をしながら、ミスラはこれで最後とばかりに賢者に覆い被さる。
    「良いですよ。…じゃあ、おやすみなさい、賢者様。」
    賢者の耳元に口を近づけると、掠れた声で返事をした。



    翌日、カーテンの隙間から漏れ出る朝日に、賢者は眩しそうに目を細めた。傍らに潜り込んでいるミスラからは規則的な寝息が聞こえ、どうやら昨晩は傷の緩和に成功したらしい。賢者の肩口に顔を埋めるようにして、ぐっすりと眠り込んでいる。
    眠る間際に、交わした言葉は覚えているだろうか。例え気まぐれだったとしても、ミスラが賢者の要望に応えてくれようとした事は嬉しい。
    しばらくは療養を余儀なくされている身だが、ミスラと一緒ならば、ほんの少しだけ出掛けることも可能だろう。市場に出て攫われた前科がある以上、あまり良い顔はされないだろうが、それも賢者を心配しての事だ。賢者としても、これ以上皆に迷惑は掛けたくない。出掛ける前に、まずはスノウやホワイトを始め、相談していくのが良いだろう。
    そこまで考えて、賢者はゆるりと手を布団から出すと、ミスラの頭を優しく撫でた。一度、二度と撫でても全く反応はなく、仕方無しにぽんぽん、と軽く叩く。

    (ミスラ、ミスラ。起きてください。)

    それでも、穏やかな寝息が止まる事はない。

    (もう、起きてください)

    心なしか、のしかかる重さも増してくるように思えて、いよいよ賢者も焦ってくる。

    (………ミミ!)

    柔らかな赤毛をわしゃわしゃと撫で回したところでーようやく、固く閉じられていた瞼がゆっくりと持ち上がった。
    昨晩は寝られたのだろうが、未だその隈が薄まる気配はない。相変わらず寝不足を訴えてくるその目元をゆっくりと撫で、賢者は笑みを浮かべた。

    (おはようございます、ミスラ。)

    口だけ動かして、挨拶をする。寝かせてあげたいのは山々だが、生活リズムを崩すのは良くない。ここは心を鬼にしてでも、ミスラを起こさなければ。
    「…おはようございます、賢者様。」
    くあ、と欠伸をする姿も、まるで映画のワンシーンのように目を奪われた。
    今日もまた、ミスラに心を惹かれていく。
    ゆっくりと、だが確実に、昨日よりも"好き"が募っていく。

    ーやっぱり、俺は、ミスラの事が。

    恋だと称するには遅過ぎて、けれども愛だと銘打つにはきっと足りない。ほんの一時の気の迷いと諭されれば、納得してしまいそうになる。向こうは悠久の時を生きる、魔法使い。瞬きの間、刹那を駆け抜く自分なんて、賢者としての役割以外に価値なんてない。
    そうまで考えて、賢者はゆるりと被りを振った。今考えた所で、どうにも出来ない問題だ。
    「賢者様、起きるんでしょう?」
    そう問いかけたミスラの声に、賢者は笑みを浮かべて頷く。そして当たり前のように差し出されたミスラの手を取り、未だ温もりの残るベッドから起き上がった。



    「で、何処に行きたいんでしたっけ。」
    朝食から戻りがてら、突然賢者にそう問い掛けたミスラに、賢者は驚いた。彼は昨晩の寝物語の間に交わした言葉を、忘れていなかったのだ。意外にもミスラは、賢者の話を聞いていないようで聞いている。時には賢者すら忘れてしまったような些細な事でも、存外に覚えているのだ。それが嬉しくて、賢者はへにゃりと緩やかな笑みを浮かべた。
    ルチルは市場と言っていたが、何処の国だったか。けれどアンティークが揃う市場と来たら、やはり西の国だろう。そう賢者が思い付いたのと同時に、ミスラも同じ考えに至ったらしい。
    「…とりあえず、西の適当な所へ繋げます。」
    (…西の、国。)
    思わず、身体がほんの少しだけ震える。だが賢者はそれを無視して、差し出されたミスラの手を強く握った。

    ≪アルシム≫

    豪奢な扉を開いた先から、眩しいほどの光が溢れる。ミスラに手を引かれ、賢者は扉の向こうへと歩き出した。



    空は青く澄み渡り、そよ風が心地よい。降り注ぐ日差しは次第にその量を増していき、人々の活気にあふれた声が行き交う。
    通りからほんの少し外れた路地に降り立った二人は、幸いにも、誰の目にも止まらなかったようだ。
    「この辺りかな。何か色々売ってそうな気配はします。…賢者様?」
    周囲をぐるりと見渡したミスラは、傍らの賢者に話しかけようとしてー思わず目を見開いた。
    いつもの緩やかな笑みは影を潜め、今にも倒れそうなほど青い顔をしている。握っていた手はいつの間にか冷たく、震えが伝わってきていた。
    「賢者様、どうしたんですか?」
    辺りに魔力の気配はなく、呪いをかけられた形跡もない。ならば、賢者自身の体調不良か。
    そうしている間にも、賢者の呼吸が徐々に乱れていく。ついにはミスラの方へともたれ掛かるようにして、倒れ込んだ。

    (苦しい…、息が、できな…)

    大丈夫だと思っていた。もうなんて事はない、記憶の片隅に、そっと閉まっておこうと思っていた。
    けれど扉を開けた先に広がった景色は、あの日の路地と酷似していて。
    耳に届く喧騒が、攫われた時の記憶を刺激する。
    呼吸もままならない賢者は、意識が朦朧となっていく。

    「……ッ…?」

    生理的な涙で滲んだ先に広がるのはーミスラの顔だった。細い路地裏で賢者を壁に押し付けながら、ゆっくりと、隙間なく唇を重ねていく。何度も角度を変えながら、息一つ溢す事すら許さぬように。
    荒々しく口を塞いでいるようでいて、その実賢者を傷つけないように、絡ませる舌は丁寧だ。
    朦朧となっていた意識は今や、ミスラとのキスでいっぱいだった。

    どれくらいの間、そうしていたのだろうか。元々人気の少ない路地裏だったからか、賢者とミスラに目を向ける者はいない。

    やがて満足したかのように、二人はそっと唇を離した。賢者の呼吸は乱れているが、先程のものと比べても、その違いは明らかだ。力なくミスラに寄りかかっているものの、徐々に深く、安定した息が、小さな口から溢れていく。

    賢者が陥っていたのは、現代で言えば、PTSDによる過呼吸だ。無論、ミスラはそんな知識など持っていない。ただ何となく、そうした方が良いという勘が働いたに過ぎない。
    「…賢者様。」
    ミスラの声に、賢者は頭を上げる。
    「調子悪いみたいですし、もう戻りましょう。」
    ミスラにしては珍しく、賢者の返答を聞かずして、言い切った。あっという間に賢者の細い身体は横抱きにされ、背後に出現した扉がガチャリと音を立てて開く。

    未だミスラとのキスの余韻が残る賢者に、抗う余力はない。されるがままに、ミスラの温もりに包まれながら、賢者はそっと目を閉じた。



    魔法舎に戻った二人を出迎えたのは、スノウとホワイトだった。ミスラに抱えられた賢者を見て、揃って驚いた表情を浮かべる。
    「賢者ちゃん、具合が悪いかのう、フィガロちゃんを呼んでこようかのう?」
    「ミスラちゃんが無理させたんじゃな?賢者はか弱い人間であると、何度も言うておるじゃろう!」
    「うるさいな、喧嘩を売っているんですか?」
    声が出せない賢者は、力なく微笑む事しかできない。何処が悪いという訳ではないが、未だ倦怠感が残り、このまま大人しく抱えられた方が良さそうだ。出来れば誰にも見られたくないのだが、そこは天にでも祈るしかない。
    足にまとわりつく双子に、ミスラは苛立ったような声を上げている。
    「ちょっと、これから寝るつもりなんですけど。」
    「我らとしても、そうさせたいのは山々なんじゃがのう。苛々しているミスラちゃん連れていきたくないし。」
    「緊急の任務じゃ、ミスラ。フィガロちゃんがいるとは言え、ルチルやミチルに万が一の事があっては、そなたが困るじゃろう。」
    「…は?南の兄弟がいくんですか?」
    かつてチレッタと交わした約束が、ミスラの足を止めた。双子が言うには、南の国から緊急の討伐依頼が来たらしい。フィガロやレノックスで十分手は足りるだろうが、念のための戦力として、ミスラも連れていくべきだと判断したようだった。
    賢者は一通りの話を聞き終えると、そっと抱えられていたミスラの手から降りた。依頼や任務の時、賢者は付いていく事が多いが、今の自分は本調子ではないし、内容からして危険も伴う。ここは大人しく留守番をしていた方が賢明だろう。

    (ミスラ、行ってください。)

    口にせずとも、賢者の意図は伝わったらしい。はぁ、とがしがし頭を掻きながら、ミスラはいつも通り、気怠げな声で双子に返事をした。
    「ほら、さっさと案内してください。面倒なので、すぐに終わらせますよ。」
    「きゃー!ミスラちゃんならそう言ってくれると思ってた!」
    「魔法舎きっての、期待のエースだもんねー!」
    「…本当にうるさいな。」
    本当は、ほんの少しだけ離れるのが寂しい。けれどそんな気持ちには見て見ぬ振りをして、心にしまう。
    いつものように、彼らの無事を祈りながら、賢者は騒がしい皆を見送った。



    ー暇だなぁ…。

    雲ひとつない青空を、ぼんやりと見上げる。今はほとんどの者が出払っているのか、魔法舎全体が静まり返っている。
    そのため、誰の目に触れることがないのならばと、賢者は芝生の上にごろりと寝転がっていた。たまに頬を撫でゆくそよ風が心地よく、このまま昼寝してしまいそうになる。

    "にゃあ。"

    ふと、耳に可愛らしい鳴き声が届いた。ぱちりと瞼を開くと、そばに黒猫がちょこんと座っている。

    (ね、猫ちゃんだー!)

    自他ともに認める猫好きの賢者は、思わず大声を上げようとして、懸命に堪えた。勢い余って飛び掛からなかっただけでも、褒めて欲しい。黒猫は挙動不審の賢者を他所に、ぐりぐりと頭を押し付けてきた。首輪をしていないが、野良にしては、人馴れしているとも言える。かと言って迂闊にこちらから手を出せば、怯えさせてしまうかもしれない。猫とはそういう生き物だ、と猫婆さんの家で嫌と言うほど学んできた。
    (あぁ…でもまたたびか、猫缶が欲しい…)
    賢者が相反する感情に嘆いていると、ふと、近くの木陰から何かを呼びかけるような声が聞こえた。賢者からはちょうど木が影になっていて、姿は見えない。
    だがこの声は。

    (…ファウスト?)

    賢者がそう気付いた時、そばにいた黒猫は再びにゃあ、と鳴くと、くるりと身を翻して木陰へと駆けて行った。黒猫が飛び込んだ先から、「うわ、君はいつもいきなり…」と、ファウストの驚いたような、呆れたような声が上がる。

    それにしても、猫まみれだ。
    嘘偽りなく、文字通り、猫にまみれている。
    猫好きからすれば、そこはもはや楽園であった。
    賢者は息をするのも忘れて、猫と戯れるファウストを思わずじっと見つめていた。ただただ眺めているだけだとしても、動物は気配に敏い。とりわけ猫は、己に向けられる視線に敏感だ。自分を可愛がってくれるのか、はたまた餌を献上してくれるのか。いずれにしろ、気配を殺す術を持たぬ賢者が、精一杯身を潜めたところで、筒抜けというもので。

    "にゃー、にゃー?"
    「……ん?…そこで何をしている、賢者。」

    そしてそれは猫に限らず、ファウストにもバレるのは、時間の問題だった。
    帽子の影に隠れて見えなかったが、寄ってくる猫たちを前にして、ほんの少しだけでも笑っていたような気がした。
    やはり猫には誰も敵うまい。どんな手段を使っているかは不明だが、きっとファウストも癒しが欲しいのだろう。そうに違いない。
    賢者は根拠のない謎の自信をもとに、ファウストのそばへ、いそいそと近寄った。
    「…と、話せないんだったな。」
    賢者に呼び掛けたはいいものの、彼が今言葉を出す事ができないことを思い出したのか、ファウストは言い直す。そう言えば、魔法舎に帰ってきてから、一通り皆の顔は見たものの、こうしてファウストと面と向かって話すのは、初めてだ。人伝にだが、彼もまた賢者奪還のため、尽力してくれたと言う。優しい彼はそうした事をおくびにも出さないが、声が出るようになったら、改めて感謝の意を伝えようと賢者は思った。
    「…僕はただ、休憩していただけだ。断じて、猫に会いに来た訳ではない。勝手に寄ってきたんだ。」
    帽子を深く被り直し、やや早口で賢者から顔を逸らす。深く突いては、野暮と言うものだろう。賢者はそのままファウストのそばに、腰を下ろした。不思議なことに、賢者が近付いても、猫は逃げない。のびのびと、ただ自由に寛いでいる。
    賢者自身に、ファウストを揶揄う様子がないと分かったのかー初めからそうするつもりもないのだがー、ファウストはようやく肩の力を抜いたようだった。
    (俺も、ここに居ていいですか?)
    ミスラと違って、賢者の心の内は届くはずがないと思っていたが、立ち去る様子のない賢者に察したのだろう。ファウストはため息を吐くと、ぶっきらぼうに言葉を返す。
    「…君も休みたいなら、好きにすると良い。」
    (…ありがとうございます)
    届かないと分かっていても、そう呟かずにはいられない。この中庭に集う猫達は、きっとファウストが時折世話を焼いているのかもしれない。そして猫達もまた、ファウストの優しさに惹かれているのだろう。ただ餌をやっただけでは、こんなにも安心したようにくつろいだ姿を見せてはくれないだろうから。
    思いがけず手に入れた、癒しの時間。
    それはまるで、傷ついた心を優しく抱き留めてくれるような、温もりに溢れたひとときだった。



    猫達と思う存分に戯れた賢者は、ネロの食事を終えた後、ふらりと談話室へ立ち寄った。本当はもう少し過ごしたかったのだが、思ったよりも時間は過ぎており、ファウストに「冷えるから」と部屋へ戻るよう、促されたのだ。
    夕方になっても、ミスラは帰ってこない。そういえば、どのくらいの期間の任務だったのか、聞くのを忘れていた。

    (部屋には、戻りたくない…)

    しんと静まり返ったあの部屋は、一層孤独を感じてしまう。元の世界では、一人でも生きていけたのに。賢者という役目があるからとは言え、必要とされる事に、求められる事に、心も体も慣れてしまったのだろうか。
    談話室のソファで膝を抱えていた賢者のそばには、優しい魔法使いの皆が入れ替わり立ち替わり来てくれた。

    「賢者様、これ見て!次の衣装に使おうと思ってるデザインなんだけど…」
    「賢者様が心安らぐよう、一曲贈りますね。」

    「賢者、裏の森で珍しいキノコを見つけた。赤と黄色が混じったやつ。」
    「シノ、それ毒キノコじゃないのか…?」
    「食ったら痺れたから、ヒースと賢者は食べない方がいい。」
    「食べたのか!?」

    相変わらず声は出せないけれど、彼らはそんな事を気にせずに接してくれる。
    とりとめのない、なんて事のない話をしてくれれば、気が紛れた。

    けれどそれも、眠りにつくまで。

    最後の魔法使いから、おやすみと声を掛けられても、賢者は未だに談話室に居た。正確には一度部屋に戻ったが、やはり眠気は全くないため、再び出戻ったのだ。シャイロックのバーに顔を出そうにも、生憎とそういう気分ではない。
    ぼんやりと過ごす賢者の手元には、あの絵本があった。ルチルから貸してもらった、ミスラが読み聞かせてくれた、あの絵本。文字の勉強をしようとして開いてはみたものの、数ページで飽きてしまった。

    ー駄目だな、俺って。

    元の世界では、どんな風に過ごしていたんだっけ。ついこの前まで在ったはずの日常が、どこか遠い出来事のようで、霞んでいく。
    もしも帰れたら、この世界を忘れてしまうのか。
    もしも帰れなかったら、元の世界を思い出せなくなるのか。
    思考が徐々に、負の感情に支配されていく。知らず浮かべた涙で滲む視界に、ふと影が差した。
    「…賢者、もう遅い。部屋に戻れ。」
    ゆっくりと頭を上げた先には、こちらをじっと見遣るオズの姿があった。眉を寄せ、不機嫌なようにも見える顔は、短くない付き合いのお陰で、心配している表情だという事がわかる。
    賢者はオズの意に従おうとしたが、嫌々と小さく首を振った。
    「……何故。」
    普段逆らう事のない賢者の小さな反抗に、オズは少し驚く。
    眠れなくて、と呟こうとして、慌てて口を塞いだ。
    「眠れないのか。」
    どうやって伝えようかと悩んでいるうちに、オズは答えを見つけたらしい。オズの問いかけにこくんと頷くと、「…そうか。」と返事をしたきり、黙ってしまった。

    たっぷりと数十秒近く経過してから、ようやくオズは再び口を開く。
    「このままでは風邪をひく。来なさい。」
    軽くため息が聞こえてきたような気がするけれど、一向に眠気が訪れず、かと言って何かするわけでもなく、無意味に過ごしていた賢者にとっては僥倖だった。談話室の灯りが消されて、暗闇に包まれた瞬間、ようやく"夜"を認識する。
    オズと共に廊下へ出たものの、行き先はわからない。けれど敢えて、問おうとは思わなかった。何故なら、彼は決して賢者を傷付ける事はしないだろうから。
    今だって、賢者のペースに合わせて、歩いてくれる。近過ぎず、遠過ぎず、そして賢者を置いて行くことはしない。

    やがて彼等は、とある一室の前に辿り着く。言うまでもない、オズの部屋だ。
    無言で扉を開けたオズに続き、賢者はお邪魔します、と心の中で呟いて、足を踏み入れる。
    以前賢者の書のインタビューで訪問してから何度か訪ねているため、それほど緊張はしなかった。

    ーなんだか、落ち着くな。

    最強の魔法使いを相手にそんな感想を抱くのは、世界でも自分とアーサーくらいなのかもしれない。勧められたソファで寛いでいると、ふわりと温かなミルクの匂いが鼻腔を擽る。
    「アーサーが眠れない時、よく強請られた。」
    まるで独り言のように呟かれたそれは、どこか遠い思い出をなぞるように、消えていった。いつかの日に、幼いアーサーがオズに眠れないと愚図り、困ったオズの顔を想像してこっそりと笑みを溢す。
    オズは決して、話が上手なタイプではない。むしろ他者との関わりが希薄だったが故に、必要な事でさえ伝えないこともある。けれど今は、その最低限の干渉が心地よい。固く強張っていた賢者の身体を解すには、充分だった。
    温かな飲み物を口に入れたお陰か、先程よりも眠気は近く感じる。このままうつらうつらと船を漕ぎそうな賢者に、オズは再び部屋へ戻そうとするが、呪文を唱えようとした所で言い淀む。
    今は大いなる厄災が淡く煌めく、漆黒の夜。
    最強の魔法使いは嘆息すると、ソファに沈む賢者の手を取った。
    「眠れそうならば、眠ると良い。」
    持っていたはずのマグカップは、いつの間にか傍らのミニテーブルにとん、と置かれていた。ほんのりと湯気を立ち昇らせたそれは、今にして思えば、優しい甘味を秘めていた気がする。
    自分では疲れを感じていなくとも、身体は素直だ。
    ゆっくりと忍び寄る眠気に、賢者は抗うこともできず、瞼を閉ざしていく。

    だが、次の瞬間。

    凄まじい爆発音が、突如響いた。

    「…ッ!?」
    思わず飛び起きることになった賢者は、音の方へと振り向く。それはオズの部屋の扉から聞こえたが、見ると扉は跡形も無く消えていた。そして扉があった場所はぽかりと空いておりーミスラが立っていた。

    「どうも、こんばんは。」

    礼儀正しく挨拶をしているが、その表情はお世辞にも良いとは言えない。それどころか苛立ちを隠そうともせず、眉を顰めている。
    意図しない訪問者に、部屋は静寂に包まれるが、それも束の間。
    「…目的は賢者か。」
    傍らのオズが、動じることなく短く問う。
    対してミスラはやはり、不快げに答えた。
    「そうですよ。さっさと依頼を終わらせて帰ってきたら、賢者様の気配があなたの部屋からしたので。本当は部屋ごと消滅させたかったんですが、賢者様が居たので扉だけにしておきましたよ。」
    真夜中に近いような時刻に爆発音が響いたら、普通は何事かと顔を出すようなものだが、この階の住人にとっては日常茶飯事なのだろう。誰も起き出すことなく、寝静まっているようだ。あるいは、防音魔法の類でも使っているのだろうか。
    図らずとも思考が若干逸れたが、何にせよミスラが帰ってきた事で、賢者はようやく肩の力が抜けたような気がした。
    先程まで訪れていた眠気は、とっくに消え失せている。ミスラ、と声を出そうとして、思わず口を手で押さえた。
    ミスラはそんな賢者の様子を見る事なく、ただオズをじっと見据えている。苛立ちや殺意の塊が、背後から立ち昇っているようだ。
    「…賢者には休養が必要だ。」
    「はぁ?あなたに言われなくても、知ってますよ。そして、俺にも休養が必要です。」
    「お前は眠れなくとも、死にはしない。」
    「へぇ、珍しくあなたの方から喧嘩を売ってくるんですね。」
    あわや魔道具の髑髏を取り出し、一触即発かと思われたが。
    「ですが残念ながら、今日は俺の勝ちです。」
    ミスラがひらりと手を返すと、一枚の紙切れが現れた。それは"あの日"の前に渡していた、『ミスラ優先券』。いつでもどこでも必ずと言うわけではないが、余程の事情が無い限りは、ミスラを優先すると言って手渡していたものだった。
    渡した張本人である賢者は、すっかり忘れてあので、思わず目を見開いていたのだが。
    辿々しい字で書かれたそれを、得意げに見せびらかし、ミスラは要求する。
    「賢者様。」
    それはオズに向けられていたのとは、全く異なる甘い響きで。
    この部屋に現れてから初めて、翡翠の瞳と視線が重なる。
    「オズより俺を優先するのは、当然でしょう?」
    必要とされた事に、求められている事に、心が喜びの声を上げる。

    ああ、やっぱり、自分はもう。

    ーミスラが、好きだ。

    自覚したそれに、頬が熱を帯びていく。
    声を出せない事が、もどかしい。
    傍らのオズをちらりと見遣り、賢者は彼を安心させるように頷いた。
    寡黙な魔法使いは賢者の顔を見て、小さくため息を溢す。だが彼は何も言う事なく、黙って賢者を見送った。
    ドア枠の向こうにいたミスラの元へ、自然と駆け足になっていく。あと一歩、と手を伸ばしたところで、ぐいっと力強く引っ張られた。
    「それじゃあ、お邪魔しました。」
    賢者の手をミスラが掴んだ瞬間、背後に豪奢な扉が現れる。ガチャリと開かれたそれに招かれるように、二人の姿は消えていった。
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