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    柚月@ydk452

    晶くん受け小説

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    柚月@ydk452

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    ヒス晶♂SS

    #ヒス晶♂
    #ヒースクリフ
    heathcliff.
    #ヒースクリフ・ブランシェット
    heathcliffBlanchett

    雨の日の朝目を覚ますと、ほんの少しの寒さが晶を迎えた。いつもの時間よりも早くて、どうして目覚めてしまったのだろうかと考えるも、すぐに答えが出る。

    (あ…雨だ…。)

     窓ガラスに当たる音は優しく、曇天が作り出す暗がりのせいか、世界に閉じ込められた気分になった。なんとなく外の空気を吸ってみたくなり、ベッドから起き上がる。素足を通して感じる床の冷たさは、ほんの一瞬だけ。ゆっくりと窓ガラスを開けると、思い通りの湿った空気が部屋を満たした。雨粒が当たる音は不規則だが、木々や葉から垂れる時、はたまた屋根から落ちる際は一定だ。どこかから蛙の鳴く声もするし、羽を休めて歌っている鳥もいる。
     この世界に来て、こんなにも自然を感じる事ができるなんて。元の世界では憂鬱でしかなかった事象も、今や歓迎するまでになっている。
     
    (雨といえば…。)

     雨繋がりで、晶は思い出す。同じ階のヒースクリフは、今起きているだろうか。
     手先が器用な彼は、よく夜遅くまで細工作りや機械弄りをしていると言っていた。そのせいか夜型の生活になりつつあるが、彼は毎朝晶を起こしに来てくれている。たまには、晶が起こしに行くのもいいかもしれない。
     今日は彼の好きな、雨の日なのだから。

     少し早いが着替えを済ませると、できるだけ静かに廊下へ出た。焼き上げたばかりなのか、ネロ手製のパンの香りがほのかに香る。これは楽しみだと期待して、晶はヒースクリフの部屋の扉をトントン、と軽く叩いた。
    「………はい?」
     ダメ元でのノックだったため、返事があったことにやや驚いた。そんなに早すぎる時間ではないけれど、よく考えればゆっくり寝ていた所を起こすのは、良くなかったかもしれない。だがそう考えても、後の祭りだ。
     物音が聞こえ、近づいてきたと思うと、ガチャリと扉が開いた。
    「…賢者様?あれ、俺、寝坊しました…?」
    「あ、えっと、おはようございます、ヒースクリフ。いえ、違いますよ。俺が少し早く起きちゃって。」
    「良かった。おはようございます、賢者様。」
     そう言って微笑むヒースクリフは、寝起きにも関わらずその美しさが損なわれる事はなかった。その微笑に目を奪われそうになりながらも、晶は当初の目的を思い出す。
    「…実は、雨が降っているなって気付いたら、ヒースクリフを思い出してしまって。」
    「え?俺ですか?」
    「はい、何となく朝食まで、雨を一緒に見ていたいなって思ったら、起こしてしまいました。」
     彼の呪文の由来を聞いて、すごく素敵だなと感じたのは記憶に新しい。夕暮れではないけれど、彼の好きなものを共に感じて過ごしたいと思ったのだ。
     そう晶が告げると、ヒースクリフは驚いたように目を見開いた。そしてすぐに、嬉しそうに破顔する。
    「…嬉しいです。すぐに支度します。」
     扉が閉まると、彼にしては慌てたような物音が聞こえてくる。急かすつもりなんて毛頭なく、晶は彼が出てくるまでの時間をゆっくり楽しんだ。

     ♢

    「あ、少し小雨になってきましたね。」
    「そうですね。賢者様、滑らないよう、お気をつけて。」
     そう言ったヒースクリフは、自然に晶をエスコートする。貴族である彼のその姿はやはり様になっていて、周囲に女性がいればその全ての視線を奪うことになるだろう。
    「ふふ、元の世界では、こんな風に雨を楽しむ事はなかったので、この世界に来て良かったなと思いました。」
    「…賢者様が少しでも、この世界を好きになってくれたのならば、嬉しいです。」
    「そういえば、あそこに東屋がありましたね。少しそこで休みましょうか。」
    「ガゼボのことですか?行きましょう。」
     小さな屋根のついた、庭園の端にある建物は、たまに誰かがお茶会を催していた。幸いにも椅子とテーブルは濡れていなかったため、傘を畳むと二人してベンチに腰掛ける。
     しとしとと小雨の降り頻る中、会話をするでもなく。
     現実から取り残されたような今、世界の音を聞いている。
     ―いつまでも続けば、良いのに。
     
    「…賢者様は、オルゴールを覚えていますか。」
     唐突にヒースクリフが、そう問いかけた。
    「オルゴール?はい、ヒースクリフがくれたものですよね。」
     前の賢者様にも贈ったもの。それなのに彼は持ち帰る事はできず、ヒースクリフからもその記憶が失われた。それに気付いた時の顔は、とても切ないような、深い悲しみを秘めていた。あまり良い思い出とはいかないまでも、決して楽しい話ではないそれを、急に話題に出され、晶は首を傾げる。
    「…怖いんです。」
     そう呟いた彼の言葉は、震えていた。雨粒が触れて、滴り落ちるまでの僅かな合間に、彼の本音が溢れていく。
    「忘れてないと思っていたんです。大切な人だと分かっていたから。…でももう、俺はこれからも、こうして繰り返していくかもしれない。」
     賢者の魔法使い達は、毎年新しい賢者を迎えていく。そして不思議な事に、新しい賢者が来ると前の賢者の記憶は急速に失われていくのだ。それはそう仕組まれているものだとしても、年若い彼にとっては不安と恐怖でしかないのだろう。そしてそれは、晶にとっても、どうしようもない事だった。
     だからこそ、俯いた彼の顔にそっと手を寄せて、晶はゆっくり伝える。
    「オルゴールの件で、俺、気付いた事があるんです。」
    「…え?」
    「例えヒースクリフから記憶がなくなっても、物がなくても。ヒースクリフはやっぱり、優しい人なんだなって。」
     小雨はいつしか霧雨に変わり、風に乗って晶達を通り過ぎていく。震える彼をそれから守るように、そっと晶は抱きしめた。
    「前の賢者様に、寄り添ってくれてありがとうございます。これは想像でしかないけど、きっと嬉しかったと思いますよ。だって俺が、嬉しかったから。」
     あのオルゴールが壊れたのは、何度も聴いていたからではないだろうか。寂しさを紛らわせるために、孤独に苛まれた夜も繰り返し聴き続けていたからではないだろうか。
     何故なら壊れたと言っても、外見上破損したような形跡はなく、粗雑に扱った様子もないからだ。ヒースクリフも、中の部品の問題だと言っていた。
     だからきっと、あのオルゴールは役目を終えたのだろう。
    「賢者様、俺、あなたの事を忘れたくないです…。」
     晶のパーカーに顔を押し付けて、ヒースクリフはそう願った。
    「…ありがとうございます、ヒースクリフ。そう言ってもらえて、嬉しいです。」
     彼の願いを、晶は当たり障りのない言葉で返した。
     きっとまた、彼は晶のことを忘れるだろう。
     そしてまた、新しい賢者と出会って、新しいオルゴールを作るのだ。
     まだ来ることのない、いつかの未来を想像して―晶は昏い気持ちに蓋をした。
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