クロドゥル 『睦言』「やあ、カラスくんたち」
木々の向こう、中庭から声が聞こえる。耳馴染みのある声。おそらく王様が城内の散歩の最中にカラスを見つけたのだろう。続いて数羽の鳴き声が響く。
王様は心からカラスを愛している。カラス王国を作るという夢のために、俺達の呪いを解く方法を研究しているほどだ。
自分のことも、愛してると言ってくれるが……二人のときしか言ってもらえないので、いつでも愛を与えられているカラスが羨ましくなる。
次に二人でゆっくり話せるのはいつになるだろうか……。
思わず立ち止まって物思いにふけっていると、王様がこちらに気付かずカラスを愛でている声が聞こえる。
「おいで……ふふっ、いい子だ」
その言葉を耳にした途端、頭の中にいくつかの映像が浮かんできた。
薄暗い部屋、天蓋付きのベッド、濃紺のブランケットに黒いシーツ、その上でこちらへ両手を広げる王様――
『ほら、エルドゥール』
『おいで』
「………………っ!!」
体が熱くなり、顔に熱が集まるのが分かる。
いけないっ、俺は、勤務中に、一体何を思い出しているんだ……!今のはカラスを呼んでいただけで、深い意味など、ないのに……っ。
考えないようにしようと思えば思うほど、色々な場面を思い出してしまう。
『ほら、これを……っ、そう、いい子だね』
『えぇ、もう終わりかい?……冗談だよ、大丈夫?無理させてないかい?』
『愛してるよ』
『おやすみ……良い夢を』
『エルドゥール……』
「エルドゥール、見回りご苦労様」
「……………お、王様!?」
突然後ろから声をかけられ、驚いて振り向くと王様が立っていた。いつの間に中庭から出てきたのだろう。
先程まで考えていたことが頭をよぎって、王様の目を見ることができない。さらに振り返ったときに、赤くなった顔を見られてしまっただろう。勤務中にも関わらず王様のことを考えていたことがばれてしまう……。
「エルドゥール」
「……………はい」
怒られるくらいで済めばいいが、と恐る恐る返事をすると、耳元に風を感じた。
「また今夜」
そう俺の耳元でささやいて、王様は歩き去ってしまった。
また今夜、いつもの部屋で会おう。
そういう意味だとすぐに分かった。
久しぶりに二人でゆっくり過ごすことができる。いつもカラスに与えられる愛を自分が独り占めできる時間。
「……………わかり、ました」
聞こえるか聞こえないかくらいの音量で、遠ざかる背中に声をかける。聞こえていなくても、この約束は成立になるけれど。俺が王様の誘いを断ることはないと王様も分かっている。
ひょっとすると、王様は俺が近くにいることに気付いてカラスにあのような呼びかけをしたのかもしれない。そういう気にさせるために……。
何にせよ、また王様に会える。望んでいた二人の時間。
「……………また、今夜」
思わず口から零れ出た声は、普段より明るく聞こえた。