密会「そうですか。昆が腹を決めましたか。」
日曜日の午後2時。
朝から電話で「今朝ニュースで新しい珈琲屋さんが出来たみたいなので、一緒に行きませんか?」といさ子のお父さんからの誘いがあり、珈琲をテイクアウトして外にある店のベンチで二人で飲んでいた。
「昨日の夕方頃にご挨拶に来て下さいましたよ。」
「そうですか…。」
「驚いてます?」
「えぇ、かなり驚いてますよ。見た目に反して。」
自分で分析して言える辺りはさすが雑渡さんだな。と感心しながら珈琲を一口飲む。
雑渡さんがゆっくりとした口調で話し始める。
「昆は、あの見た目を気にして嫁さんは要らんと言ってたのです。
自分としては、そんな見た目よりも中身だと思って今まで無理やりでもお見合いをさせてたのですが、どの女性も見た目に左右されてましてね。もちろん時間はこちらが悪いのですが…。」
「息子さんの説明された時そうおっしゃってましたもんね。」
「そうですね…」
雑渡さんも一口珈琲を飲む。
ブラックコーヒーが思ってたよりもまろやかで、口をきゅっと結んだ。
それから、またゆっくりと話しだす。
「善法寺さんの娘さんに会った時、私の威圧にも物怖じせずに「結婚させて下さい」と言われた時は度肝抜かれました。
この子なら大丈夫かもしれないと思ってこの件を飲みましたが。勘は当たったようです。」
「息子さん想いですね。」
「息子にはだいぶ嫌われてしまってますがね。」
「そうなんですか?」
「えぇ。小さい頃は全然構ってやれませんでした。
早く帰っても寝てしまったり仕事だったりで、ずいぶん寂しい思いをさせてしまいましたから。」
「私も似たような物です。」
「いさ子さんは、お父さん想いの良い子ですよ。ここまで父親の為に動いてる娘さんはそう居ません。」
断言しますと力強い言葉をもらい、善法寺さんは照れてしまい、残っていた珈琲を全て飲み干してしまった。
「失礼ながら、息子さんの火傷について調べさせてもらいましてね。」
「そんな、言ってくれれば教えたのに。」
「あまりその話題は触れたくないと思いまして…。
彼の傷は人を守った証なんですね。」
「…。」
困惑したような目付きで珈琲が入っていたカップを眺めて黙ってしまった。
善法寺さんはその様子を見て話すかどうか悩んだが、どうしても伝えたかった。
「雑渡さんの息子さんは人を思いやる事ができる人ですよ。
彼の傷は誇れる傷じゃないですか。」
そう言いきると、雑渡さんは一瞬善法寺さんを見て、少し悲しい目になり、それを誤魔化すように遠くを眺める。
「私は、あの傷を誇らしく思ってますよ。助けた事自体は後悔は微塵にも思ってないでしょうが、傷はコンプレックスになってるみたいです…。
出会う人出会う人、昆の本質を見ようとしないのが、悔しくてたまりませんでした。
昆の周りにいる人たちは、しっかり見てくれてるのに…。
傷があると言うだけで、ここまで人の目が変わるのかと怒りさえ感じてました。だから、いさ子さんには感謝しかありません。」
「私の方こそ感謝していますよ。
いさ子も不安に思ってた部分があったようですが、
息子さんのおかげで私たちも安心して任せられますからね。」
「…色々ご迷惑をおかけしました。」
「お互い様です。」
善法寺さんが敬慕の表情で笑いかけてきたので、雑渡さんもそれに釣られて、肩を下げて力を抜いて笑った。
最後の珈琲を勢いよく飲んで善法寺さんの紙コップを無言で手に取るとそのままゴミ箱に捨てに行ってくれた。
「ありがとうございます。」
「またこうして珈琲飲みに行きましょう。
なかなかうちの息子からはなにも聞けないので、情報をくれると助かります。」
「もちろんですよ。」
「では。」
一礼をしてすぐにその場から離れてしまった。
善法寺さんはその姿を見て「かっこいいなぁ。」
と憧れの眼差しを送るのだった。